第95話 練習が必要

〈紫の霧〉と呼ばれているが、こうして馬車の外で匙を使い、おやつをなめていても、あまり身体は濡れないのだ。


 とはいえ、この三人は幼い頃から〈紫の霧〉がどこに行っても辺りを覆っていたので、そんな奇妙な性質も〈そんなもの〉と覚えていた。


「風、来ないかなあ」


 そんな瞬間に立ち合ったことはないが、この霧の中、異世界が目の前でつながったらどうしよう。

 それも彼らには聞きなれた冗談のひとつで。


「昼まで森を抜けられるかな」


 予定では二晩夜営をすればブランカに到着できるはず。


「到着してからの宿の当ては、いちおうあるのよね?」

「まあな。博士を探るのに怪しまれたくないから、昔なじみを頼って、の、かたちにした」

「トーガ兄さん、宿屋をやってる知り合いもいるのね」

「魔道具蒐集の伝手は、いろいろなんだよな」


 あんまり変な主人じゃないといいなあ、と、ダンとサヤは思った。


 甘いものを食べ終え、あとは昼までひたすら進んだ。


   * *


 川のそばに馬車を停め、昼の休憩とした。

 上流から風が吹いてきて、霧が払われすがすがしい。

 市場で買った野菜とガランダ鳥の燻製を和えたものと、同じく市場で買った焼きたての麵麭パンで昼食をとった。


 サヤは出発後、窓の外をずっと見ているか、やはり昨夜の疲れがあるのだろう、眠ったり目覚めたりを繰り返していたのだが、ふいに、 


「そういえばトーガ兄さん、直した例の網はまだ使ってないわよね?」


 そんなことを切り出した。


「ん? ああ」

「魔力のある道具、どこで〈直った〉って判定するのかっていうと、判定機にかけるのよね? 実際、何かを捕らえた訳じゃないのよね?」

「試す機会、そうそうないからなあ」

「今日の夜営予定地から二里くらいのところにね、」


 また何か、消防団だけが持っている情報だろうか。


「よく、怪しい生き物の目撃情報がある場所が」

「それ、もしかしてガランスのことか?」


 馭者台のダンから訝しげな声が飛ぶ。


「〈初のクギバネ生け捕り!〉っていう、結局は詐欺だったあの騒ぎがあったとこだろ?」

「あれは、いろんな研究所からお金を巻き上げた詐欺だったけど、みんなが引っ掛かったのは、もともとガランスがそういう土地だったからよ。

 魔術師が魔獣の巣を探しに来たり、薬師が妖虫を捕らえに来たり」


 となると、トーガとダンにはわかってきた。サヤの考えていることがひとつしかないことを。


「なんか、夜営地変えてでも、あの網でへんなもの捕らえようとしてるだろ?」

「あたり。

 使う練習、必要じゃない?」

「得体の知れないもの相手でか?」

「そもそもブランカの蝶だって、得体が知れないじゃない」

「あれは、何が起こっても、の覚悟してるだろ。俺たちは魔物は専門外だ、そこをあえて、って話だろ」


 蝶にたどり着く前に、あえて危険に近づくことは避けたいと、年長者のトーガは考えていた。夜営地だって、それでガランスを避けたのに。


「ガランスでの狩猟許可あるのか、サヤ」


 ダンは、その方向から牽制した。


「私には〈白の地〉全域の許可証があるよ」

「魔法生物ほかは、専門家の助言を受けるんじゃなかったか?」

「……」


 サヤは言われて引くのかと思えば、にやりと笑った。

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