第5話

 仁と万次郎は尻餅をつきながら悲鳴を上げていた。

死体となった充の体から血が溢れ出し、地面に血だまりができていた。

 血液特有の生臭い嫌な匂いが鼻孔を刺激し、視界が真っ赤に染まる。

人の死に免疫のない二人は、顔を真っ青にして怯えていた。

 先ほどまでの強気の姿勢とは異なり、蛇に睨まれた蛙のようになっていた。

優秀な生徒と言っても所詮は学生の域でしかない。

 

 いかに虚勢を張ろうが、命のやり取りを一度も経験したことがない温室育ちの坊ちゃんである。仁と万次郎のような人間を異世界で嫌というほど見てきた。

 この手のタイプの人間は言葉での説得は不可能に近い。


 力で屈服させ、反感を持てないほど痛めつけることが適切な行動である。

異世界での経験が染みついている吹雪は、人を殺すことに抵抗感を感じない。

 自身が定めた善悪の判断基準に従い、殺しても問題はないと判断を下したのだ。

五芒星学院では毎年何人もの死者が出てしまう。

 鍛錬中の事故であったり、妖や鬼との戦闘中に亡くなったり、色々な要因が重なることもある。生徒たちの喧嘩も日常茶飯事で、事故死してしまうケースも多い。

 強者のみが学院での地位を維持でき、陰陽師の門を開くことができる。

五芒星学院に通う学生は全員が死を覚悟している。

 それでも陰陽師になりたいという生徒たちが集うのが五芒星学院である。

 

 「おいおい、人が死んだぐらいで怯えるなよ?」

 「こっ……こんなことをして許されるとでも思っているのか?」

 「ははっ!先に俺を植物状態に追い込んだのは、お前らだろ?」

 「だからって殺すことはないだろ?」

 「お前らが行う暴力は許されて、俺は許されないのか?」

 「……」


 吹雪の変わり様に仁と万次郎は、言葉を失っていた。

過去の吹雪なら何も言い返せないまま言いなりになっていた。

 反抗しようにも反抗するだけの度胸がなく、一方的な暴力の的にされてきた。

その結果、植物状態に陥ることになり、入院する羽目になったのだ。

 異世界から帰還した吹雪は、過去の自分とは決別している。

敵対する者は妖であろうが、人間であろうが容赦はしない。

 明確な敵意を向けた以上、その報いは受けて貰う必要がある。


 「俺たちが悪かった。ゆ……許してくれ……」

 「お前たちは俺が暴力をやめてと言った時に、やめたことがあったか?」

 「……」

 「弱者はこの学院に必要がない。だっけか?よく俺に言っていたよな?」

 「……」


 万次郎と仁に抗う意思はないように見えるが、吹雪は許すつもりはなかった。

ここで見逃せば、またいずれ敵対する日が来る可能性がある。

 少しでも可能性がある以上、ここで排除する必要がある。


 異世界では味方であるはずの人間に裏切られることもあったため、吹雪は人間を敵か味方でしか判断をしない。敵対する可能性がある者を生かしておく理由もない。

 鋭い視線で二人を射抜き、ゆっくりと距離を詰める。


 「来世では真面目に生きることだな」

 「まっ……待ってくれ……」


 これ以上の会話は意味をなさない。

吹雪は鉄扇を横薙ぎに振るい、彼らの首を撥ねようとした。

 だが、金属と金属がぶつかり合う音が響き、鉄扇は彼らの首を斬り裂く寸前で止まった。威風堂々とした女の子が吹雪たちの間に割り込んできたのだ。

 そして吹雪の鉄扇を刀で受け止めていた。

華奢で小柄な体であるにも拘らず、吹雪の攻撃をいとも簡単に防いだ。

 

 「ほう……」


 思わず感嘆の声が漏れる。

本気ではなかったが、魔物であれば簡単に屠れる一撃を放った。

 それを容易く受け止めるどころか、あわよくば反撃に転じようとしていた。

彼女の顔に見覚えはなく、初対面であることは明らか。

 だが、彼女の表情からは明確な敵意を感じ取ることができた。


 「なぜ、殺したのです?」

 「売られた喧嘩を買っただけだ。部外者は引っ込んでろ」

 「風紀委員として見過ごせません。大人しくお縄につきなさい」

 「邪魔をするならお前も殺す」

 「……」


 すると彼女は躊躇いもなく、吹雪との間合いを詰めてきた。

素早く懐に潜り込み、刀を横薙ぎに一閃させる。

 やはりこの学院で学ぶことは何もないようだ。

彼女の身の熟し方を観察し、改めて学院を辞めて正解だったと思う。

 踏み込みが甘いだけではなく、隙だらけだった。


 これでは攻撃をして下さいと言っているようなもの。

吹雪は溜息を吐きながら鉄扇を閉じると、刀を受け止めた。

 鉄扇と刀がぶつかり合い、激しい火花が散った。

呪力を全身に纏い、身体能力を底上げしているのか、凄まじい怪力だった。

 衝撃が鉄扇を通して右手に伝わってくる。

 

 「これが学院の教育の限界か……」


 正直なところ、落胆が大きかった。

生徒会の中でも風紀委員は特別な役職であると、吹雪は聞いたことがあった。

 なぜなら学院の風紀を取り締まる存在であり、相応の実力が求められるからだ。

成績だけではなく、戦闘に特化した能力を持つ特別な者しか風紀委員になれない。         

 学院に選ばられた存在である彼女が、この程度の力量なのだ。

 

 「残念だ……」

 「さっきから何をぶつぶつと呟いている?不快です」

 「君が学院を代表する生徒の一人と知り、落胆しているのだよ」

 「私が弱いと言いたい訳ね?なら、その曲がった根性を叩きのめしてあげるわ」


 見た目に反して気が短いのか、彼女は真っ直ぐに突っ込んできた。

態勢を低く維持しながら素早い身の熟しで懐に潜り込むと、居合抜きを行った。

 ワンパターンな攻撃に辟易しながらも、刀を鉄扇で受け止める。

鉄と鉄がぶつかり合い、鈍い衝撃音が響いた。

 恐らく彼女の渾身の一撃だったのであろう。

攻撃を止められたことに、彼女は驚きの表情を浮かべる。


 これで諦めてくれれば良いと思ったが、見通しは甘かった。

彼女は素早く後退して、吹雪から距離を取った。

 まだ戦うのだと強い意思を感じ取り、吹雪も覚悟を決める。

彼女には何も恨みはないが、敵対する以上は殺しておく必要がある。

  

 「やれやれ……仕方がない。ここで殺されても文句を言うなよ?」

 「それだけの力がありながら、なぜ弱い者いじめを行うのです?」

 「それは逆だ。弱い者いじめをされていたのは俺の方だ」

 「何を訳の分からないことを……貴方が人を殺したところを私はこの目ではっきりと見ていた。言い訳なら後でして下さい」

 「だから言っているだろう?いじめを行っているのは俺ではないと……」

 「問答無用!」


 彼女はそう言うと、再び間合いを詰めてきた。

話しを最後まで聞かない彼女に辟易し、盛大に溜息を零した。

 一方的な決め付けで吹雪を悪者にし、襲い掛かってきたのだ。

殺されても文句は言えないはずだ。陰陽師の世界にも弱肉強食の掟がある。

 正義が勝つのではなく、勝った者が正義なのだ。


 吹雪は両手に持った鉄扇を開くと、鮮やかに鉄扇を振るう。

すると辺りに目視できるほどの冷気が発生し、周囲の温度が一気に下がった。

 季節は真夏であるにも拘らず、真冬かと錯覚するような気温の変化。

彼女は警戒して吹雪から距離を取ろうとするが、判断が遅すぎた。

 地面から氷柱が顕現し、彼女に襲い掛かる。


 「くっ……」


 幾重にも重なり合うように顕現する氷柱。

術の規模が大きく、グラウンドが一瞬で氷漬けになっていた。

 もはや、彼女に逃げ場はない。

吹雪が行使したのは、異世界で必死になって学んだ魔術である。

 呪術と似ているように思えるかもしれないが、本質は全く異なる。

神などの神秘的な力に働きかけ、願望を叶えようとする行為を呪術という。

 一方、魔術とは自らの意思に応じて変化を起こす技芸である。

呪術と魔術は似ているようで全く異なる性質を持っているのだ。

 

 異世界で十一年という歳月を得て、ようやく使い熟すまでに至った。

本来、職業が踊り子の吹雪には魔術は扱えないと言われていた。

 だが、魔王を倒すために必死になって習得したのが氷魔術であった。

吹雪が扱うことができる魔術は、生き物を殺すことに特化した魔術である。

 回復や補助的な魔術は一切扱うことができない。

 

 

 

 


 



 

 

 

 

 


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