ショートショート
仲蔵
宝物の価値
子どもの頃の話をしてもいいかな。
話題も無くなってきたしね。いや、退屈な話ではないと思うから。
小学一年生の時、俺の母親のいとこが結婚するっていうんでグアムで挙式をあげることになったんだ。俺は結婚式云々のことはどうでもよくて、外国に行けることが無性に嬉しかったんだ。二十年以上前の話だけど、いまだに鮮明に憶えてる。昨日のことのように思い出せるよ。それぐらい当時の俺の心は揺さぶられていたんだな。
パスポートをつくった帰りにさ、飛行機の中で暇だろうからってゲームボーイを買って貰って、初代のポケモンなんだけど、飛行機の中でポッポ捕まえたの憶えてるわ。結局グアムではタケシに勝ったところで終わったな。中々進められなかったよ。まだ俺七歳だったからね。あ、まあポケモンの話はどうでもいいんだけど。
グアムのホテルにプールがついてて、そこでずっと泳いでたなあ。プールから海が見えてさ、白い砂浜を歩いてる人を見ながらプールサイドをふらふらと歩いて、歩いてるだけで楽しかった。
で、そのプールでさ、めちゃくちゃ体のデカい白髪のおじさんと仲良くなったんだよ。何人だか分からないけど、父親の言うところによると、あれは南米のどっかだって。アルゼンチンとかそんなとこ。白人なんだけど、言葉がそんな感じだったって。
その白髪のおじさんが色々話しかけてくるんだけど勿論何を言ってるかなんて分かんなくてさ、でもなんかすげえ面白くて、ずっと爆笑してたらさ、コインを一枚くれたんだ。お金じゃない、なんか別の用途があるのか知らないけど、五百円玉より少し大きい銀色のコインだった。俺はそのコインが宝物に見えて、手にした瞬間、嬉しくて体が震え始めてさ、ガチガチと歯が音を立てて止まらなかった。
夜になってプールサイドのテーブルでディナーってことになって、そのおじさんはいなかったんだけど、コインをずっと握りしめたまま、松明の揺れる炎で照らされたプールサイドで、何を食ったかなんて憶えてなくて、俺は宝物を手にした緊張感でいてもたってもいられなかった。
で、俺やらかしちゃったんだけど、そんな大事にしてたコインをさ、テーブルの上に雑にポンっと置いたらコロコロって転がっていって、プールの中に落ちちゃってさ、慌てて俺プールに飛び込んだわけよ。でも夜だしゴーグルも着けてないし全く何も見えないで、焦りに焦ってるから溺れちゃって、叔父さんに怒られながら助けてもらって。大事なコイン落としちゃったんだっていくら説明しても理解されなくて、また明日探せばいいじゃないかって怒るから、俺は号泣してたけど我慢して、翌日朝イチでプールに向かったわけよ。
そしたらあの白髪のデカいおじさんが一人で泳いでたんだよ。で、俺を見るなり、ニコッとして何か言うんだ。こっち来なさいって言われた気がして行くと、プールの中からこっち見上げながら、何か言ってるんだけど、間違いなくコインの事を言っていると思って、俺は泣きながら謝ったんだ。ごめんなさい、おじさんのコイン無くしちゃったんだって。おじさんは笑っててさ、すっとこちらに伸びたおじさんの右手の、握られた拳が開いた中に、朝日でキラキラと輝いたコインがあって、俺はそれを指でつまんで、濡れてるから何度も滑って落としそうになったから、もうギュッと両手でコインを握りしめて、わんわんと泣いてた。後ろから声が聞こえて振り向くと父親が迎えに来てて、もう行くぞって言うから、おじさんに向き直ったら、もう何処にもおじさんの姿はなかった。あの白髪のおじさんがさっきまでいたんだよって父親に言っても不思議な顔をされるばかりで、もう教会行きのバスの時間だからって、着替えてバスに乗って、寝て、気付いたら教会で、そこから記憶はすごい曖昧になっていき、帰りの飛行機の中でまたポケモンやって、地元の駅から徒歩で家まで歩いてる道中の記憶、おじさんのこともコインのことも、もうどうでもよくなっていたのか全く忘れてしまってて、俺が高校生になった頃にさ、部屋の大掃除をしてたらそのコインが出て来て、あの白髪のデカいおじさんのこととか、一気に思い出して、軽いめまいを起こして、ボロボロって涙がこぼれてきて、ごめんなさいごめんなさいって気持ちが湧いてきたんだ。そんな自分が怖くて、そのコインが怖くて、想い出なんか正直どうでもよくて、机の引き出しの奥に隠した。怖いよな、だって十年も忘れてた記憶が甦っただけで、感情だけタイムスリップしたんだから。
で、そのコイン、何のコインなんだったんだろうって最近調べてみたらそれ、モスクワオリンピックの記念硬貨だった。あのおじさんロシア人だったんだな。で、なんで記念硬貨を俺にくれたのか、もう全く意味が分からないよ。
下世話な話、質屋に行って調べて貰ったらそのコイン、ただのレプリカだってさ。売ってもいくらにもならないってしょうもない話だ。まあそんな感じ。そろそろお開きにすっか。
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