第66話 来賓室
ニヤは、部屋で『海賊・金のカササギ号』を読んでいた。財宝の隠し場所の鍵となる、秘密の時計を巡る冒険に夢中だった。
父ちゃん、いや父さんは、疲れて寝台で大の字になっている。
今日も、いろんなことがあったな。
(アカネちゃん、本当に噂好きだなあ)
おうちの食堂の手伝いをしていると、なにかと話題が必要になるのかもしれない。話し好きのお客さんや、アカネのような小さな子と話したがるお年を召したお客さんもいるのだろう。
(マルウス王子)
たいへんそうだなあ。
こっちは、もとの世界とは違うところがいっぱいなんだろうし。
ニヤもそうだった。いろいろ思い出す。
「はい」
ノックの音がした。
「こんばんは」
スウバルさんだ。
「夜分すみません。
よろしければ時間を少々いただき、ニヤさんに、学校のことなどをマルウス様にお話しいただけると大変助かるのですが」
「はい」
ニヤの素直な返事を聞いて、父さんがばねのように飛び起きて来た。
「これは失礼。スワノです」
「お父上。料理長様。
今晩は温かでおいしい夕食をありがとうございました」
「こちらこそ光栄です。
ええと、うちのニヤが、王子に学校でお世話になるそうで」
「そんな。こちらこそ」
大人の挨拶がはじまり、ニヤはおとなしく待つ。待つに限る。
待ちながら、父さんがまたしつこく話をしたがって困らせるのではないか、と、少し心配になった。この間、〈白の巫女〉さまが召喚した〈救い手〉さまを、かなり戸惑わせていた。
いけないいけない。神殿内で〈救い手〉さまの話は、軽々しくしてはいけない。
「ニヤ。まだそんなに遅い時間じゃあないから、」
「はい」
「マルウス王子とスウバルさんのお部屋で、少しおはなししてきなさい」
「いいの?」
王子様の部屋は来賓の滞在室。めったに覗けない。
ニヤは、身だしなみを簡単に整えて、
「お待たせしました」
「ニヤ」
父さんが呼び止め、何か渡してきた。
この間から試作している、レース模様の砂糖菓子だった。中に果物のシロップが入っていて、壊れやすい。ひとつずつ半透明の色紙に包まれている。
「いってきます」
ニヤは大事に両手に包んで持ち、スウバルさんについていった。
* *
来賓滞在室は、ニヤたち使用人たちの部屋とは別棟にある。
長い廊下をわたり、階段をいくつか上下して……
「こんばんは、ニヤ。
急に呼んで悪かったね」
ここが来賓の部屋である。明るく、天井が高く、何より広い。
「あらっ」
なんと、窓辺にトビハコガメがいた。簡単な柵で囲われ、寝床と餌の桶と水桶がある。
「部屋で飼えるんですか?」
「特別許していただきました。
ご心配なく。おとなしいですし。見た目が少々、こちらの世界のみなさまを驚かせてしまうようですから」
確かに馬車くらいの大きさのカメがいたら、いくら異世界の見慣れないものにもそこそこ慣れている、当地の人々でも人目を引いてしまうだろう。
「あとで、乗ってみる?」
「いいの?」
「いいよね? トトはおとなしいし」
スウバルさんの許しは得た。
「ありがとう」
ニヤは、お礼を言うと、両手の中に持っていた砂糖菓子をマルウスに渡した。
「ありがとう!
とてもきれいだね」
「父さんがケンキュウしているお菓子なの」
お茶が運ばれてきて、ニヤはマルウスの質問に答えていった。マルウスはこれまで家庭教師がつききりで、給食などは初めての経験だと。音楽の時間に教室の全員で歌を歌うのもはじめてだったという。
「こちらの文字だって、ようやく絵本を読めるようになったくらいだ。早く覚えなければ」
「でも、みんな一年生だから、文字を習うのはわたしもはじめてよ。同じよ」
「それもそうでございますなあ」
スウバルさんが笑って、
「王子。あまり構えず、ゆるりとされても大丈夫そうですなあ」
「ありがとう、ニヤ。なんだか緊張していたんだ」
「わかるわ」
ニヤも、こちらに来たばかりの時はそうだったから。
「おいしい」
砂糖菓子はお茶といっしょに口の中で溶け、果実の香りがふわりと広がった。
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