第4話 初夏

 夕刻、裏山へ続く畦道を散歩していると、子どもがふたり、用水路をじっと覗きこんでいる。


 なにがいるの。


 ザリガニ。


 つれるの?


 ううん、つらない。


 そうか、まだ小さいものな。


 梅雨があけるとね、大きいのが見つかるよ。


 ううん、でもつらない。


 観察してるの?


 違う。


 考えてるの。


 なにを?



 死を。



 大きいほうの子ども(小学校中学年くらい)が言った。

 小さいほうの子ども(小学校低学年くらい)も真剣な様子で緩やかに流れる用水路を覗き込んでいる。



 僕は驚いて、一緒に用水路を覗き込んだ。


 小指くらいの大きさの半透明な(恐らく)ザリガニが横たわっていた。

 それは、腐乱死体だった。

 泥にまみれ、草や小枝などの漂流物がへばりつき、グロテスクな塊をなしていた。



 にいちゃん、水に浸けても生き返らなかったね。


 うん。


 ザリガニさん、死んだらイヤだね。


 うん。


 なんだか汚ないね。


 ううん。汚くはない。


 どうして。


 だって、ザリガニさん、みんな一緒になってるよ。みぃんなと一緒に。もっともっと小さく溶けて綺麗な緑色になるよ。



 僕はこの言葉にはっとした。


 真理である。

 命がなくなること。それは逆説的に捉えると、他の物質と同化することでもある。


 物質を細かく分けて分けて、最後まで分けると行き着く先は決まっていて、草も水もザリガニも、人間だってすべて仲間なんだよ、同化することができるんだよ。

 と、兄弟に教えたかったが、やめた。



 夕焼けが兄弟の濃い影を縁取り、山間の緑を深紅に染めた。対照的に東の空からは、白々しく輝く初夏の星空が、ひょっこり顔を覗かせている。


「君たちはどこからきたの」


「三丁目のほう」


「じゃあ途中まで送ろう。もうお母さんが夕食の支度をして待っているよ」


「うん」


「夕焼けってすごく綺麗だね」


 お兄ちゃんが呟いた。


「夏は日が長いからね。そのぶん夜が短いから、夕焼けがきたら一日は終わり」


 僕は答えた。


「夕焼けは空が燃えているみたい」


 弟がからからと笑いながら明るい声をだした。


「本当に燃えているようだね」


「真っ赤に明るくて勇気が出る感じがする」


 といった弟の表現がなんとも言えず可愛らしくて、僕は少しだけ、幸せな気持ちになった。



 移ろいゆく自然を眺めて、美しい、と思える日本人は素晴らしい。

 大人になると、夕焼けを眺めて、少し切ない気持ちになることがあるのだけどね。


 交差点の別れ際に兄弟に言おうかと思ったが、やっぱりやめた。

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