最終話 前編『DCSF』の活躍
1
「ええ、まさにその『DCSF』で、Drugs-releted Crime Special Forces の
訳語らしいですよ」城之内は、綾乃に説明をした。
神奈川県警『国際薬物取締課』城之内警部補からの捜査協力依頼が出されると、
『DCSF』所属の阿部隊長を中心に、データの収集作業が行われた。
「阿部ですが、城之内さん!。被疑者の詳しいデータの提供をお願いします」
阿部は、活舌は悪そうだが、男らしい野太い声が返って信頼感に繋がっていく。
「被疑者は・・、滝本崇継60代半ば、船舶名は、『エンジェル』、ヤマハ製造の
『SR320FB』、全長30フィート、全幅10フィートの中型クルーザーです」
「城之内さん、出港地は、何処ですか?」
「『横浜ベイサイドマリーナ』で間違いないと、思われますが・・・」
「了解です! 現在推定出来る位置情報は?」
「・・・浦賀水道を帰ってくるはずですが・・・、今は、城ケ島先50kから100kmの海上かと・・・」
「分かりました。後は、我々に任せて下さい。逐次情報を城之内警部補に入れますので、地上部隊は、それに動きを合わせて下さい」
「隊長、ありがとうございます」
阿部隊長を含め、5人の隊員を乗せた『ほうおう』は、大桟橋埠頭対岸にある『横浜防災基地』を離れると、三浦半島先を目指した。
時間は、すでに真夜中と言える午後11時である。すでに船影は少なく、波も穏やかであったことから、狭い浦賀水道を通常の速度より上げて約30ノットで進んだ。
「私は、『横浜海上保安部』の阿部ですが・・、そちらの係留施設責任者をお願いします」
阿部は、『ベイサイドマリーナ』の責任者を呼び出した。
「『エンジェル』号の出航届登録がなされていると思いますが、そちらの『マリンコンパス』で、現在位置を把握出来ていますでしょうか? 」
「少し、待ってください・・・。あれ、おかしいな・・。確認出来ません。もしかしたら、GPS装置の電源を落としている可能性が・・・」
「分かりました。では、目標地は何処に?」
「八丈島海域
の周辺になってますが・・・」
「ありがとうございます。万一帰港した場合は、我々に一報をお願いします」
2
そのころ、綾乃は、『県警』に後処理を任すと、『黒田組』本部を離れ加賀町署に戻った。古畑巡査部長を含め5名の班員たちが落ち着かない様子で綾乃の帰りを待っていた。
「みんなごめんなさい! なかなか連絡ができなくて……」
「もう、皆がどれだけ心配したことか・・・、いい加減にしてくださいよ。それにしても、酷い恰好ですねー。大丈夫なんですか?・・・」
古畑のこれ程の抗議は、最近では珍しい。綾乃に対する愛情の裏返しなのだ。
「ええ、もう出血も止まったみたいだし、大丈夫よ…」
綾乃は、知り得た情報のすべてを班員に開示した。
「古畑巡査部長は水上署に、『DCSF』が県警の依頼で滝本の瀬取りの現場を押さえに行っていることを伝えておいて…」
「了解です!」
「私は、ある可能性から、三浦半島の西側にこれから向かうから……」
「こ、これからですか?。クスリのことだったら、『県警』と『マトリ』に・・」
「確かにそうね…。でも、川端捜査官の真相がまだだから………」
綾乃は、更衣室で新品の白いシャツに着替え、みすぼらしく破れていたストッキングを脱ぎ捨てた。ローヒールの代わりに白い革製の『Reebok』に履き替える。
保管庫に行きS&Wsakuraを返却すると、S&WM686プラスを新しく借りだした。
この銃は銃身が長くなったことで、遠距離での命中率が格段に上がるのだ。装填も七発が可能となることで、機会損失度も下がる。ホルスターは、脇の下に収めるショルダー型に変更する。
綾乃の最初に目指す先は、『逗子マリーナ』であった。坂東橋から、首都高狩場線に乗ると、横浜横須賀道路に入った。以前にも走った道で、迷う事はない。 朝比奈ICで降りると、一般道を繋ぎマリーナには、30分程で着いたことになる。
来客用駐車場に『MAZDA6』を停めると、歩いて向かった。マリーナには、当たり前のように人影がない。静寂の中を、時折吹く風がマストを叩くと、鐘のような音が響いている。一見平和そうに見える時間帯の中で、闇が動いているなど、普通の人間にとっては、想像すら出来ないことだろうと、綾乃はなぜか思った。
見覚えのある桟橋に立ったが、『リビエラ39』は、やはり係留されていなかった。
3
『ほうおう』が三浦半島から50kmほど南に進んだ海上に来た時である。レーダー画面には、停泊しているような不審な動きの船影が映し出されていた。
「隊長! 300m先に、全く動いていない船舶がいますね。夜釣にしては、航海灯も点けていませんし・・・」
「海上ホバリング開始だ! しばらくこのまま様子を見ることにしよう・・・」
「了解です!」副隊長が答えた。
「・・? 隊長! 何かを海に投下しているような行動にも見えるのですが・・・」
「分かった。手遅れにならないうちに、直ちに職質だ!」
『ほうおう』が再び低速で動き出すと、目的の船に音もなく忍び寄って行った・・。
サーチライトを当てると、船壁に『エンジェル』の銘板が浮かび上がる。
「隊長! 間違いなく捜索中の被疑者の船だと思われます」副隊長が報告をする。
「よし、捜索の開始だ!」
阿部隊長を含め、三人の隊員が注意深く『エンジェル』に乗り込んだ。
「これから捜索を始めますので、灯りを付けて下さい。船長は名乗り出るように」
しばらくして・・・、キャビンから日に焼けた白髪の男が不安げな表情で出て来た。
「何の捜索ですか・・・・、」
「私は、横浜海上保安部の阿部です。まず、あなたの名前を教えて下さい・・・」
「滝本崇継ですが・・、釣りを楽しんでいるだけなのに、何の権利があって・・・」
「私たちには、当然の権利があるのです。この国に薬物が入って来るのを未然に防ぐのが、我々の仕事なのですから・・・」
「薬物だって・・・? 私たちを売人扱いにして・・・、何処にそんな証拠があるって言うんです。馬鹿にするのも、いい加減にしてくれ。調べてもらっても結構だが、
なかった場合には、ダダでは済まさないぞ。よく覚えておくんだ!」
「滝本さん、あなたは過去に二回ほど薬物不法所持で逮捕されていますね。起訴はされてはいないが、真っ白ではないという事ですよ。限りなく黒に近い灰色です」
阿部は、隊員に目くばせをすると捜索が始まった。
狭い船内のことである。何百キロを超す覚醒剤を隠す場所などそうある訳ではない。
しかし、一時間ほど隈なく船内を捜したが、見つけ出すことは出来なかった。
「保安庁さん、一体どうしてくれるのですか? 人を犯罪人呼ばわりまでして、
当然大きな問題ですよ、これは・・・。」
「・・・、・・・・」
気は焦るが、もう引き下がるわけにはいかないのだ。失態を認めることは、組織そのものの存在まで揺るがせることになる。
阿部は、城之内に連絡を取った。
「城之内警部補、滝本の船を確保出来たのですが・・・、その・・・、瀬取りをしていたという証拠が見つからないのです」
「確保できたのですね。ありがとうございます。・・・う~ん、またしてもですか・・・。三度目の正直はあると思っていたのですが・・・」
「・・・我々としても、これ以上は・・・、令状もないわけですから・・・」
「・・・! 阿部隊長! 加賀町署の成宮警部補から聞いたのですが・・・、海上での『瀬取り』作業の時に何らかの事情が生じた場合、例えばですね・・・、警察に情報が知れたと分かった時には、その荷に浮具などを付けて海中に投げ落とすことがあると聞いたのですが・・・、もちろんそれらにはGPS が付いているので、ある程度安全だと判断した場所で、別の船が回収に当たるのだと・・・」
「私もそのことは聞いたことがあります。でも、今回の件にそれが当てはまるかどうか?・・・、また、連絡を入れます」
阿部は、滝本が荷を海中に投げ入れたかどうか、その痕跡を調べるために、少し船を動かしてみることにした。
「滝本さん、船を少し移動させて下さい」
「・・・、そんな必要が何処に・・・」
「必要があるから、言っているのです」
「副隊長! フライブリッジに上がって、操舵してくれ!」
「了解です!」
副隊長が、エンジン始動のボタンを押すが、船尾から異音がするだけで、スクリューが回転する動きを見せていない。
「隊長~!、おかしいですよ。船尾を調べてもらえますか?」
「了解だ‼ 荒川隊員、調べてくれ!」
指示を受けた隊員が、船尾に回り念入りに調べ始めた。
「・・・? 隊長!スクリューに縄状のものが絡まっていますよ。たぶんこれが原因かと・・」船尾を調べた隊員が、阿部に報告をした。
「至急潜水装備を着けて、取り除いてくれ~‼」
阿部隊長が、母船に向かって命令を出した。
『ほうおう』に待機していた隊員が、潜水服に着替えると『エンジェル』の後部船底付近で除去作業を開始する。
この時、明らかに滝本の顔が蒼ざめて行った。阿部は、それを見逃さなかった。
引き上げられたのは、何重ものビニール袋に入れられ、厳重に縄で縛られていた荷であったのだ。何らかの理由で縄が緩み、それがスクリューに絡んだものと判断された。
4
「成宮警部補ですか? たった今証拠が上がりました。しかし、残念なことに大半がGPSを付けられ海中に投げ込まれた後だと思われます」
「とりあえず、上がったのね? これで、あなたの第一の目的が達成出来たことになるわね。あとは、滝本の自供を待って、ルートの全面解明だわ」
「ええ、ありがとうございます。警部補は、いま何処ですか?」
『逗子マリーナ』を出て、半島を南下しているわ」
「だとしたら、まだ間に合うかも知れませんよ。たぶん荷を拾い上げた船から、地上部隊が荷を引き継ぐ作業が残されているはずですから・・・」
「と、いう事は、運搬用の車の近づける場所といったら限られてくる…」
「海岸へ続く道と、海岸線が必要になります」城之内は、何とはなしに言った。
「城之内さん、それを調べてくれないかしら…、私は、このまま走り続けるから」
綾乃は、葉山の御用邸前を通り過ぎ、長者ヶ崎の大きな左カーブをやり過ごすと、
国道134号線を海沿いにまっすぐ走った。ハンドルを握る手が少し汗ばんで来る。
陸上自衛隊武山駐屯地を右に見て、林ロータリーを過ぎたころに携帯が鳴った。
「成宮さん、どう考えても此処しかないと・・・。これ以上先に進むと、もう城ケ島が近いですから・・・、」
「分かったわ! 一種の賭けね! 何処なの⁈」
「長浜海岸入り口が見えたら、そこを右折してください。細い道が続きますが、返ってそれが、荷の回収には有利に働く場所かと・・・」
「じゃあ、目的地は長浜海岸で良いのね?」
「そうです! 応援はどうしますか?」
「大丈夫よ。うちの班で何とかするから・・・」
「成宮警部補・・・、Good luckです!」
「ありがとう。恩に着るわ」
綾乃は携帯を切ると、すぐに古畑を呼び出していた。
「古畑巡査部長、至急三浦半島の『長浜海岸』まで来てくれる? ここが、荷揚げのために選ばれた場所の可能性が高いの。署からだと、一時間も掛からないはずよ」
「了解です、警部補‼ やっとお声が掛かりましたね。すぐ全員出ますから、くれぐれも無理しないでくださいね」
「了解よ!」
綾乃は、注意深く車を進めていく。道の両側には、思ったよりも新興住宅地が広がっており、近年になって開発がされた土地のようであった。
住宅が途絶えると、急に道が開け海岸線が見通せた。夏ともなれば、海水浴客でにぎわいそうであるが、この季節にはだだの人気のない寂れた砂浜にしか見えない。
綾乃は、駐車場ではなく、手前の道端に隠すように車を停めた。100m程先の車に、
人影が見える。その更に先には、月明かりに浮かぶ大型のクルーザーが見えている。
「ここで、良かったんだわ…、」綾乃は、思わず呟いていた。
黒いワンボックスカーの後部ドアが跳ね上げられており、米が入っているような形状の袋が積み込まれているようである。
綾乃は、気づかれないように息を殺して近づき、ホルスターから引き抜くと、後頭部に銃口を突き付けた。短髪の中年の男のようだ。
綾乃は、囁くような声で言った。 「…、警察よ! 声を出さないで・・・、積み込まれた荷物の中身が何なのか、分かっているのかしら?」
男の身体が一瞬固まると、震え始めた。まるで、事情を知らされていない素人のようである。
「・・いえ、私は運搬を頼まれただけで、中身が何であるかは・・・」
「……、信じてあげても良いけど、だったら免許証を見せて…、」
男は、素直に従うと、綾乃に免許証を見せた。一般人である可能性が高い。
「あなたは、いま重大な犯罪に加担していることを認識して! 免許証は預かるけど、このまま姿を消してくれたら、今日のところは許してあげるわ」
綾乃の言葉を最後まで聞くことなく、男は海岸とは逆の方向に走り出していた。
モーターボートのエンジン音が、しだいに高くなってくる。砂浜近くに着岸すると、
男が荷を肩に担ぎあげ、重そうな様子を見せながら車に近づいて来た。
「オイ、何処に行ったんだ? 早く積み込んでく・・」
男の声が突然途切れた。綾乃は、銃口を後頭部に突きつけると、ハンマー(撃鉄)を引き起こしたのだ。金属音が、男の頭の中で響いたはずである。
「あなたは、この荷物の中身が何なのか知っているわね?」
「何? お前は誰だ? 女伊達らに下手な真似すると、容赦しないぞ!」
明らかに、素人ではない男である。当然、中身が何であるかを知っている。
「あなたは、黒田の人間? それとも、オヤジさん直轄の人間なのかしら?」
「なんで、お前がオヤジのことを?」
男が、振り向きざま綾乃の手から拳銃を奪い取ろうとした時、すでにグリップが頭を直撃していた。男は前のめりに崩れると、砂の中に顔をうずめた。
綾乃は、男を引き起こすと言った。
「あの舩に、あと何人乗ってるの?…」
男は、砂を口から吐くと、呻きながら言った。
「・・、ご、ごにんだよ・・・」 男の両手に手錠をかけ、猿轡をすると、綾乃は、モーターボートに乗り込んだ。 月明かりが穏やかな海面を照らし出すとその美しさに、待ち受けている闇の恐ろしさを一瞬でも忘れそうになる。 雲が一瞬月を隠すと、綾乃はこの機会を待っていたかのように、慎重に舩に近づいて行った。
最終話 後編『真実に隠された愛の形』へ
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