【コメディ短編集】置きゲルにお越しください。
蓮太郎
置きゲルにお越しください。
イベント告知チラシを作成中、打ち間違いからの変換ミスに気が付いた。
『大宮駅から徒歩3分。置きゲルにお越しください♪』
置きゲルとはなんだろうか。
僕は置きゲルに思いを馳せた。
昔々、あるところのモンゴルに、モンゴル人の伝統的な移動式住居である、ゲルが捨て去られていた。置きゲルである。
置きゲルは、大草原のド真ん中に捨て去られ、忘れ去られようとしていた。
そこに、移動中の家族がやってくる。
父
「ん?なんだこれは、まったくゲルを無駄にしやがって」
母
「まったく悲しいことね。でもあなた、このゲルまだまだ使えるわよ」
父
「あ、ホントだな。最近うちのゲルの調子も悪いし、建てられないと困るから今日はこいつの横に建てるか」
母
「こら!クビライにチャガタイ!パパがゲルを建て終えるまで、遠くへ行っちゃダメよ!」
ムスコ
「大丈夫だよ!僕たちこのゲルで遊ぶよ!だって楽しいんだもーん」
ここで、父は気づいた。こいつらをここで寝かしてしまえば、久方ぶりのホットな夜が送れるのではないか、と。父は、賃料のつもりで、幾ばくかの銭を置き、子どもたちに、今日は林間学校のつもりでここで寝なさい、と厳命した。セックスレス、プライスレスである。
この夜、モンゴルエキスプレスとなった父は激しかった。母も二人きりの夜を存分に楽しんだ。
こうして生まれたのが、後のチンギス・ハーンであるかどうかは不明である。
さて、置きゲル。
平成に入ると、置きゲルはもはやオートキャンプ場のような形態となり、ゲルの建て方も分からなくなった都市部の若者や、観光客に親しまれていた。
しかし、ここで大事件が起こる。
日本の相撲会で大横綱となり、モンゴルでも英雄となっていたファン太郎(日本名あきのり)が、病気療養中に、ヘディングシュート騒ぎを起こしてしまう。
週刊紙の見出しには、「横綱はヘディングも日本代表級!」といった見出しが踊り、ファン太郎に憧れるモンゴルの若者たちは、競ってヘディングの練習をはじめた。
この頃である。金のない若者たちが、「ゴールとか持ってないし、あれをゴールにすりゃいいじゃねぇか」と、置きゲルをゴールに見立てて練習しはじめたのは。
ゲルは羊の皮でできており、切り取ってボールにしてしまう輩まで現れた。フェルトを剥がされた骨組みは、ゴールネットのようにすら見えたのである。
若者の堕落を心配した政府はついに、置きゲル禁止令を発令した。
元々、伝統を重んじ、置きゲルを文化の堕落と感じていた長老たちの動きも、置きゲル廃止に拍車をかけた。モンゴ・ルネッサンスである。
さて、こうして、置きゲルは歴史に幕を下ろした。ファン太郎も幕から下りた。
しかし、悪いやつらはいるものである。
今度は、置きパオである。
ゲルは別名パオと呼ばれている。
これにはさすがのモンゴル政府も閉口した。
しかし、ここで最悪の問題が起こってしまった。
パオをゾウさんと勘違いした日本のギャルたちが、大挙してモンゴルに押し寄せたのである。
ギャルたちは次々にぶちギレた。
「置きパオ早く出せよコラー!」
「ありえなくなーい」
国際問題である。
この事態を重くみた日本国政府は、先の代表選で圧勝し、首相の座についていた、石橋ゲル長官を筆頭にモンゴルに圧力をかけた。
日本国政府
「今回の問題は誠に遺憾である。てゆうかイカンのである。
日本国政府としては、この件に対してのギャルたちの精神的苦痛に対する賠償金を求む。それから、元寇んときすげー怖かったからその苦痛に対する賠償金と、あと置きゲルは我らがゲル長官のフィギュアが置きゲルってたぶん呼ばれてるから、その商標に対する賠償と、ついでに消費税と、年金も負担してくれ」
モンゴル側
「とりあえず、書簡は開けずにそのまま返送します」
もはや、最悪の状況である。
世界史は、この日本とモンゴルの対立を火種に、第三次世界大戦へと突き進んでいく。大惨事である。
置きゲルに、お越しください♪
お気軽にこんなことが言える時代は終焉したのである。
こんなことを考えながら上司に怒られ、とりあえずチラシは直した。
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