執務室

 同じ日の午後、城内のルツコイ司令官の執務室に二人の人物がやって来ていた。

 一人はルツコイの部下で、帝国軍第五旅団の副旅団長を務めるレオニード・コバルスキー。そして、もう一人は秘密警察“エヌ・ベー”に所属するイワン・ヤゾフだ。

 副旅団長コバルスキーは、数年前からルツコイの部下として働いている。年齢は三十代後半。中肉中背で、特に秀でている特技はないが真面目で信頼の置ける士官だ。

 一方のヤゾフは四十歳代ぐらいで背が高く、体格もしっかりしていて、良く鍛えているようだった。そして、目つきが鋭く、無表情。秘密警察の人間が持つ独特な雰囲気を持っている。


 ルツコイは二人が入室し、椅子に座るのを確認すると、手に持っていた書類を机の上に置き話を始めた。

「ヤゾフ君。警察長官のミューリコフから怪しいヴィット王国の者がいるという話があったので、こういったことはエヌ・ベーの担当だろうと思って君に来てもらった。その人物は、アグネッタ・ヴィクストレームと名乗る若い女性だ。君たちエヌ・ベーにはその人物の監視をお願いしたい」

 ルツコイの話を静かに聞いていたヤゾフは質問する。

「なぜ、その人物が怪しいと?」

「彼女は先日の王女誘拐の犯人のローゼンベルガーの委任状を持っていた」

「ローゼンベルガー? 確か、先日の現金輸送馬車襲撃の犯人でもあると聞きました」

 ヤゾフを少々驚いた様子で繰り返した。

「そうだ」

「報告では死んだと聞いておりましたが」

 ローゼンベルガーは逃走中の船上から、傭兵部隊の隊長ユルゲン・クリーガーの魔術の攻撃を受け、海に転落して死亡したものと処理されていた。

 ルツコイは、前かがみになって話を続けた。

「どうやら、生きていたようだ。そのヴィクストレームと言うローゼンベルガーの委任状を持っていた人物のことだが、彼女は自身は貿易関係の仕事をしていると言っているようだ。しかし、怪しいところがありそうだと警察長官が言っていた」

「どういうところが、ですか?」

「貿易関係の仕事をしていると本人は言っているが、肝の座り方が違うと事情を聴いた警部が言っていたそうだ。事情聴取中も全く動じる様子もなく、あれは『いくつも修羅場をくぐって来たようだ』と言っていたな」

「なるほど。その彼女は今どこに?」

「街の宿屋に泊まっている。場所も聞いてある」

 そう言って、ルツコイはヴィクストレームの宿泊場所の書いてあるメモを机の上から取り上げてヤゾフに渡した。ヤゾフはそのメモを受け取って一瞥した後、胸ポケットにしまった。

 ルツコイは、それを見届けてから話を続ける。

「そして、ローゼンベルガーの居所を捜索するように、オストハーフェンシュタットのイワノフ司令官と警察当局にも話を通しておく、必要があれば連絡を取り合って進めてくれ」

「わかりました。では、早速」

 ヤゾフは立ち上がると敬礼して、執務室を後にした。


 ルツコイはヤゾフが出て行くのを確認すると、部屋に残ったコバルスキーに声を掛けた。

「例の怪物の件だ。数日前、また犠牲者が出たようだ」

「またですか?」

「先ほど報告が来た。今度は小さな村が襲撃されて、村人がほとんど全員殺害されたらしい」

「調査のために先に行っていたオストハーフェンシュタットの軍の兵士が発見したそうだ。それで、村にあった家が、ほどんど焼き払われていたそうだ」

 予想を超えた事態にコバルスキーは驚いて目を見開いた。

「焼かれていたのですか?」

「そうだ。怪物の足跡も残されていた。なので、怪物は火を利用するものと思われる。ひょっとしたら火炎魔術が扱えるのかもしれん」

「魔術が使える怪物なんて聞いたことがありません」

「そうだろう。もちろん私も聞いたことがないが、あらゆる可能性を考えてこの任務にあたってほしい」

「わかりました」

「それに、村人に数名の生存者はいたが、怪物は見ていないということだ」

「襲撃は夜だったのですか?」

「いや、日中だ」

「日中に村を全滅させたにもかかわらず、怪物を見ていないというのは、一体どういうことでしょう?」

「調査している部隊にも、よくわからんということだ。それで、事は緊急を要するということで、オストハーフェンシュタットの部隊は本来は我々の部隊と合流してから出発する予定だったが、先に出発したそうだ」

 ルツコイは話を続ける。

「これらを踏まえた上で、君には例の怪物の任務の指揮をお願いしたい。傭兵部隊のクリーガーとも協力してやってくれ」

「わかりました」

 話が終わると、コバルスキーは立ち上がり敬礼をして、執務室を後にした。

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