第110話 転生したのかと思った(トージン先生関係ない)。

 この地は〈紫の霧〉によって、いつ今いる世界と異世界とがつながるのか油断できない。

 ところが、そこは白い霧に包まれていた。

 いや。それはそもそも〈霧〉なのか。

 もう、ずいぶん長い間ここにいるような気がするのたが、時間の感覚がとうに失せている。


「バン」

「いるよ」

「カネダ」

「ここだよ」

「トルソ」

「ほいほい」


 丸い眼鏡のバン。

 角刈りにドングリまなこのカネダ。

 陽気そうな束ね髪のトルソ。

 時々こうして名前を呼びあっていた。

 だが、そのあとでまた感覚はおぼろげになり、三人とも動かない身体がふわふわと白の中で漂う心地になる。

 苦痛はない。

 空腹感も、乾きもない。

 思い出せない焦燥感で焼かれるような心地になるが、それも忘れ去りそうになる。


 ブランカ。ブランカへ来ていたことは思い出せた。

 そこで三人は、対〈赤の竜〉の、何か重大な仕事に就いていたのだ。


「白い蝶……」

「カザミさん、どうしてるかな。こっちにはいなさそうだ」


 そうだ。討伐隊にいたのだ。家族にも知らせず。


「……」


 思い出そうとすると、猛烈な眠気に襲われる。そこで眠りに落ち、目覚めると、一時何も思い出せない感覚になる。

 そこでこうして名前を呼びあい、互いの名前を思い出せることに安堵して、思い出せなかったはずの記憶を組み立てていく。ブランカのこと。ゲイル博士のこと。討伐隊のこと。〈赤の竜〉のこと。

 するとまた眠気に襲われる。


「これは……これが狙いなんだろうか」


 あの日、突如あらわれた白い蝶の群れに囲まれていたかと思うと、三人はここに漂っていた。


「ここにいると、何もかも忘れそうだ」


 そして、思い出すと眠らされ、忘れさせられる。

 すべて忘れた時に、何かが起こるのではないか。

 忘れるわけにはいかない。〈白の地〉を〈赤の竜〉の支配から取り戻さなければならないのだから。


 ずっと、この繰り返しだった。

 いつ終わるとも知れない。

 眠らされ、忘れ、思い出す。

 眠らされ、忘れ、思い出す。

 いつまでこうなのか。

 この繰り返しに意味はあるのか。


「おーい」


 ある時。

 近づいてくる声があった。


「おーい」


 男の声だ。


「どなたか居りなされますかな? 拙者、旅の騎士、グレン・グランハルトと申す者でござる」

「ほいほい、ここだよー」


 トルソがこたえた。


「ここはどこだい? 俺たち、転生でもしたのかな?」

「なんですと?」


 ガチャガチャと、装備品の音が聞こえる。

 グレン・グランハルトと名乗った旅の騎士、彼は身体も動き、漂ってはいないようだ。


「ありゃ。いかがされましたかな、おのおのがた」

「……え」


 白の中をずっと漂い、眠っては醒めていたのだが。

 気づけば三人は草の上に横たわり、目を開けると星空があった。

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