第44話 結婚式場と披露宴会場が決まるようだ。
その少人数向けの式場は、町中にある公園の隣にあった。
郊外にある小さな教会、のような雰囲気で、白い門の向こうに木製の大きな二枚扉が見える。
「いやいや、とにかくご無事でこうしてそろっておいでいただけただけでも、嬉しいことですよ」
式場の担当者、
「あのときはご心配おかけしまして」
「いえいえ。ここだけの話、マリッジブルーって、よくあるんですよね」
彼女は勤続三十年のベテランで、様々なケースを経験しているのだった。
それはともかく、聡志の失踪については、マリッジブルー原因説がすでに定説となっている。鈴木さん、繊細なのね。気イ遣いだからねえ。
なんだかおさまりが悪い心地だが、仕方ない。異世界行ってました☆よりは、納得しやすい。
「お花のほうは、あのお話のとおりでしたね?」
小矢崎さんが梨穂子に話を向けると、
「どうなるんでしょう? 楽しみなんです」
フラワーアレンジメント教室の教え子一同から、花は任せてほしいと申し出があり、喜んで受けた。
「すみませんが、よろしくお願いいたします」
「そんな。こちらもご協力させていただきますよ」
両家の親族と友人数名。教え子たち。ささやかであたたかな式になるはずだ。
「いやあ、何にしても、ほんとうによかった」
小矢崎さんは、誰のどんな慶事も嬉しそうで、気持ちのいい人だと聡志も梨穂子も思っていた。それで式場の相談を彼女にすることだけは何より先に決まっていたのである。
* *
「それで、グレンさん、今こちらなの?」
ひととおり今日のところの話はまとまった。
梨穂子は午後に打ち合わせがある。その前に二人でどこかでランチにしよう、と、車を走らせていた。
「急な報せがまず、タロキチから来たらしい。
ていうのも、その時、俺、風呂入ってたのね」
「え、そんな時にも異世界からなんか来るの?」
「うん」
「……異世界が日常に入り込んでることを今、ひしひしと感じたわ。
でも、そんなに急に、ってことは、あんまりよくない状況?」
聡志は、〈赤の竜〉の異変について受けた報告の内容を話した。
「なんなの!」
梨穂子は、軽くキャパオーバーな話を聞かされると、とりあえず軽くキレる。
「そんな話、どうすりゃいいのよ?」
「ハンドル持ってるときは、落ち着こうよ」
「……そうよねー」
複数の異世界がひとつになった。
〈赤の竜〉に憑依し、巣くう〈彼ら〉が小説世界の設定を解釈し直し、思わぬ方向に用いればこのようなことが起こることが明らかとなった。
「それ、こっちにも起こる展開になったりしないの?」
どこでもない、鈴木邸を侵入口に。
「人や建物が重なっても、分離する魔法、こっちにはないよ?」
「下書き、書き換えないとなあ……てか、この先俺の書き方ひとつでどうにかなるのか、それもわからない」
聡志は、グレン氏がしきりに申し訳ない、と言うあの顔を思い出していた。
危機は、このように迫ってくるのだ。
避けられるものなら、避けなければ。
でも、どうしたものかよくわからない。
最も大きな危険を避ける展開を書くために、先日はわざわざ〈白の地〉へ呼び出されたのだ。
ことの次第では、また同様のことが起こらないとも限らないのではないか。
「ごめんな、梨穂子さん」
あきらめ半分な気持ちが読み取れる言い方だ。
「どう考えても、普通の新婚生活じゃないよな?」
「やあね、お互いの歳を考えよう? 普通の、なかみが、いわゆる結構適齢期の二十代からそのあたりとは、もともと違うよ。それはわかってたことでしょ?」
四十代で独身で。
二十代の独身よりも、抱えているものが多い。仕事も、家族含む人間関係も。介護や配慮の必要な家族を抱えていたり、独身、と言っても、離婚経験があったり、も、珍しくなく。
「それはお互い支えよう、いっしょに居よう、って決めたじゃない。
まあ、異世界は予想外だったけど」
そして、そもそも執筆活動について話してなかった。
「夫婦で秘密は持たないほうがいい、って、さっそくわかったよね?」
「……ごめんなさい」
「でも、個人的な楽しみの創作のアカウント教える、って抵抗あるよね。
あたしも、実は教えてないやつあるわ」
「え」
「だからわかるよ。誰かに教えるには、タイミングあるよね」
「そうだな……」
「でもね、あたしは聡志さんが創作してるのわかって嬉しかったよ。
なんていうのかな、聡志さんも心の中にそういう部屋、あるんだ、って」
そう話しているうち店に着き、車を降りた。
初デート以来、何度も来ている老舗洋食店。
「さて、行きましょう」
話は一旦切り上げられて、ふたりは並んで歩いていく。
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