貸金庫
翌日、ヴィクストレームは午前中のうちに銀行へ向かうことにしていた。
ベッドから起き上がり外出の準備をする。銀行がある場所は宿屋の主人に聞くと、宿屋から徒歩で三十分ほどかかる距離だということだ。
ヴィクストレームは宿屋を出発し、表に出る。日中は通りの人出は結構多い。そして、通りの帝国軍兵士の監視は相変わらずだ。
ヴィクストレームは銀行の前に到着すると建物を見上げた。古い重厚な石造り二階建ての建物だ。正面の大きな扉の上には、“ブラミア銀行”と書かれた建物の重厚さとは対照的なと不釣り合いな板の看板が掲げられていた。
帝国に占領されてから、旧共和国の国名の入った銀行の名称も変えられ、急いで仮で準備した看板なのだろう。新しい看板の製作がまだできていないということか。
ヴィクストレームは大きく重い扉を開けて中に入る。中には他に客はあまりいない。
ヴィクストレームがここへ来た目的は、貸金庫の中にあるというヴィット王国で禁止魔術として指定されている“空間魔術”について書かれた魔術書を入手するためだ。
貸金庫を借りていたのは、フリードリヒ・シュミットだ。しかし、その名前ではなく、彼が以前名乗っていたギュンター・ローゼンベルガーの名義で借りているという。
ヴィクストレームは、オストハーフェンシュタットでシュミットから予めもらっていた貸金庫を開けるために必要な委任状を利用する。
早速、ヴィクストレームは窓口へ向かい、上着のポケットから委任状を出して、窓口の向こうに座っている若い女性行員に声を掛けた。
「すみません。貸金庫を開けたいのですが」
行員は委任状を確認する。
「しばらくお待ちください」
そういうと奥の部屋に入って行った。
しばらく待たされると、奥の部屋から別の初老の男性行員がやって来て話しかけて来た。
「お客様。どうぞ奥へお入りください」
招かれるままに男性行員に付いて行き、別の小さな部屋に入った。
アグネッタは部屋の中にあるソファに座らされると行員は言った。
「準備しますので、もうしばらくお待ちください」
さらに十数分待ったであろうか。再び部屋の扉が開くと、行員と他に三名の男性たちが入って来た。その内の二人は制服から警官とすぐわかった。
そうすると残りの一人、黒っぽい上下で、制服ではなかったが小綺麗なきちんとした身なり、がっしりとして背が高く、黒髪で口ひげを生やしている男性が近づいてきた。この人物も警察関係者か。
おそらく行員が通報したのだろう。死亡しているはずの犯罪者の委任状を持ってきたのだから、不審に思われても仕方ない。これはヴィクストレームの想定していた通りだったので、驚く事は無かった。
その男性はアグネッタを見つめると話しかけて来た。
「失礼します。私は警部のカール・アーレンスと言います。この委任状について、お話をお伺いいしたい」
ヴィクストレームは座ったまま顔を上げ、アーレンスという警部の方に向けた。
「話とは?」
「この委任状はどのようにして手に入れましたか?」
「本人に書いてもらったのです」
「ギュンター・ローゼンベルガー本人ですか?」
「ええ」
「彼はどこにいますか」
「オストハーフェンシュタットです」
「あなたと彼の関係は?」
「街でたまたま知り合ったのです」
「それだけですか?」
「ええ」
「たまたま知り合っただけの関係で、委任状を持ってこの銀行まで来ますかね?」
アーレンス警部は怪訝そうな顔つきで質問を続ける。
「現在、彼は警察では死亡していると処理されているのですが、オストハーフェンシュタットで生きているという事ですね?」
「そうです。実際に会って、委任状を書いてもらいましたからね。彼がどうかしたんですか?」
「ローゼンベルガーは複数の犯罪の容疑者です。生きているなら逮捕しなければいけません」
「そうですか。それはご自由に。私は貸金庫の中身をいただければ、それでいいので」
「そうはいきません。彼の持ち物というのであれば、警察が押収します」
「それは困ります」
「これは、決まりですので。それに、もっと詳しく話を聞きたいので、あなたにも署まで来ていただきたいと思います」
ヴィクストレームは魔術で抵抗すれば簡単に乗り切れると思ったが、彼女の方も色々情報を入手したいし、ここで下手に暴れるのは得策でないと考え、この場は言う通りに署まで同行することにした。
ヴィクストレームはアーレンス警部と警官二人に囲まれて、銀行の外に待機していた馬車に乗せられた。
そして、馬車で十分ほどで警察本部に到着し、その建物の中のとある部屋に連れて来られた。
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