第35話 「疑問解明」

「夜更けに手間を取らせ申した」


 グレンさん、いくぶん酔いが醒めていた。


「気のすすまぬ宴でしてな」


 ……いや、まだ酔っているかも。


「スズカワ殿にはお話ししたことがありましたな? 神々の宴が、拙者のような弱輩の神には気苦労が多く、なかなか名も売れぬことを」


 そんな話してたのかよ?


「……ああ、そうでしたね」

「ワン?〈グレンさま? それは、〉」


 タロキチが何か、懸念を示す。


「……?」


 それより早く、叔父が額に手をやる。


「待ってくれ。

 俺、グレンさんと数日旅をしていたつもりで、一ヶ月ほど経過していたんだよな?」


 妙な沈黙が。


「……まずい」


 叔父さんの様子がおかしい。


「……?」

「ワン?!〈なんと?〉」


 ん?

 なんか、よくない話か?


「いま、思いだし、むぐっ」


 タロキチが叔父の顔に体当たりして、先を言わせなかった。


「ひと月、様々な話をいたしましたからなあ」


 グレンさん、ひとりでしみじみし出す。


「これ、黙ってれば大丈夫なやつかな?」

「大丈夫、大丈夫」

「浩平、お前も黙ってろよ、俺がなんか知ってるらしいとか言うなよ?」

「いや、言う機会もないと思うし、そこは」


 そういう話か?

 なんかよくわからないが、神も大丈夫と言っているし……

 というより、叔父さん、やっぱり転移してからの記憶、消された部分とか、封印した部分とか、あるんじゃ……


「失敬、」


 混乱する俺たちの隙を突いたかたちで、グレンさん、叔父さんの額に軽く触れた。


「……叔父さん?」


 その場に崩れたところを、タロキチが身体全体で支える。


「ありがとう、タロキチ」


 俺も駆け寄り、叔父さんをそっと横にさせて、


「これは?」


 グレンさん、もう素面の顔だ。


「創作物よりの現実への侵食は、現実世界にも目に見える兆候があり、それは〈ジャンルの盛衰〉であらわれるのでござる。

 剣豪小説、推理小説、捕物帖、SF、これまでいくつもあり申したが、それらはこれまで、我らの調整により、〈現実の侵食〉ではなく、〈現実へのよき変化〉という形に落ち着いていたのでござる」


 そういえば、昔のSF小説のアイディア、似たようなのが実現して生活の利便性が高まった、ていう例がいくつもあるな。そういう話か?


「現在の異世界ものの流行も、実はそのひとつなのでござるが、」


 なんだと。


「これ、〈侵食〉という現象の存在ほかを、人間が察知しはじめた、その兆候を兼ねてもおりましてな。

 現在書かれている異世界ものの創作物のうちのいくつかに、実際存在する異世界や、その隠された理をうっかり反映したものが混ざりはじめているでござる」

「え」


 てことは、なんだ?


「遠い将来かわからないけど、並行世界の存在が実際明らかになるかもしれない、とか、人間がそっちに向かっている兆候が、異世界ものの流行?」

「あくまで兆候、でござる。この先いかようになるかは、まだ」

「てことは〈白の地〉って?」


 実際にある異世界?

 いや、〈白の巫女〉みたいに、モデル問題があるから、〈創作物〉ではあるんじゃないか?


「まだ少し、人間には早い話がそこにはありましてな。

 そういうことでござる、甥ご殿。

 しかしスズカワ殿はその早すぎる話をひと月がかりで受け止め、第71話を見事仕上げてくだされた。まこと偉大な創造者でござる」


 するとグレンさん、俺の額にも触れて、


 * *


「うっかり封じた記憶の呼び水となる言葉をかけてしまい、失敗、失敗」


 グレン氏、横になっているスズカワサトシとその甥っ子を見つめる。


「よいのですか? 甥っ子殿まで」


〈タロキチ〉が、また懸念を。


「仕方あるまい。

 今の人間世界では、異世界の出現は戦乱が避けられない。理由の、大きな部分をこれが占めているのだ。その事情に、彼らをそこまで巻き込むわけにはまいらん」

「御意」

「さて。しかしもう少し、お付き合いいただきましょうかね。執筆をすすめていただかねば」

「あの、差し出がましいことを申し上げれば今回、お戯れの部分が多すぎるのではないかと」

「拙者、創作物の神でござるぞ。戯れなくしていかがする。はっはっはっ」


 * *


「それより、問い詰めたい次第とは」

「あ、そうそう」


 あれ? 一瞬ぼんやりしてた。疲れてきたか?

 やっと本題か。

 もう日付け変わっただろ。タロキチ、戻らなくていいのか?


「ワン〈お話しください、創造者殿〉」

「〈俺〉のことなんだよ」


 そうして叔父さん、さっき話した内容をもう一度話した。いったい、〈白の地〉の〈俺〉は、どうなっているのかと。


「それは」


 グレンさん、わけのないことのように話し出した。


「作中の〈俺〉殿は〈救い手〉。ちゃんとおられるでござる」

「その、〈俺〉と、この俺、〈白の巫女〉と、梨穂子さんみたいなことには?」


 モデル問題。

 作中人物と、そのモデルとなった、こちらの世界の人物は、何か特別なつながりが生じるのか。


「巫女殿はどなたかに憑依する必要があるという、特別な事情のために、あのような次第となったのでござる。もともと他人の事情を覗く目もお持ちであることもあり。

〈救い手〉殿は、それこそこの鈴木邸に、必要が生じれば普通に来られるのではないですかな」


 普通に。


「そうか」


 叔父さん、なんだか考えこんでいる。


「そういうかんじか」

「そういうかんじでござる」

「思ったより、あっさりしてたな……」


 期待がはずれたのか、それとも安堵したのか、何にしろ、叔父さんはこのへんで休んだほうがよいのではないか。


「ありがとう。わざわざ呼び出してすまなかったよ」

「いやいや。ちょうど明日が日曜日という好都合なときに、よくお呼び立てくださった」


 なんか俺、やな予感するぞ。


「拙者このまま、日曜日までこちらに居てもよいでござるか?」


 あ、やっぱり。

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