第120話 そりゃ良くはないだろう。

「申し訳ござらん」


 深々とグレンさんは頭を下げるのだ。


「交通事故に近いような事態が創作世界には起こることがあるのでござる」


〈悪意〉の渦があの謎空間に。そんなかいつまんだ話をされた。


「〈赤の竜〉を作っているのは創作サイトのトラブルだけじゃないんだろうけど、そういうのはなくならないみたいだからなあ」


 葦原が現実に引き戻すコメントをした。

 そこに叔父さん、


「とにかく三名様にはこれから風呂を使ってもらって、その間に我々もどうするか考えることにした」

「え、俺たちも考えるの」

「明日は月曜なんだよ」

「あ」

「三名様にいてもらうのは構わんのだが、こちらはその対応ができかねる」

「そうか」

「〈白の地〉から来た人は、この家で何か必要なものを手に入れればそのまま帰っていくけど、今回はグレンさんが無理やり連れてきたからそのルールでいけるのかちょっとわからない」


 異世界と現実世界が! とか、舞台は大きいんだけど、所詮俺たちはチート能力すらない小市民だからなあ。わりと小さいことで手に余るもんなんだなあ。


「三名様も、どんな話してるのかなあ」


   * *


「この平穏な館もまた、どこか〈白の地〉につながった異世界だとして」


 バンが麦茶を一口飲んだ。


「ここに我らを導いたグレン殿は、名のある魔法騎士なのでしょうか」

「恩人をあまり詮索したくはないが」


 カネダが腕組みをする。


「ここからブランカに戻るにはどのくらいかかるものなのか、地図があればいいんだけどねえ」


 トルソだけが言葉の割に気楽そうだ。


「移動は何とかなるような気がするんだなあ。根拠はないけど」

「それより、今はいつなのか。戦況はどうなっているのか」


 バンが突然冷静になる。


「〈赤の竜〉の緩やかな支配が、また争いの火種を生んでいないか。訳も分からず記憶を奪われ、苦境に陥った人はいないか」

「〈赤の竜あいつ〉は民の事情などお構いなしだ」


 少しずつ、少しずつ。

 身体が落ち着いてくると、課せられた使命の重さが思い出されていく。


「もしもーし」

「甥ご殿」


 風呂の支度ができたので、呼びに来たと言う。


「風呂……」

「みなさんのお国のものとは違うと思いますけれど、身を清めればまた新しい考えも浮かぼうというものですよ」

「はあ」

「それはありがたい」


 やはりここでもトルソだけが気楽そうなのだった。


「まだ日も高い。明日出立するにせよ、身は清めた方がいいでしょう」


 三人はそのまま、浴室へ案内された。


「『明日出立』って」


 様子を見ていた葦原が腕組みする。


「ほら、食べたら人間、落ち着いて先のことも考えられるようになるだろう、栞さん。

 俺もね。ますます頭の血が巡りはじめましたよ」

「葦原くん、」


 さっきから何だかへんだわ。


「誰でも小説サイトで自分の世界を書けるようになった」

「うん」


 私も書いてる。

 でも、今その話?


「正直、いくつ異世界があるのかわからないような状態だろう。

〈赤の竜〉は、そんな状況から生まれ、叔父さんの『四十路ですが』内で異世界同士を混乱させ、さらには『四十路ですが』という作品そのものを現実世界への侵略ポイントとして狙ってきた」

「うん」


 今の状況、そういうまとめになるのかな。


「そこに今回の、原作にアニメ化が追い付いたみたいな一件だ」


 正確にはちょっと違うらしいけど、葦原くんも私と同じような捉え方したんだ。少し嬉しい。


「俺、これは何かの好機に思えるんだが」

「ええっ?」

「勘だけどな。もう少しで浮かびそうなんだよな」

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