タイムリープの代償

「あれ?疲れて寝ちゃったのか?」

 ーー確か、昨日は雛を探しに、そして、何もできなかった。


 圭が目を覚まし、辺りを見回すとそこは白い空間が広がっていた。キョロキョロとしていると、どこからか声が聞こえる。


「時を渡ることを望む者よ。汝は何を望み、罪を犯そうとする?」

「罪?どういうことだ!それに、お前は誰だ!」

「我?我はここを管理しているだけだよ。それ以外の何者でも無い。ただ罪人を管理する、それだけだよ」

「罪人とはなんなんだ!」

「時を戻って自分の都合の良いものにしようとするのは、本来おかしいものとは思わないかい?」

「……」


 圭は何も答えない。いや、答えられなかった。誰かはわからないが、言っていることは納得できてしまった。けれど、この機会に縋るしかない。


「我の話を聞いてもまだ希望に縋るか…」

「俺に希望を見せたのはあんただろう?」

「希望?あれを希望と呼ぶのか…絶望の間違いでは無いか?」

「ああ、そうかもな…けれど、俺にとってはタイムリープがあることを知れた。それが希望となった」

「それが我の娯楽だったとしても…か?」


 娯楽……この管理者にとって、圭たちのような人の希望や絶望はただの暇潰しにすぎない。だけど、圭にとって、そんなことはどうでもよかった。誰にどう思われようとも、自分がどうなろうとも、彼女を、雛を救える可能性があるのなら、どうでもよかった。


「はぁ、君も考えは変わらないか…つくづく愚かだな」

「……」

「少し、話をしようか。君と同じ選択をした罪人の話を…」

 

 管理者は圭に対し、今までのことを話始めた。


「ある男は競馬に負けて、借金に困っていた。お金を稼ぐためにまた競馬に行き、失敗した。タイムリープをしたことで競馬で勝つことができ、借金はなくなった」


「ある女はDVに悩まされていた。証拠を集めるのは難しく、絶望していた。そこでタイムリープをし、男の場所を特定し、証拠を集めることができた」


「ある少女は、両親が亡くなったことに絶望し、タイムリープで両親が死なない過去を望んだ」


 管理者が例に挙げた人物たちは皆、何かに絶望し、より良くなるようにタイムリープを望んだ。だけど、どうして、圭だけはタイムリープで解決させてくれなかったのか。そのことを疑問に思った。


「ああ、君だけに意地悪をしているんじゃ無いよ。みんな君と一緒さ。ある男は借金を返した次の日に、ある女は正式に離婚が決まった次の日にタイムリープで戻ってしまう。ある少女は両親が亡くなった次の日からタイムリープが始まった。ね、君と一緒でしょ?」

「……趣味が悪いな」

「あはは、そうかもね。だけどそれが何?本来タイムリープなんてないだろう?少しでも希望が見れてよかったんじゃないかな?まあ、最初は夢だと思っていたタイムリープが続き、気が狂っていくのは楽しかったけどね」


 最初の固い口調とは違い、今はまるで少女が話しているようだった。だが、いまだ喋り続けている管理者の姿は見えない。この白い空間に響き渡るように声だけが聞こえている。


「だが、彼らはそれだけではない。彼らはより自分たちが望む過去に行きたいとタイムリープを望んだ。だから、我はある条件を出した」

「条件?」

「ああ、記憶だよ」

「記憶……」

「そう、記憶。ただどんな記憶かは過去に戻らないとわからない。そして、失った記憶はここに牢獄される」

「記憶が?」

「ああ、記憶は形状を形作る。ほら、右を見てみろ」


  言われた通りに右を向く。さっきまで見回していて何もなかったのに、そこには男が小声で何かを呟いていた。耳を澄ませると、聞き覚えのある単語が聞こえてきた。


「競馬、楽しい…楽しい…」


 狂っている。圭はそう思うも、口には出せなかった。


「彼奴はタイムリープをする際に、競馬を楽しむという記憶を失った。だから、タイムリープ先では競馬は一切せず、借金もしなかった。いい結果だと思わないか?」

「……」

「さて、君にも選択肢をあげよう。このまま彼女を諦めて、元の生活に戻るか。なんらかの記憶を無くし、彼女を求めるか」


 記憶を無くす。それは、もしかしたら雛のことを忘れることがあることを示唆していた。


「ああ、君が気にしている通り、彼女の記憶を失うかもしれないね。さて、どうする?」

「俺…は……それでも…それでも俺は、雛を助けたい!たとえ、俺が雛のことを忘れたとしても、俺は雛を助ける!」

「あはは、本当に君は面白いね。ここまで記憶を無くすことに躊躇ためらいを覚えなかったのは初めてだよ。それも、自分のためではなく、人のために…ね」

「……」

「ああ、君のことは気に入ったよ。だから一つ、いいことを教えてあげよう。記憶がなくなる確率は半々だ。もし、君の運が良ければ彼女のことを忘れることはないよ」


 嘘か本当か。この変な空間で聞いたことは全部夢かもしれない。けれど、そんなことは言ってはいられない。今はただ、雛を助けたい。その思いしか圭にはなかった。


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