第11話 姫君は眠る
さてマドカを我が家に泊める件について幹弥の叔父さんに連絡を入れると、白子組の用事が終わってこちらに到着するまであと二時間ほどかかるそうだ。
既にもうすぐ八時なので彼が来るのを待っていたら恭介など夕飯抜きになってしまう。
冷蔵庫には料理動画を見様見真似で作ったハムと小麦粉が残っているが、あいにく主食となる米もパンも品切れだ。
オレ一人ならインスタントラーメンでも構わないのだが女子供に振る舞うにしては華がないな。
隠れ家に潜伏する期間が読めなくて日持ちしないモノは極力処分したのが仇となったか。
「とりあえずお夕飯にしようじゃないか。ボクはまだしも恭介くんはまだ幼いんだ。ちゃんと食べさせないと」
「わかっているって。すぐに用意をするからマドカは先に風呂にでも入っていてくれ」
「お風呂に入るのはキミの方だろう? ボクが夕飯を準備している間に恭介くんをお風呂に入れてあげてくれ」
「そ……それはマドカにお願いしようかなって」
さてここで、何故オレが自分で夕飯を準備しようとしているのかの答え合わせ。
このマドカという幼馴染はあまり料理が得意ではない。
オレも特別上手なわけでも舌が肥えた味極道というわけではないのだが、一般的な目線で評価して彼女の料理は微妙なのだ。
人間が食べられないゲテモノを作る漫画的なメシマズだったら逆にネタとしてオイシイわけだが、普通に食べられて可もなく不可もなしなのに微妙に不味いという芸術点を叩き出すあたりがなんとも言えない。
普段ならそれでもまだ良いのだが今日はあいにく米を切らしている。小麦粉だけでコイツがちゃんとした主食になる料理を作れるとは思わなかった。
「恭介くんだって男の子だし、ボクみたいな美人のお姉さんと一緒にお風呂に入るだなんて恥ずかしいに決まっているさ。恭介くんもボクとカイトならカイトのほうがいいよな?」
「もちろん。カイトお兄ちゃんと一緒のほうがいい」
「それ見ろ。だからカイトは恭介くんと一緒に入ってくれ。どうもカイトはボクの料理の腕に不安があるようだが、今宵のボクには秘策ありさ」
「本当か?」
「美味しすぎて腰を抜かしても知らないからな」
と言うわけでオレは恭介を連れて一緒に風呂に入ることにした。
恭介はオレとのお風呂が楽しいようで、あれこれとおしゃべりをする表情は満面の笑み。
素っ裸の肌は若い美人の柔肌よりもすべすべで、目をつぶって触ればイヤらしいモノにしか感じないほどだ。
これでもし恭介が女の子ならば無知を言いくるめて手籠めにし、ロリコン街道まっしぐらになっていただろう。
こんな煩悩に頭を悩ます時点でオレもわりかし淫魔としての恭介に毒されているのだがオレは自覚していなかった。
「最後に十まで数えたらあがるぞ」
「はーい」
そして風呂から上がる頃には、恭介との楽しいお風呂タイムで飯への不安を忘れていた。
そんなオレの前にマドカが用意した夕飯は彼女が自信満々だったのに相応しい綺羅びやかな料理が山積みである。
「お風呂のあとは夕飯だ。ボクはちょっとお風呂をいただくから、二人は先に食べていてくれ」
そう言うと「どこから出した御馳走だ」という質問をする暇も与えずにマドカは風呂に向かった。
そこそこ長湯をしてオレと恭介のだし汁たっぷりな湯船に入ることになるが、さすがに風呂の湯は入れ替えるのだろうとオレは特別それを指摘せず彼女を送り出した。
「マドカお姉ちゃんって料理上手なんだね」
「まてまて。確かに美味そうな料理だが、ウチの冷蔵庫にはこんな食材なんてなかったぞ」
「きっとお姉ちゃんが昼間のうちに用意してくれていたんだよ」
「あ……それもそうか。どうもダメだな。勝手知ったる我が家だからこそ、そんな簡単なことを見逃していたぜ」
「お兄ちゃんのおっちょこちょい。さあお姉ちゃんよりも先に食べちゃおうか」
「そうだな。アイツも先に食えって言ってるんだし」
辛抱たまらんという恭介の目もあり食卓に並んだ料理をオレたちは食べ始めた。
用意されたメニューはケチャップライスを主食に据えて、主菜はデミグラスソースがたっぷりかかったハンバーグにバターの香るマッシュポテト。それに醤油の匂いがたまらない具沢山の肉じゃがと豆腐とわかめの味噌汁。
味噌汁はどこか物足りないいつものマドカの味なのだが他はどういうことか。どれもマドカが作ったとは思えないほど美味だ。
だからこそいつもの味噌汁が不味く感じるくらいにお世辞抜きの絶品揃い。特にこの野菜たっぷりの肉じゃがなんか味がしっかりと染みていて奥深い。全体的に洋風な献立にもうまくマッチしており、隠し味にバターを使ったのだろうか。
「まるでお店みたいだ。お父さんが連れて行ってくれたレストランのハンバーグにそっくりだよ」
「へえ……気になるな」
「僕もお店の名前は覚えていないんだけれどね。東京のどこかなのは間違いないんだけど」
確かに記憶に残るのも納得の美味しさだ。
「そういえばこの赤いご飯もあのお店とそっくりだ。特にこの砕いたピーナッツが入っているあたり」
「どれどれ」
恭介の言葉に流されて、それまで手を付けていなかったケチャップライスに匙を伸ばしたオレの口に香ばしいナッツがカチコミしてきた。
見た目では気づかなかったが確かにこれは砕いたピーナッツ。カシューナッツも入っていて見た目よりも食べごたえがある。
だが待てよ。
このケチャップライスにナッツを混ぜる食べ方には覚えがあるぞ。
「そういうことか。変だと思ったぜ」
「ん? どうしたのお兄ちゃん」
「恭介は気にしなくていい話さ」
「教えてくれても良いじゃん」
「じゃあマドカにはナイショだ」
あえて恭介の夢を壊すつもりはなかったのだがポツリと呟いてしまったオレのミスだ。
そのうちバレるだろうと言うのも見越してオレは食卓に並ぶ御馳走のからくりを彼に教えた。
と言っても、マドカが作ったの味噌汁だけでハンバーグ等は他の誰かが作った料理を温めただけということなので本当に他愛のない話だ。
おそらく出来合いのデリバリーではなく同級生の島田くんを呼びつけて作らせたんじゃないかという推測なので、恭介からすれば「誰だよ島田くん」という話でしかない。
「せっかくマドカが自分の手料理だと自信満々に出してきたんだ。気づかないフリをするのも優しさだぞ」
「わかった。お母さんもよく言っていたよ。お父さんが喜んで食べてるお刺身がおつとめ品だとバラさないでねって」
「オウ……世知辛い話だぜ」
それから残った料理を平らげて、恭介の口についたソースをナプキンで綺麗に拭いてあげていると、マドカも風呂場から戻ってきた。
時間的にお湯を入れ直していたにしてはそこまで長湯はしていないハズなのだが、この日のマドカはずいぶんとのぼせて赤ら顔だ。
タンクトップにホットパンツという肌の露出が過激なファッションでオレたちの横を通り過ぎた彼女は冷蔵庫から瓶ビールを二本取り出す。
そのうち一本を栓抜きで開封すると、コップにも継がずにゴクゴクとラッパのように一気飲みをしてしまった。
コイツこれでも年頃のお嬢さんだぞ。いまどきおっさんでもこんな飲み方はしないだろうに。
「風呂からあがった途端に何ていう飲み方だよ。恭介が真似したらどうする」
「少しくらい許しておくれよ。ボクにも立場ってものがあるから、家ではこんなこと出来ないんだし」
「まさか……ビールをラッパ飲みしたいからウチに泊まると言ったんじゃないよな?」
「そんなわけないだろう。ただまあ……恭介くんの歓迎会も兼ねて、この自信作をカイトに食べてもらいたかったからではあるかな」
「自信作ねえ」
オレはもうからくりの種を察しているので少し冷ややかな目線でマドカを見てしまった。
それを察してオレの袖を引っ張る恭介にハッとさせられたオレはすぐに普通の顔になった。
今のはしくじったかな?
「どうせボクが誰かに手伝いをさせたとさせたと思っているんだろう」
「そ、そんなつもりじゃ」
「だがな……今日のボクは一味違うのさ。何故なら本当にこれらは全部ボクの手作りだからさ」
「本当かよ」
「色々と島田くんに協力してもらったからボク一人の腕前とは言いにくいけれどね。それでも普段ボクの料理をマズイマズイと言ってるカイトの度肝を抜くことは出来ただろう」
マドカはえへんと胸を張るのだが、ブラジャーをしていないのかぷるんぷるんと乳房が揺れる。
オレはまだしも恭介に見せるのはどうかと思うのだが。
「わかった。オレの負けだよ。今日はマドカ様の美味しい手料理をご馳走していただいて、まことにありがとうございました。ほら……恭介も」
「ごちそうさま、お姉ちゃん。とっても美味しかったです」
「お粗末様。恭介くんはカイトと違って素直でカワイイね」
オレの舌を唸らせて恭介も大喜びだったからかだろう。
マドカは上機嫌のまま二本目のビールを開けて半分ほど飲んで瓶をテーブルに置くと、電池が切れたかのようにそのままガタリと脱力して寝てしまった。
考えてみればマドカは朝から今回の件の事後処理に奔走し、その合間を縫って島田くん監修のご馳走まで用意してくれていたわけだ。もしかしたら昨夜の研究所襲撃からずっと寝ていないのかもしれないので、緊張の糸が切れて倒れるのも無理はない。
料理はまた温め直せば食べられるが、こんなところで寝て風邪でも引いたら大変だ。
オレは別室にあるマドカ用のベッドに彼女を寝かせた。
「お兄ちゃんの推理はハズレちゃったね」
「まあいいさ。島田くんの手を借りたのは認めていたから半分正解ってことで」
「ふわぁ」
「ん……恭介もお眠か?」
「お姉ちゃんにつられて眠たくなっちゃったみたい」
「だったらこっちの部屋だ。どれ……今日は特別にベッドまで運んでやろうじゃないか」
マドカの眠りっぷりに釣られたのと満腹なのが影響したのだろう。
今度は恭介も眠いと言い出したので、オレは恭介を自分のベッドに連れて行った。
少しタバコの匂いが残っているが、恭介用に新しいベッドを用意するまではここで寝るしかない。
それにこのベッドはダブルサイズなので子供なら一緒に寝られる大きさだしな。
「おやすみ……すぴぃ」
恭介はと言うと、オレが抱きかかえて歩いているうちに寝てしまったようだ。
ベッドに寝かせると小さな吐息をたてながら眠る姿は天使のような微笑みで、これが淫魔だと言われても信じられない気持ちがオレの中で沸き立った。
時刻は夜の九時半を過ぎた頃。
そろそろ幹弥の叔父さんが戻ってきてもいい頃合いだ。
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