第8話 事後
一郎との戦いに決着をつけたオレたちはそのまま予定通り隠れ家に向かった。
到着後は恭介と一緒に風呂に入る。彼の体を念入りに洗ってから一緒に湯船につかったわけだが、ここまでの疲れがどっと溢れたのかそのままオレは湯船で一眠りしていた。
気がつくと恭介は先に風呂からあがって適当にオレが小さい頃に着ていたお古を纏ってベッドでぐっすり眠っていた。
着替えやベッド、棚のお菓子については入浴前に教えたのは覚えている。怒鳴り声に起こされて目を開くと、そこには風呂場に乗り込んできて説教をするマドカの姿があった。
湯船で寝ていたので俺は当然真っ裸なわけだが、いくら幼馴染で小さい頃には一緒にお風呂に入った仲とはいえ、お互いにいい歳なので少しこのボクっ娘は破廉恥すぎやしないか。
いくらオレがマドカを異性として見ていないとはいえ、お互い大人の男女なのだから気を使うくらいの配慮が欲しいところだ。
「おい……ボクの話は聞いているのか?」
「聞こえているよ。マドカが怒鳴るからすっかり目が冷めちまったぜ。湯船で寝たら危ないって話だろう?」
「違う。カイトが意地を張った無茶をして死にかけたことにボクは怒っているんだ。心配したんだぞ」
「そのことはもういいじゃねえか。なんだかんだこうして無事に生還したんだし。それにマドカだって危なかったんじゃないのか? あの女も結構な使い手だっただろうし」
「ああ、彼女か。確かに我流の呪術使いとしては多芸な上に強力な術を覚えていて驚かされたよ。だけどそれでもボクの敵じゃない」
「まあそうなるか。流石は次期当主様」
マドカは自分が心配されると威張るように胸を張って誇らしげな態度。
それも彼女の素性に詳しいオレからすれば当然の反応だ。オレたち二人の実家である壬生家は各種の術を継承してきた本家とその傍流の分家があり、マドカはその本家正統血統という立場だからだ。
若くして池袋の裏自治会長なんて役職を持っていて、壬生家の資産であるオレの使っているビルなどの権利も与えられているのはひとえに彼女が次期壬生家当主だからにほかならない
一方オレのような分家はもしものときのバックアップ要員というのが一族内での主な仕事。
分家でも術師の適性があれば術の教育をしてお抱え術師に仕立て上げられるわけだが……オレの場合は術の類はからっきしだったのでその手のコースには乗らなかった。
幸か不幸かマドカと同年代の男の子が壬生家にいなかったのでオレたちは幼い頃は兄妹のように育てられ、今思うと大人たちはオレをマドカの婿にするつもりだったのだろう。
オレの精気は壬生家の人間からは悪魔の末裔と評価されるほど並外れていたし、術師としては非凡な才能を受け継いでいるマドカとオレの間に子供が出来たら歴代壬生家でも上位の天才術師が産まれると、大人たちはそろばんを弾いていたのかもしれない。
まあそんな未来はおそらくないだろうなと大人になったオレは思っているわけだが。
「褒めても何も出さないよ。むしろカイトがちゃんとボクに出してほしいのに」
「なにか言ったか?」
「う、うん。とにかく、ボクはカイトが死んでしまったらどうしようかと不安で仕方がなかったんだよ。キミの精気がすっからかんになったのは感じ取っていたからね」
「心配してくれるのは嬉しいぜ。だけどそんなに心配してくれるのなら、すぐに助けてくれよ」
「うぐぐ。それを言われると耳が痛い。楽勝とは言ったがなかなか彼女はしぶとくて」
「まあ今回はお互いヘマをして互いに心配をかけてしまったということで。お説教はいくらでも受けるからさ……とりあえず上がるから着替えが終わるまで向うに行っててくれよ。恥ずかしいじゃねえか。それともマドカはそんなにオレの裸が見たかったのか?」
「ご、ゴメン!」
マドカも少しは恥じらいを覚えたほうが良かろう。そう思ったオレは湯船で立ち上がって、大きくなっていたアレも含めて大人になったオレの体を見せつけてやった。
それを見たマドカは赤面して風呂場から出ていって、その後オレが着替えてからも終始よそよそしく恥ずかしそうに、いかにオレが死にかけたときに不安に思ったのかをオレにしがみつきながら語り続けた。
長話は疲れるがマドカがオレを本気で心配したのも事実。それに狙い通りに恥じらってくれたマドカはコイツにしては滅茶苦茶かわいい反応なのでちょっと気分もいい。
しばし聞きに回ったあと、オレは話の頃合いを見てあのことをマドカにも教えることにした。
「マドカが心配したようにオレは確かに死にかけたよ。ぶっちゃけ殺されると思ったし、かと言ってあの状況で恭介が犠牲になって見逃されたらそれはそれでオレの尊厳が死んでいたと思う」
「意地の話はボクもわかるよ。だけど何度も言っている通り、尊厳だけなら後からいくらでも取り繕えるんだ。ボクは命を優先してほしかったよ」
「それはマドカには悪いことをしたし反省もしている。だけどオレの話はここからが本題だ。あのときオレは意識が朦朧として不意に恭介にキスをしてしまってな。自分でもなんでそんなことをしたのかよくわからなかったんだが、そのキスのおかげでオレの精気が回復して窮地を脱したんだぜ」
「カイトがボクにぜんぜん興奮しないのはもしや……あいや、それはまた別にして、カイトの精気が回復しただって!?」
恭介とのキスのことを聞いて驚いたマドカは目を見開いた。
彼女からすればどれだけ自分が抱きついたり色仕掛けをしてもオレの精気が回復したことなどなかったので女として美少年に負けたのが悔しいのだろう。
オレもこういう性癖はよくわからないが、男の取り合いで女が負けるのが悔しいのは一般常識として理解しているつもりだ。別にオレにはホモセクシャルの趣味はないし。
「オレも驚いたよ。だから恥を忍んでこうしてマドカにも教えておこうかと」
「いちおう念の為に聞くが……カイトがボクをイヤらしい目で見ないのは、子供にしか興奮しないとか男の子が性的趣向のヘンタイだからではないよな?」
「それはもちろん」
後に恭介と何度もキスをしたあとでもこの答えは変わらない。
「となると……そうだな……やはり恭介少年がいろんなところから狙われた理由と関連しているんじゃないかな」
「それは確かに。戦いの最中に山田一郎も言っていたぜ。恭介はワラシとかいう座敷童子の同類だってな」
「ワラシか。ボクは聞いたことがないな」
「壬生の本家にも伝わってないのか?」
てっきりオレが分家の人間だから知らないだけだと思っていたワラシという言葉をマドカも知らないのはオレとしても驚きだ。
そうなるとあの言葉は一郎の造語だったのだろうか。
「でも座敷童子の同類っていうのは聞き覚えがあるな。あれは何だったか……」
「幹弥叔父さんなら知っているんじゃねえか? あの人物知りだし」
「ちょっと電話してみる」
まだ朝の早い時間なのだがマドカは叔父の幹弥に電話をかけた。
叔父さんは現当主であるマドカの父、その妹であるオレの母の下に産まれた三人兄弟の末っ子で、婚期を逃したことをきっかけにマドカの世話係としてあれこれ働いてくれている優しいが忙しい人物である。
マドカがこうして朝からここに来ている時点で彼もマドカのために一仕事を終えたあとの場合が多いので起きているだろう。
案の定起きていた叔父さんはすぐに電話を受けると、マドカの質問に対して簡潔に答えたようだ。
その証拠にマドカもすぐに電話を切った。
「わかったぞカイト。ワラシって言うのは不思議な力を持った少年を指す童子(ドウジ)の鈍り言葉だ。幹弥叔父さんによると古いヤクザの間ではよく使われていた言い方らしい。座敷童子以外にも、酒呑童子やらコンガラ童子やら、なんたら童子をひっくるめた言葉だな」
「だけどそういうなんたら童子って、いわゆる超パワーを持ったスーパー少年のことだろう? 恭介にはそんな力はないぜ」
「だけどカイトの精気をあっという間に回復させたんだろう?」
「ああ」
「それが恭介少年が持つ童子としての力なんだよ。童子の中でも極めて希少な、分け与えた少量の自分の精気を媒介として他者の精気を増幅させる存在。恭介少年はエロ漫画御用達の悪魔の元ネタ……俗に言う淫魔だったんだよ」
淫魔と聞いて言葉のイメージから、あのとき朦朧としたオレが恭介にキスした理由も彼が淫魔だからなのかとオレはふと思う。
恭介との男同士のキスが初めて感じる快楽をもたらしていたことを心のどこかでオレは気にしていたのだが、相手が淫魔なら仕方がない。
オレはマドカが恭介の秘密を暴いてくれたことで素直にそう思った。
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