第5話 「すばらしいサンデー」などと言われても。

 とりあえず居間で叔父と話した。


 叔父は俺の誕生日の昼頃に、営業車を駐車場に停めて店へ戻ろうとしたところ、気がつけばこの紫の霧の世界へ飛ばされていたらしい。


「1ヶ月か……」


 異世界のことで、時間の流れが違う可能性については頭にあったが、実際こちらでひと月が経過していたとなると、話が変わってくる。


「かけなくていい苦労をかけてしまったな」


 でも、叔父だって行こうとして異世界へ行った訳でもないのだ。そこは誰も責められない。


「ということは、まずいぞ。

 浩平も葦原くんも栞ちゃんも、こっちに家ごと来てるってことは、戻れるのかわからないし、戻ったところでまた、」


 ひと月経過している可能性があるということか。


「ところで、どうしてグレンさんと、こちらで落ち合うとの約束ができたんですか」


 葦原が指摘する。


「そちらの世界では存在しないはずのこの家を目印に、どうして?」

「いや、そもそもこの家を落ち合う場所としていたのではなかったんだ。

 森のはずれにある、木こり小屋を目指していたはずだった」


 なのに、その場所にはこの築五十年の木造住宅があったと。


「ここで落ち合って、この先の戦いについて語り合い、明日からの行動を決めるはずだった」

「まさか」


 栞さんが息をのんだ。


「この紫の霧の原因である、〈赤の竜〉と戦っているんですか?」


 叔父はうなずいた。

 俺は記憶をたぐる。〈赤の竜〉。

 今、叔父は、第何話あたりなのか。50話くらいなら、〈赤の竜〉と、この霧の秘密について既に明らかだ。木こり小屋が出てくるのは、どのへんだっけ。

 いや。もっと重大なことがある。、〈


「俺の小説読んだの?」

「行李からネタ帳が出てきたよ。そしたらアカウント管理がどうとか書いてあって」

「行李にあったのか!

 お前、夏に浴衣必要になる、って言ってたから、あちこちひっくり返してた時にネタ帳がなくなってさ、そうか、行李かあ。あ、俺の浴衣どれでも着ていいからな」


 行李にネタ帳があったことに、深い意味はなかったようだ。


「それで失踪なんかした形になってたからさ。

 ひょっとしたら叔父さんの小説に失踪理由があったりしないか、とか、迷ったよ」

「それは重ね重ね済まなかった」


 だが、読んでいるなら話は早い、と、叔父は続けた。


「まだ確信は持てないが、ここは、俺の書いた世界らしい」

「……」

「そして、俺は世界を救うために召喚されたらしい」

「……」


 ではなぜ、俺たちも家ごと?


「俺にも、使命が?」


 葦原の目が、まずい方向に輝いている。


「……使命……これは……」


 栞さんまで、なんとなくおかしい。


「おおい、スズカワ殿!」


 姿が見えないと思ったら、納戸のほうからグレン氏の声がした。


「これかね、炭は」


 見ればグレン氏、バーベキュー用の炭を持っている。


「炭とか、あるといいなあ、と、思ったんだよ」

「まさか」


 世界の創造主の権限で、ものを取るだけのために家を召還したとでも?


「俺もよくわかっていないんだ。なにせ、こちらに来て半日だからな」

「じゃあ、これからこの家と俺たちは」

「日曜に、ここに戻れたらいいな、て思っただけなんだよ。

 てことは、今日は日曜か。なんとか勘弁してくれないか?」

「日曜?」


 叔父はまだ、何かを話さずにいる。

 そう思った瞬間、すとん、と、辺りが暗くなり、また明るくなった。


「暗転?」


 俺も葦原も栞さんも、居間にいた。


 叔父とグレン氏はいない。炭もない。


 表を見れば、紫の霧などなく、いつもの町内だ。


「……帰ってきた?」


 二階に上がると、葦原のカップ焼きそばはまだ温かい。一階の屋根にぶちまけたほうもそのまま。


「使命はどうした……」


 葦原と栞さんが、目に見えてがっかりしているのは、なんなんだ。


「ええ?」


 続けて気を取り直した栞さんが、スマホを見て声をあげた。


「……71話が……」


『四十路ですが、この世界では無双できると聞いたんですが?』の、71話目が更新されていた。


 ただし。


「俺の誕生日に更新されたことになってる」

「でもさっきまで、なかったよね」


(『日曜に、ここに戻れたらいいな、て思っただけなんだよ』)


「日曜に、って」


 それにあと、二、三日、って。

 叔父の最後の言葉と、71話目と。


「こっちに戻ってきたんなら。

 使命があるんだとしたら、それは私たちには、に用意されているってことなのかな……

 とりあえず焼きそばとアイス食べようよ」


 栞さんがそう言って、俺たちは台所へ無言で降りていったのだ。

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