引っ越した幼馴染に会いに行って告白する話

月之影心

引っ越した幼馴染に会いに行って告白する話

 僕は須崎すざき元弥もとや、17歳、高校2年生。

 今僕は、猛烈に緊張している。

 誰か助けて……。


『今からそんなんでどないすんねん。』


 電話からは親友の三原みはら祐樹ゆうきの笑い呆れた声が聞こえてくる。


「明日やで?ついに明日会うんやで?緊張すんなってのが無理やん?」

『緊張するんは明日会った時にちょこっとだけでええねん。今から緊張してたら気ぃ持たんで。』

「ま、まぁそらそうなんやけど……」

『堂々としとき。んでちゃあんと言うたれ。』

「お、おぅ……分かった……」


 それから二言三言話してから電話を置いたが、緊張は僕の頭の中で大波小波となって押し寄せては引き、引いては押し寄せを繰り返し、そろそろ出ないといけない時間だと言うのに布団の上をゴロゴロしているだけだった。




 僕は明日、幼馴染の北川きたがわ詩乃しのに会う。

 詩乃に会うのは4年半ぶりになる。


 僕と詩乃は、お互いの母親が僕たちを産んだ病院が同じで、母親同士はそこで仲良くなった所謂『ママ友』というやつで、偶然家もそれ程離れていなかった事もあり、物心付いた頃からいつも一緒に居る友達みたいな存在になっていた。

 幼稚園も小学校もずっと一緒だったが、中学2年の頃、詩乃の父親の仕事の都合で詩乃は東京に引っ越して行ってしまった。

 だが詩乃が引っ越した後も、メールや無料通話アプリでやり取りは出来ていたのでそんなに寂しい思いはしなかった。

 この時代に産んでくれたお袋に感謝である。


 ところが、直に会えなくなって日が経つに連れ、僕は詩乃が如何に大切な人だったのか、どれほど詩乃の事が好きだったのかを思い知る事になった。


 どうにも抑えが効かなくなったある日……


『そっち遊びに行こうかな。』


 そう送ったメールに、


『おいでおいで!』


 と返って来て僕の心は決まった。




 『詩乃に会って想いを伝える』




 しかし、僕の想いを詩乃は受けてくれるだろうか……という不安が膨らむ一方だった僕は、会う日が近付くに連れて緊張が納まらなくなっていた時、そんな僕の異変に気付いた親友の祐樹が度々話を聞いてくれたりアドバイスをくれたりして、かろうじて気持ちを抑えられていた。




「元弥、そろそろ出発せなアカンのちゃうんか?」


 突然部屋に入って来た親父の声に驚いた。

 いつの間にかウトウトしてしまっていたようだ。


「あ、ありがと……危うく寝過ごすとこやった。」

「バス停まで送ったるからはよ準備せぇ。」

「うん。」


 親父は僕が東京まで詩乃に会いに行くと言った時、『心配だ』と反対するお袋に、『俺たちの子供の何を心配するんや』と優しい目で言った後、『詩乃ちゃんうちの嫁さんにしてくるんやで』と気の早い事を言っていた。


 バス停まで送って貰い、車から降りる時に親父が僕の手に1万円札を握らせてきた。


「これで詩乃ちゃんと美味いモンでも食うて来い。」

「え?ええんか?」

「男やったら惚れた女にくらいかっこエエとこ見せたれ。」

「うん。ありがとう。」


 僕が車から降りると、親父はそのまま帰って行った。


 バスは高速道路を夜通し走り、明け方に東京に着く便だ。

 その間、十分寝る時間はあると思っていたのだが、予想通りと言うか、詩乃の所へ近付いていると考えただけでまた緊張がぶり返して寝付けなくなってしまっていた。

 ふとスマホを見ると、祐樹からメールが入っていた。


 差出人:祐樹

 本文:健闘を祈る!ええ報告待っとるで!


 僕は無言でくすっとしながらスマホをポケットにしまい、眠れないだろうけどシートを倒して目を閉じた。




 案の定眠れないまま、空が紫色から徐々に白んでいく頃、バスは終着点のターミナルに到着した。

 僕はバスを降りると大きく背伸びをして辺りを見渡した。

 早朝なのにもう人が足早に行き交っていて、忙しない街だなと思った。


 詩乃との待ち合わせは昼前の11時。

 まだ5時間以上あるのだが、何せ初めて足を踏み入れた東京のド真ん中で何処に何があるのかも分からない中で時間を潰すというのもなかなか困難だ。

 取り敢えず地元でも行き慣れたスタ○をスマホで検索すると、このターミナル周辺だけでも5ヶ所以上表示され、これはとんでもない街に来てしまったと焦りを覚えた。

 しかし何処のスタ○もまだ開店前だったのもあり、僕は駅周辺をぶらついて散策してみようと足を踏み出した。


 と同時に、ポケットに入れたスマホがマナーモードで振動した。

 ポケットからスマホを取り出して画面を見ると祐樹からのメールだった。


 差出人:祐樹

 本文:ニイタカヤマノボレ一〇三〇ヒトマルサンマル


 いかにも歴史好きな祐樹らしいメールだ。

 僕は『まだ緊張しとるけど最善を尽くすよ』と返事しておいた。


 ターミナル周辺を散策し、近くにあったスタ○が開店してすぐに店内に飛び込み、普段飲まないホットコーヒーを頼んで席に着いた後、さて約束の時間までどうしようかと考えたが、土地勘の無い街でウロウロして詩乃との約束の時間に間に合わないなんてポカはしたくなかったので、結局ここで時間を潰す事にした。




 約束の時間30分前。

 待ち合わせの場所はスマホで何度も確認した。

 ここから歩いて5分と掛からない。

 次第に心臓の鼓動が早くなり、さほど暑くも無いのに額に汗が浮かび、座っているのに足の力が抜けていく感覚があった。

 だがもうここまで来ているのだ。

 30分後には詩乃と4年半振りに再会するのだ。

 気持ちを奮い立たせるかのように勢いよく立ち上がった僕を、隣の席でパソコンに向かって何か打ち込んでいたサラリーマンが驚いた表情で見ていた。


 店を出て3分程で待ち合わせの場所に着いた。

 待ち合わせの時間まではまだ20分以上あったが、目印となる看板の横で立って待つ事にした。

 待っている間、自分でも顔が引き攣っているのが分かるくらいに緊張がMAXになっていた。


 待ち合わせの10分程前になり、僕の緊張がMAXを更に超えそうになった時だった。


「元弥ぁ!」


 『聞き慣れた声』と感じたのはスピーカーで聞いていた声だったからだろうか。

 『懐かしい声』と感じたのは直接聞こえたのが久し振りだったからだろうか。

 僕の心臓がドクンッと跳ねた音が聞こえてきそうだった。


 僕は声の方へと顔を向けた。


(詩乃……)


 手を振りながら小走りに僕の方へと近付いて来る女の子は、4年半前と比べれば当然成長はしているが、一目見て詩乃だと分かった。

 僕は右手を顔の高さくらいまで上げたが、表情が固まってしまってどんな顔をしているのか分からないまま上げた手を振っていた。


「あははっ!久し振りだね!」

「お、おぅ!ひ、久し振り!」


 僕の顔の高さまで上げた手に、詩乃は軽くハイタッチをしてきた。


「元気だった?……って何か酷い顔してるよ?大丈夫?」


 久し振りに詩乃に会ってMAXを超えた緊張と、一晩バスに揺られながらも一睡も出来なかった疲労がマトモに顔に出てしまっていた。


「あ、あぁあ!全然大丈夫や!ほれっ!」


 僕は両腕を大きく振りながらその場で暴れる素振りを見せた。


「あはっ!元弥は相変わらずだね。」


 昔と変わらず可愛らしい笑顔の詩乃を見て、僕は幾分緊張が解けるのを感じた。

 と同時に、昔のままの接し方だと想いを伝えるタイミングとか雰囲気とかを作る自信が無くなり、解けた緊張の代わりに焦りを感じてしまった。


「ちょっと早いけどお昼食べる?お昼時になるとどこもいっぱいになるし。」


 詩乃が場所を移す提案をしてきたので、僕は今朝はスタ○に居た事を伝えると、美味しいラーメン屋があると言って僕を引っ張って行った。




 詩乃の言う通り美味しいラーメンを昼食に摂り、その後は街中をブラブラと歩きながら詩乃が『ここが有名な○○公園』だとか『ここが初詣でよく出て来る○○神宮』だとか案内をしてくれて楽しく過ごした。


 だが、陽が少しずつ傾いていくに連れ、僕の焦りは緊張と一緒になって止まる事無く膨らんでいた。


 僕と詩乃は大きな公園にあるベンチに座って、芝生で走り回っている子供を眺めていた。


「次どこか行く?」


 どこへ行くかにもよるが、今から移動していたらそれこそ機会を失ってしまうと思った。


「ちょっとここで話そうや。」

「そう?私はいいけど、折角東京に来たんだから行きたいとこあれば案内するよ?」

「ううん。それはまた次でもええねん。」

「次か……そうだね!」


 僕の中で膨らんでいく緊張は、家に居た時や祐樹と話している時の比ではなく、ベンチの隣に座っている詩乃に心臓の音が聞こえるんじゃないかと思うほど高鳴っていた。


「あ、あのな……」

「うん?」


 ダメだ……言葉が出ない。

 僕は目に入った高い所で点滅する赤い光を指差した。


「あ、あれってスカイツリーか?」

「えぇ?ここからは見えないよ。あれは……何だろうね?」


 言いつつ詩乃が僕のすぐ近くに顔を寄せてきて、更に僕の心臓は早鐘の如く打ちだしてしまった。


「な、何やろなぁ……ふぅ……」

「ん?どうしたの?疲れた?」

「あいや……疲れてへんよ……」

「ヘンな元弥。」


 コロコロと笑う詩乃に苦笑いを浮かべる僕は、相当おかしな顔になっていたのかもしれない。

 焦れば焦るほど、緊張が高まれば高まるほど、時計の針は早く動いてしまっているようにも思えた。


「あ、あのな……詩乃……」

「なぁに?」


 可愛らしい笑顔を浮かべて詩乃は僕の方を見た。


「あ、えっと……さっきの赤い光の方見といてくれるか……」

「えぇ?何?」


 詩乃に真っ直ぐ見詰められていてはどうにも言葉が出ないと思った僕は、詩乃の視線を遠くの赤い光へと向けさせた。


「絶対あの赤いんから目ぇ逸らさんといてや。」

「う、うん……何かあるの?」


 僕も詩乃の視線を向けさせた赤い光を見詰める事にした。


「あの……あのな……」

「うん。」




「ぼ、ぼk……やなくて……俺っ!詩乃の事が……好きです!俺と……付き合って欲しい!」


 詩乃は音が聞こえるくらいの勢いで僕の方を向いた。


「え?な、何?え?」


 慌てふためく詩乃が視界の隅に入ってきた。

 僕は赤い光を見詰めたまま詩乃の言葉を待った。


「ちょ、ちょっと……い、いきなり……だね……」


 少しトーンダウンした詩乃の声が耳に入ってくる。


 (ダメか……)


「な、なぁ……元弥……」


 詩乃が僕の方を向いているのは分かるが、声の調子からテンションが下がってしまっているような印象を受けた。


「な、何?」








「今のん……関西弁で言うてくれへん?」








「え?」


 僕はずっと詩乃が標準語で話していた事は分かっていた。

 通話アプリで話していた時も、いつの間にか詩乃は標準語になっていた。

 東京に来て4年以上経つのだから、元居た場所の方言が出なくなっていてもそれは仕方ない事だ。


 でも……


 今のは明らかに関西弁のイントネーションだ。


「か、関西弁……で……?」

「うん。元弥さっき標準語っぽい言い方しよった。」


 多分無意識だったと思う。

 半日ほど詩乃と色んな話をしていて、周りから聞こえてくる声も全部標準語で、微妙にイントネーションが狂っていたのかもしれない。


「そ、そうなん?」

「さっきのんは元弥の言葉やない感じした。」

「そう……か?」


 詩乃は僕の横顔をじっと見ているのだろう。

 ここまで目線を感じるのは初めてだ。


「うん。せやから、ちゃんと元弥の言葉で言うてみて。」


 僕はもう一度詩乃に告白しなければならないのかと、内心更に焦っていたが、『僕の言葉じゃない』と言われては告白も僕がしたのでは無いと感じられても仕方ないと思い、気を取り直して今度は詩乃の顔を見て大きく深呼吸をした。




「詩乃……好っきゃで。」


 詩乃の顔は赤く染まっていた。


「ふふっ……」


 何故か詩乃は吹き出していた。


「なっ!?人が一世一代の告白しとるのに何で笑うねん!?」

「ちゃうちゃう!」

「え?」


 詩乃は照れたような笑顔を僕に見せた。








「うちもやで……」




「え?」




「うちも……元弥が好っきゃ……」








 安堵だろうか、張り詰めていたものが弾けるように、僕は座ったまま全身から力が抜けていくのを感じた。


「は、ははっ……」

「ほれぇ!元弥かて笑ってるやんかぁ!」

「あ、ごめんごめん!ちゃうねんこれは!」

「あははっ!何がちゃうねん!」


 詩乃は僕の腕をバシバシと叩きながら、それでも何故かそこから僕と詩乃は笑いが止まらなかった。

 照れ笑いもあるのだろうけど、安心と言うか何と言うか、ただ『良かった』という思いだけが頭の中を占めていた。


「はぁ……おっかしいなぁ。」

「ホンマや。やっぱ元弥やないとここまで楽しいないわ。」

「お?嬉しい事言うてくれるやないか。お礼に手ぇ繋いだるわ。」

「何やそれ!お礼言うんやったらこれくらいしてぇや!」


 そう言って詩乃は横から僕の体に腕を回して抱き付いてきた。


「お、おぃっ!こない人いっぱい居てるとこで何すんねんな!」

「ええやん。こっちの人はこれくらい見ても何とも思わへんよ。」


 暫くジタバタしていた僕だが、抱き締めて来た詩乃の温もりを実感して少し落ち着いてきてから、詩乃の肩に腕を回して抱き締め返した。


「なぁ元弥……」

「何や?」


 僕の体に抱き付いたままの詩乃がぽつりと話しだした。


「元弥は大学行くん?」

「え?あ~うん、そのつもりやけど?」

「うちな……元弥の家の近くの大学志望しよう思てんねん。」

「へ?」


 僕の胸に押し付けた詩乃の頭がぐりぐりと動く。


「そしたらまた元弥の傍に居られるやん?」

「詩乃……」


 僕は詩乃を抱き締めた腕に力が入った。

 と同時に詩乃が顔をがばっと上げて、昔見た事のある……そう、『悪戯が上手くいった時』のような顔になっていた。


「て言うたら嬉しいやろ!?」

「は?」

「あははっ!今の元弥の顔が一番好っきゃねん!」

「はぁっ!?お、オマエ……」


 しかし詩乃はまたすぐに僕に抱き付いて胸に顔を埋めてきた。


「大学やなくて◇◇専門学校に行きたいねん……」


 詩乃は僕の実家の近くにある全国的にも有名な調理師の専門学校の名前を出した。


「詩乃、調理師になりたいんか?」

「まぁそれも半分や。」

「半分?あとの半分は?」

「修行や。」

「しゅ、修行?何のや?」

「アホ……」


 気が付けば公園全体は影に覆われていて、LEDの照明が点き始めようとしていた。

 僕は詩乃を抱き寄せたまま、ちらっと腕時計を見た。


「あ~もうこんな時間かいな……」


 ゆっくりと詩乃が僕から離れて僕の腕を掴み、同じように腕時計を見てきた。


「ホンマや……何時のバス?」

「えっと……9時ちょっと過ぎやったと思う。」

「そっかぁ……」


 詩乃は少し力を入れて僕の体に抱き付いてから、腕をぱっと離して体を起こして座り直した。


「晩御飯食べてからバス乗るん?」

「あ……そうや。親父がな、詩乃と美味いモンでも食うて来いって金くれてん。」

「へぇ!やったやん!」

「何か食いに行くか?」


 しかし詩乃は目線を下げ、僕の手を握ってきた。


「し、詩乃?」

「あんな……そや!ば、バス乗る前に何か食べて酔ぉてもアカンし、コンビニでおにぎりでも買って食べるだけとかどない?」

「はぁ?親父に折角金もろたのにコンビニのおにぎりなん?」

「うん……」


 詩乃は少し俯いて寂しそうに言った。


「ヘンな事言うかもしれんけど……ほら……うちらまだ高校生やん?お金稼いでるわけでもないから、次会う時の交通費の事考えたらな……」

「あ~それはそやけど……何とかなるやろ。」


 詩乃がふるふると首を横に振る。


「今、おっちゃんにもろたお金で美味しいモン食べるんもええけど……」

「うん。」

「うちは……次、元弥に会えるまでの時間が短い方が……嬉しいねん……」


 僕は今ほど詩乃を愛おしく思った瞬間は無かった。

 詩乃が握っていた手を一旦外して詩乃の手を逆に握り返した。


「分かった。詩乃がそう言うんやったらそうしよ!この金は次詩乃に会う為の交通費として貯金しとくわ!」

「うん!ほなその代わりにうちがおにぎりご馳走したるわ!」

「そらまた大層なご馳走やないか!」


 また二人で笑った。

 少しずつ近付いて来る帰りのバスの時間を寂しく感じながら、声を上げて笑っていた。




「そしたらまた連絡するわ。」


 遅くなるから見送りは断ったのだが、詩乃は頑として見送ると言って聞かなかったので、仕方なく見送りをしてもらうことにして僕と詩乃はバス停でバスを待っていた。」


「うん……うちも連絡する……毎日百通くらい。」

「多いわ!」

「あははっ!あ、そうや……なぁ元弥……」


 そう言って詩乃は体を寄せてきた。

 僕は最初の緊張は何処へやら、寄って来た詩乃の体を空いている腕でぎゅっと抱き寄せていた。

 詩乃は僕にだけ聞こえるような声で囁いた。


「もっかい言うて……さっきの……」

「ん?さっきのって?」

「うちの事……どない思ってるん?」

「うぇっ!?こ、ここで?」


 周りには僕以外にも同じ方向へ行く搭乗客が大勢居て、それぞれに自分の事をしてはいるが、さすがにこんな所では……とたじろいだ。


「言うてぇや。暫くチョクで聞かれへんのやからぁ。」

「ちょっ……それ言うたら俺もやんけ……」


 詩乃が僕の耳元に顔を寄せてくる。


「元弥……好っきゃで……」


 漫画なら僕の頭の上から『ボンッ』と擬音を発して煙が上がりそうだった。


「なっ!?よ、よぉまぁそないあっさり言えるなぁ……」

「ほれ次、元弥の番やで。」

「何や軽いな……」


 詩乃は僕の方に白い耳を寄せて僕の言葉を待っていた。

 僕は詩乃の耳元に顔を寄せた。


「詩乃……すk……」

「こちょばいっ!」

「ゃ……っておいぃっ!」

「あははははっ!しゃあないやん!こちょばかったんや!」


 傍から見ればとんだバカップルに映っていたのかもしれないが、そんな事おかまいなしに、僕は最高に幸せだった。




 定刻少し前にバスが入ってきた。


「気ぃ付けてな。」

「気ぃ付けるんはバスの運ちゃんや。」

「分かっとるわ!」

「あはは!詩乃も体壊さんように。」

「うん……今日はありがとう!またなっ!」

「おぅ!」


 バスが動き出すまで、詩乃は窓の外でバスの中に座った僕の方をいつもの笑顔で見上げていた。

 僕は口パクで『あ・り・が・と・う』と言えば、詩乃も唇を動かして何かを言っていた。


 そしてバスが発車した。

 僕は詩乃が住む街から離れて実家のある街までバスに揺られる事になった。


 暫くバスに揺られた後、ポケットからスマホを取り出してメールアプリを開く。


 宛先:祐樹

 本文:トラトラトラ


 送信してすぐに返信が届く。


 差出人:祐樹

 本文:やったな!爆発してまえっ!


 僕は口を押えて笑いを堪えると、ポケットにスマホを仕舞ってシートを倒して体を預けると、そのまま到着まで深い眠りに就いた。

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