閑話 とある令嬢の見たイルミーレ(下) ファフナー伯爵令嬢視点
更にその後、何回か開催されたお茶会では更なるイルミーレ様無双が繰り広げられたようです。何しろイルミーレ様は観察眼が鋭く、お話が面白く、気遣いも出来、聞き上手で、それでいて上品で威厳もおありです。しかもアルステイン様の婚約者というステイタスまで持っていらっしゃるのです。こんな反則な方をお茶会に呼んだら、出席者はみんなイルミーレ様に魅了されてしまうでしょう。実際そうなりました。
昨日まで私達とイルミーレ様の悪口を言っていた侯爵令嬢が、イルミーレ様出席のお茶会に嫌々出た途端、私達に近寄らなくなり、逆にイルミーレ様出席のお茶会にいそいそと通い詰めるようになりました。そんな例は一つや二つではありません。
アングレーム伯爵令嬢やフリセリア侯爵令嬢など反イルミーレ様派の急先鋒の方々は怒りと焦りを深めていますがどうにもなりません。私は正直、とっくにイルミーレ様派に鞍替えしたかったのですが、私のお父様は宰相様との関係が深く、どうやら宰相様はアルステイン様とイルミーレ様の婚約に反対らしいのです。家の雰囲気的にイルミーレ様に近寄るのは無理だったのです。
そうしている内にアルステイン様がワクラ王国を滅ぼして凱旋なさいました。アルステイン様がご帰還なさる直前にはまた体調を崩されたらしくお茶会に出なくなっていたイルミーレ様ですが、アルステイン様がご帰還なさって半月程後、お二人揃ってエリトン侯爵主催の夜会に出席なさる事になったのです。私はお父様お母様と一緒にこれに出席する事になりました。
当日、アルステイン様のエスコートを受けて会場に入ってらしたイルミーレ様は、それはもう素敵でした。アルステイン様は黒に金糸の刺繍の軍服。それに合わせたのでしょう。ダークブルーに金糸の刺繍がびっしり入ったドレスです。並大抵の女性ではドレスに負けてしまうような力のあるデザインを当たり前のように着こなしています。結い上げた緋色の髪に二つ飾られた木の枝のように造形されたプラチナの髪飾りが何だか竜の角のように見えます。
イルミーレ様の表情は前回園遊会でお見掛けしたよりずっと明るい物でした。アルステイン様と一緒にいるのが嬉しくて仕方がないという雰囲気が全開です。アルステイン様も明らかにデレデレで。見ているだけで頬が染まる様な幸せカップルです。は~羨ましい。と素直に思えます。私もスティーズ伯爵とあんな風に・・・。まずお話するところから始めなければなりませんが。そう言えば今日はスティーズ伯爵も来ています。彼はアルステイン様の部下の将軍ですからね。我が家が宰相派でなければもう少し近付き易いのですが・・・。
お二人に次々と貴族たちが挨拶に向かいます。私達も行かないで良いのですか?とお父様を見ると、お父様は意地悪そうに笑っています。こそっと私とお母様に言いました。
「宰相閣下があの男爵令嬢を追い出してくれるそうだ」
見ると、宰相様がお二人に近付きます。イルミーレ様がご挨拶をなさいましたが、宰相様は無視して声高にアルステイン様に向かって言いました。
「困りますな公爵閣下。このような上位貴族の集まりに男爵令嬢などを連れて来ては!」
アルステイン様の顔色が変わります。宰相様はイルミーレ様をアルステイン様の婚約者として認めないスタンスのようです。その理由が。
「公爵が男爵令嬢と婚約など誰が認めるものですか。誰よりも皇帝陛下がお認めになりますまい。それとも、お認めになったのですかな?」
皇帝陛下がアルステイン様とイルミーレ様の婚約に未だ勅許を出していない事を理由にしています。この帝国でアルステイン様の上に立つお方は唯一皇帝陛下のみ。如何にアルステイン様でも皇帝陛下の権威には逆らえません。陛下が認めなければ如何にアルステイン様が望んでもダメなのです。
「さぁ、これで分かっただろう。男爵令嬢?君はこの夜会に相応しく無い。早く出て行くように!」
宰相様がイルミーレ様に向けて命じます。勝負ありです。皇帝陛下と宰相様の意見が合わさったなら、この帝国に逆らえる者などいないのですから。
「流石は宰相閣下だ」
お父様は笑い、アングレーム伯爵令嬢などは勝ち誇った顔をしていらっしゃいます。私はイルミーレ様が心配になり、そっとお顔を盗み見ました。流石にショックを受けておられるのではないでしょうか。・・・眉一つ動かしていませんよ。ゆったりと、面白そうに微笑しているだけです。どういう神経の太さなのでしょうか。それともここから逆転する方法があるのでしょうか?
イルミーレ様はゆるりと前に出て、微笑みながら宰相様に言います。
「宰相閣下に伺いたいのですが・・・。皇帝陛下と大女神ジュバールとではどちらがお偉いのでしょうね?」
私を含め、その言葉を聞いてイルミーレ様の意図が分かった方は皆無でした。皇帝陛下と大女神では大女神の方がお偉いです。それは当たり前です。皇帝陛下は大女神から大地と民を託された存在なのですから。
しかし続けてイルミーレ様が言った言葉に全員が衝撃を受けたのです。
「私とアルステイン様の婚約は大女神ジュバールの名の下に成立致しましたが、それでも皇帝陛下の勅許がいるものなのでしょうか」
あ・・・。確かにその通りです。婚約の儀式は大女神ジュバールへの誓約です。婚約、婚姻は大女神ジュバールに誓い、女神の祝福を受ける事で成立します。建て前としてはそれ以上の事は必要無いとされているのです。だからお互いが合意して女神の祝福を受けた後に親から逃げる駆け落ち婚を、神殿が親の同意が無いからと認めない事は絶対にありません。同じ理屈でアルステイン様より上位の存在だからと言って皇帝陛下が大女神の祝福を受けた婚約を否定する事は出来ない筈です。
「・・・皇帝陛下は大女神の代理人。その皇帝陛下がお認めにならないのだから、其方らの婚約は大女神もお認めになっておられないのだ!」
「あら、私とアルステイン様の誓いの指輪はこうして無事に私の指にありますわ。大女神のお認めにならない婚姻の場合、天より雷が降り注いで指輪を砕くとか。指輪の無事は大女神が婚姻をお認め下さった証拠ではありませんか」
宰相様が怒りで顔を赤くしながら沈黙しました。完全に逆転です。最初に権威を利用して婚約を否定しようとしたのですから、更なる権威を持ち出された以上、更にその上の権威を持ち出すしかないのですが、大女神以上の権威などこの世にありません。
「皇帝陛下は大女神のご意向を尊重して下さいますわ。ところで宰相閣下は神をお信じにならないのですか?」
「勿論、崇め奉っておる」
「ならば大女神の下に成立した婚約を敬い祝福して頂けますわよね。お礼に宰相閣下のご繁栄を願いまして、神に祈りを」
「・・・感謝を」
大女神の権威を否定出来なかった宰相様は結局、自分もイルミーレ様達の婚約を認めざるを得ませんでした。宰相様の意向に従ってイルミーレ様達の婚約を認め無いというスタンスを取っていた宰相派の人達は梯子を外された形になり呆然としています。
私はもう呆れ果てました。帝国一の論客で知られる宰相様を子ども扱いにしましたよ。あの方は。私にはもうイルミーレ様の人物の底が全く見えません。優雅に笑いながらアルステイン様と立ち去るイルミーレ様を見ながら、私は震えが止まりませんでした。
しかし、そのイルミーレ様の恐ろしさがまだ分からない方もいます。アングレーム伯爵令嬢はお二人にご挨拶には行ったものの、アルステイン様にはしきりに話し掛けるのに、あからさまにイルミーレ様を無視しました。何という無謀な事をするのでしょうか。私が慄いていますと、イルミーレ様はアングレーム伯爵令嬢のネックレスを一瞥してこう言いました。
「そのネックレス・・・。素敵ですが、ダイヤモンドが幾つか偽物ですね」
は?アングレーム伯爵令嬢が間抜けな顔をしてしまっています。そのダイヤモンドを何個も使い大きなサファイヤをメインに飾ったネックレスは、アングレーム伯爵令嬢が先日物凄い値段で購入したと言っていた自慢のお品だった筈です。私も何度か見ました。
「ガラス玉が幾つか混じっております。出入りの宝石商以外に鑑定させた方がよろしくてよ?ではご機嫌よう」
イルミーレ様は一方的に言うとアルステイン様とさっさと立ち去りました。アングレーム伯爵令嬢は呆然です。周囲の注目が集まっているのに気が付くと辛うじて笑顔を作ろうとなさいました。
「な、何を言って・・・、そんな事があるわけありませんわ。ねぇ、皆様・・・」
アングレーム伯爵令嬢が言うと、周囲の人達がネックレスを良く見ようと更に注目します。私も思わず見てしまいます。私も気が付きませんでしたから、本当にガラス玉が混じっているならどんな風に誤魔化されているのか後学の為に見ておきたいという好奇心です。別に悪気があった訳では無いのですが・・・。
「ひっ!」
アングレーム伯爵令嬢はネックレスを両手で隠すと半泣きになり、はしたなくも足音を立てて駆け出すと会場を出て行かれました。それも仕方の無い事でしょう。あのような晒し者にされるような注目のされ方に耐えられる貴族令嬢はいません。
イルミーレ様はアングレーム伯爵令嬢に誹謗中傷や罵声を浴びせる事無く、彼女を追い出してしまわれました。しかもアングレーム伯爵令嬢には今後、ネックレスの目利きが出来なかった事、無様に会場を逃げ出した事の二つの失態の汚名が付いて回る事になります。社交界での評価はがた落ちです。結婚相手のランクにすら影響が出かねません。それをイルミーレ様は忠告にしか聞こえ無いたった一言で生み出してみせたのです。
はっきり言って、自分を飾る宝飾品が全て何一つ偽りの無い本物であると断言出来る貴族婦人はいません。私達は出入りの宝石商からお勧めされたものから選んで買うだけですから。まさか宝石商が分かっていて偽物を売りつけるとは考えたくありませんが、そうされても巧妙に誤魔化されていた場合、例えば複数のダイヤモンドの中にガラス玉を混ぜられるなどされた場合は多分私には分かりません。
それを一瞥だけで判別出来るとすれば、イルミーレ様はもしかすると出席者全員の宝飾品に混じっている偽物をこの時点で既に把握している可能性があります。それを任意の時に指摘出来るのだとすれば。いつでも私達に重大な失態を演じさせる事が出来るということではありませんか!
この時点でイルミーレ様に隔意を示していた最後の勢力も遂に陥落しました。イルミーレ様がお美しくて賢くてお優しいだけの方ではなく、とんでもない牙をも隠し持った恐ろしい方であるとようやく理解したからです。皆様、先を争うようにイルミーレ様達に挨拶へ向かい、深く頭を下げています。私とお父様お母様も慌ててイルミーレ様に挨拶に向かいました。イルミーレ様は何事も無かったかのようにそれを受けられます。
しかし、反イルミーレ様派最後の大物であるフリセリア侯爵令嬢は挨拶に向かいはしたものの、恐らく身分低いイルミーレ様に頭を下げる事に耐えられ無かったのでしょう。イルミーレ様に指を突き付けて叫びました。
「たかが男爵令嬢が何様のつもりなの?身分をわきまえなさい!」
すると、イルミーレ様は溜め息を吐き、フッと、微笑を消しました。視線が厳しく冷たくなります。私は周囲の温度が一気に下がったかのような錯覚を覚えました。思わず腕に浮かんだ鳥肌をさすってしまいます。
そしてイルミーレ様は冷たい表情のまま、令嬢ではなく何故か侯爵様の方に、やはり底冷えのするような声で言いました。
「まったく。バカな娘を持つと苦労致しますね?侯爵」
直球の罵倒です。イルミーレ様が他人を悪く言う所を初めて見ました。しかも相手は侯爵様です。公爵様の婚約者であっても軽くは扱えない相手ではありませんか。侯爵様は怒るより驚いて目を丸くしています。
しかしイルミーレ様の次の言葉で顔色を変えました。
「私は今日、男爵令嬢ではなく、イリシオ公爵の婚約者としてここにいるのですよ?しかもアルステイン様が隣にいらっしゃる。その状態で私を面と向かって侮辱するのはアルステイン様を侮辱するのと同じ。令嬢がアルステイン様を侮辱するのは侯爵がアルステイン様を侮辱するのと同じ。侯爵がアルステイン様を侮辱なさったという事でよろしいのですか?」
確かにその通りです。アルステイン様がいない場面でならイルミーレ様を侮辱するのはギリギリ身分差を盾に許されるかも知れませんが、アルステイン様が真横に立っているこの場面では侯爵令嬢の言葉は婚約者であるアルステイン様その人への侮辱になってしまいます。しかも令嬢は侯爵様と同伴しているのです。これでは侯爵一家がアルステイン様を侮辱した事になり以後、敵対するという意思表示をしたと捉えられかねません。
侯爵令嬢はそんな気は無かったと弁明していますが、そんな言い訳は通りません。アルステイン様の珍しい怒りを露わにしたお顔がその事を物語っています。イルミーレ様はむしろ優しく言いました。
「アルステイン様を怒らせたままで良いのですか?今なら私が取りなす事も出来ますけど?侯爵?」
侯爵様はハッとなって慌てて跪きました。イルミーレ様があえて侯爵様自身を罵倒した理由を理解したのでしょう。あの場面でもしもアルステイン様本人が侯爵令嬢を叱責してしまうと、侯爵令嬢にとって取り返しが付かない大失態になってしまいます。また、イルミーレ様が侯爵令嬢に反論、もしくは罵倒を浴びせると、侯爵様は立場的に侯爵令嬢を庇わざるを得なくなり、アルステイン様と侯爵様の対立が不可避になってしまうのです。
イルミーレ様はそれを瞬時に判断して、自分が侯爵様を侮辱したと取られかねない行動をしたのです。何という頭の回転でしょうか。
屈辱に声を震わせつつフリセリア侯爵令嬢が跪いて謝罪します。この瞬間、イルミーレ様との上下関係が確定しました。この後侯爵令嬢が何を言おうとこの時の光景が付いて回る事になります。イルミーレ様はわざわざアルステイン様の許可を受けてから謝罪を受け入れています。完璧です。自分はあくまでこの場ではアルステイン様の意志を代行したに過ぎないというアピールです。そうしなければ侯爵様をイルミーレ様が跪かせた事に反感を抱く上位貴族が出るかも知れませんから。
最後の障害を排除したのです。もはやイルミーレ様には敵はいらっしゃいません。いや、端から眼中に無かったかも知れませんけど。もうこの会場の中心は間違い無くイルミーレ様です。しかし、イルミーレ様の恐ろしさはこの程度では無かったのです。
イルミーレ様はアルステイン様と共にホールの中央に躍り出ました。笑顔が輝き、スカートの裾がひらめき、髪飾りがシャンデリアの灯りを受けて煌めきます。何というダンスでしょう。寄り添うアルステイン様とイルミーレ様のお姿は目を離す事が出来ない程お見事です。あの夜会で目にした時よりもずっとずっと素晴らしいのです。恐らくイルミーレ様の表情に一切の影が無いからでしょう。思えばあの時は流石に緊張していらしたに違いありません。
周囲の人々も頬を染めてお二人のダンスに見入っています。お二人のダンスには人周りを高揚させる効果があるのでしょうか。次々と男女がペアになってホールへと出て行きます。私も早く踊りたくなってきました。私は恋人も婚約者もいませんので、こういう場面で最初に踊るのはお父様なのですが、お父様とお母様もイルミーレ様達に当てられてホールに出てしまって中々帰ってきません。
「私と踊っては頂けませんか?」
何人かの令息が私に声を掛けて下さいましたが、夜会の最初に踊る相手はパートナーか意中の相手である事が多いのです。うかつな相手と踊るとその方と噂になってしまいます。どうしたものかと迷っていると、また声が掛かります。
「ファフナー伯爵令嬢、一曲お相手願えませんでしょうか?」
見ると薄い金髪を肩まで伸ばした、紺色の瞳の美男子が私に手を差し伸べていました。
す、スティーズ伯爵ではありませんか!私が13歳の時からあこがれ続けているお方です。何度かお話した事はありますが、踊った事はありません。スティーズ伯爵は確か今25歳です。17歳の私など子供としか思われていないと思っていましたのに、まさかダンスに誘って頂けるなんて!
私は逃さん!とばかりにスティーズ伯爵の手を掴んでしまいました。この方となら噂になるのも本望です。むしろ噂になって欲しいです!
「喜んで!」
ホールに出て踊り始めます。スティーズ伯爵の手は武人らしく硬くごつごつしていますが、握り方は優しく、リードは確かです。麗しいお顔にうっとりです。スティーズ伯爵はふふふっと笑いながらおっしゃいます。
「いきなりお誘いして申し訳ない。どうもあのお二人のダンスを見ていたらどうしても踊りたくなってね」
「私も踊りたかったので嬉しいです。私で良かったのですか?」
「以前、あなたのダンスを見て感心したのを思い出したのですよ。お若いのに大変お上手ですね。どうせならお上手な方と踊りたかったのです」
ダンスの練習を頑張った甲斐がありましたよ!私は内心で快哉を叫びます。私達はそのまま3曲ほど踊り、笑顔でお別れしました。は~・・・。放心です。他の方にもお誘いを受けましたが、この感動を薄れさせたく無くてお断りいたしました。
壁際に下がり、ふと見ると、イルミーレ様が席に着かれ、周囲にご婦人方が集まって楽し気にさざめいているのが見えました。
スティーズ伯爵は軍人です。つまり、アルステイン様の部下です。スティーズ様と仲良くなるには、いえ、結婚するにはアルステイン様を避けては通れません。アルステイン様と懇意になるには、スティーズ伯爵に結婚相手として紹介して頂くには、アルステイン様の婚約者、イルミーレ様と仲良くなるのが女性である私にとってはどう考えても近道です。
私は決意しました。お母様の所に行き、言います。
「お母様、イルミーレ様の所に参りましょう」
上位貴族の誇り高いお母様は露骨に嫌な顔をなさいます。
「ご挨拶は済ませたではありませんか」
「お母様。ファフナー家はこれまでイルミーレ様に隔意ある態度を取ってきたのですよ?ご挨拶程度でイルミーレ様が許して下さるとお思いですか?ご覧下さい。イルミーレ様の周りには今や上位貴族の方が群がっているではありませんか。このままでは私達は社交界で居場所を失いますよ?それでも良いのですか?」
お母様が言葉に詰まります。私の言う事は理解出来ても感情が許さないのでしょう。
「・・・いきなり行っても相手にされませんし不自然ですよ」
「大丈夫です。カキリヤン伯爵令嬢はイルミーレ様の一番古いお友達です。私とも仲が良いのできっと紹介して頂けます」
私はそう言うと渋るお母様の腕を引いてイルミーレ様の方へ向かいます。カキリヤン伯爵令嬢は私がイルミーレ様への紹介を頼むと喜んでイルミーレ様に取り次いでくれました。私はイルミーレ様の前に出ると頭を下げました。
「私もイルミーレ様とお話させて下さいませ」
「喜んで。ファフナー伯爵夫人。令嬢。さぁ、こちらに」
イルミーレ様は何の衒いも無く笑って、私とお母様に近くの席を勧めます。固い表情で席に着いたお母様でしたが、イルミーレ様がお母様のドレスの衣装にフレブラント風の意匠を取り入れられている事を指摘し、褒めると途端に表情が和らぎました。更にイルミーレ様がお父様のお仕事の話題でお父様を持ち上げるとお母様はもうご機嫌になられました。・・・恐るべき話術です。あっという間にあれほど隔意を持っていたお母様が取り込まれてしまいましたよ。
私が内心でイルミーレ様を恐れて震えていると、イルミーレ様はふんわりと微笑んで私に言いました。
「先ほどのダンスはお見事でしたわね」
私は驚きました。
「ご覧になっていたのですか?」
「ええ。あまりにお見事なのでつい目が。お二人とも美男美女ですもの。会場の方々も皆注目していましたよ。素晴らしくお似合いでした」
私は顔が赤くなるのを隠すことが出来ませんでした。今一番褒められて嬉しい所ですそこは!そしてイルミーレ様は更におっしゃいました。
「それとも、スティーズ伯爵とだからこそ、ファフナー伯爵令嬢があれほど美しく映ったのでしょうか?」
ひうっ!私は驚いてイルミーレ様を見つめました。何もかも見通すようなブルーダイヤモンドのように透き通った瞳が私をじっと見ています。私の手足の先が冷たくなってきました。蛇に睨まれた蛙とは正にこの事でしょう。イルミーレ様は上品な微笑を崩すことなくさらりと言いました。
「スティーズ伯爵はアルステイン様の腹心ですもの。ファフナー伯爵令嬢がお望みなら、私も助力を惜しみませんわ。仲良く致しましょうね?ホーレイミ様」
私のファーストネームを覚えていらっしゃったのですかとか、どうして私が考えている事が分かるのですかとか、色々言いたい事聞きたい事は山のようにございましたが口から出てきませんし出せません。私は声が震えないように細心の注意を払いながら頭を下げ、イルミーレ様に忠誠を誓いました。
「こちらこそよろしくお願い致します。イルミーレ様」
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