第3話  託された挑戦状  第一章

 

1  プロローグ

 

 海からの風が気持ち良く体の中を流れていく。冬晴れの湘南道路は、平日でもあるせいか比較的空いていた。綾乃は、自分だけの時間に浸るため3年ぶりと言える有給休暇を取ると、レンジローバーで三浦半島の付け根に位置する葉山に向かっていたのであった。

 目的は、『ラ・マーレ』でのランチである。この店は、1977年に建てられ、葉山港に隣接した、南仏の漁師町によくありそうな建物のレストランである。評判の魚介のブイヤベースを目的に来る客も多い。目の前には相模湾が広がり、条件が揃えば遠方には富士山が浮かぶ。


 別離れた夫、成宮真治との初めてのデートで三浦半島を回った帰りに寄った店が、この『ラ・マーレ』であった。すでに、20年もの月日が経ってしまっている。      

二人にとって、この時が初めての夜であったか、今となっては、おぼろげな記憶でしかないのだ。

 この20年の間の湘南と呼ばれる地の変化には驚くしかない。湘南道路沿いには、新しいレストランが立ち並び、またそれを目当てに平日から多くの若者達が訪れている。古くからある住宅地の中のいくつかの家が主を失い、廃墟化して行ったのであるが、時代は流れ、古民家再生と呼ばれる大きな流れの中で、息を吹き返していた。


 大きく生活環境が変わったのは、綾乃も同じである。真司との結婚生活は、8年間で終わりを迎えていた。考えてみれば、一人娘彩香との暮らしも7年間でしかなかったのである。すでに、10年が経っている。いまさら、母親としての立場で生活の再生など出来る訳もなかった。


 元夫の真治と一人娘の彩香は、綾乃との離婚後も変わらず覚園寺近くの鎌倉二階堂に二人で住んでいるはずである。綾乃の新婚生活もここから始まっていたのだ。 ここは、真司の実家であるが、両親はすで離婚直後の10年前に亡くなっている。

綾乃は、真治はともかく彩香には無性に会いたいと思い続けていた。しかし、実の母親でありながら、その一歩が踏み出せないのだ。娘の気持ちが、痛いほど自分自身の少女時代に重なって来るのである。綾乃自身、大学の卒業以来、気持ちのすれ違った母親と会ったのは、父親の葬儀を含めても数回でしかなかった。

真治との結婚の報告さえ、入籍後である。因果応報と言っても間違いではないと、思う心に支配されてもいた。


 しかし、綾乃が離婚後も成宮性を名乗るのも、娘彩香を思う故であった。親権は真司に渡しても、母娘の縁が切れる訳でもなく、母として娘の成長を見守っていきたいとの願いであったからである。間違いなく誰よりも彩香を愛しているのだ。

 

 綾乃は、『ラ・マーレ』の一人きりでの食事終えると、来た道を当たり前のように引き返していた。今回も二階堂に寄ることを、諦めていたのだ。

綾乃にとって、人間として誇れる仕事をして来た10年であったと思える自負はあった。しかし、社会には、少しは理解が進んだとはいえ、いまだに男と女の役割を固定化したがる現実が残っているのだ。 

 綾乃は、女である前に、人間として社会の中で自分の居場所を模索していたのであろう。それが、たまたま刑事という職業であったにすぎないのであった。

仕事の評価は、自分ですべきではないのだ。いつの日か、彩香が、成宮綾乃の成して来た仕事を誇りに思ってくれたなら、こんなにうれしい事はないと言えるのである。


「そんな日には、7歳まであなたを育てた母として、胸を張って会える気がする…」

 綾乃は、左側に広がる湘南の海を見ながら自分に言い聞かすように呟いた。      


午後からの太陽が西に傾きだすと、海が金色に輝き始めてくる。江ノ電が後ろから追いつくと綾乃のレンジローバーとしばらく並走を始めた。

車窓から5歳ぐらいの少女が、綾乃に手を振っている………。

綾乃も少女に、思い切り手を振り返した。12年前の少女に向けて………。



 2  緊急指令



「こちら110番、事故ですか?、事件ですか?」

午後7時半頃、横浜市中区警察本部にある『通信指令室』に緊急通報があった。

「……ええと、友達が……」

「友達が、どうしましたか?・・・」

「男達の車に……、無理やり乗せられて……」

「連れ去られた?と、いう事ですか?」

「あっ、はい……、」

「被害者の特徴を出来るだけ詳しく教えて下さい」

「18歳の女の子で…、名前は、麻生砂羽…、髪は少し茶色のセミロングで、白のショートコートに、チェックのミニスカートです…。」

「具体的にありがとう。 今いる場所は、何処ですか?」

「場所は…、ええと……」気が動転しているのか、返答がない。

「落ち着いて下さい。目の前に目標になるものはありますか?」

実際には、緊急通報位置通知により、現在地座標データがモニターに映し出されていた。

「ええと、『人形の家』の前で、……,歩道橋下です」

「『人形の家』というのは、マリンタワー近くのですね。分かりました。そのまま、電話を切らないでくださいね」

「はい、……」

「それは、何分ぐらい前のことですか?」

「ええと、10分ぐらいです……、私どうしていいか……」

「落ち着いて下さい。もう少しいいですか。男達の特徴は?、何人でしたか?」

「暗くて良くは…、たぶん3人かな」

「車の特徴は?」

「大きな車だったけど、良くは…、 」

「何方の方に、行きましたか?」

「反対の方向かな……、」

「本牧の方面ですか?」

「多分、そうだと……、」

「そこを動かないでください。すぐパトカーが行きますから、安心して下さい。

あなたの名前は?」

「杉下春菜です……、」

「年齢は?」

「女子大の18歳です」


「緊急指令、緊急指令、中区山下町付近のパトカーならびに警察官は現場に急行してください。現場は、山下町18-*-*、10分ほど前に黒い車によって18歳の女性が拉致されたもよう、逃走方面は本牧・・・、各車緊急配備について下さい」

指令室は、『カーロケーターシステム』によって画面に映し出された各パトカーや警察官の現在位置を確認すると、的確に指示を与えて行った。

同時に所轄警察である加賀町署にも指令が入る。

「拉致事件発生。現場急行願います。通報者は、女子大生18歳のもよう」


「古畑巡査部長、すぐ向かって!」

「成宮警部補、了解です!」

現場近くにいたMAZDA6は、赤色灯をルーフに乗せると、サイレン音を消して現場に向かった。これは、出来るだけ女子大生を刺激したくないとの綾乃の配慮であった。

『人形の家』と山下公園を繋ぐ歩道橋下まで来ると、すでに数台の赤色灯をまわしたパトカーと自転車で駆け付けた3人の警察官が現場で通報者とみられる女性を取り囲み事情を聞いているところである。

「これは、成宮警部補、ご苦労様です」                       元町交番勤務の佐々木健介巡査が綾乃を見かけると挨拶をして来た。

「あら、佐々木巡査早いのね」

「いえ、たまたま近くを警ら中でしたので・・・。たった今通報者の話を聞いて、緊急配備を掛けたところであります」

「そう、ご苦労様」

綾乃は、不安そうな表情をした若い女性に話しかけた。

「春奈さん、私は加賀町署の成宮綾乃です。お友達を早く捜し出すためにもう少し話を聞かせてもらうわね」

「はい、…」

「砂羽さんを乗せた黒い車は、間違いなく本牧方面に向かって逃げて行ったのね?」

「…、はい」

「そうすると、ここからではUターンをしないと本牧には向かえないことになる…」

「・・・、」

「砂羽さんは、無理やり車に乗せられたとしたら、必ず大きな声を出したはずね。

何か、叫んでいたかしら?」

「それは・・・、」

「佐々木巡査、手分けして30分前からの監視カメラの映像の入手と、付近への聞き込みを至急初めて。私は、署に戻って春奈さんに温かい飲み物でも出してあげようと思っているから…」

「了解しました」

「春奈さん、署でもう少し詳しい話を聞いた後、家まで送ってあげるから安心して」

「まだ時間が早いから、駅まででいいですから……」

「そう分かったわ。じゃあ、早く終わらせるわね」


 署に戻った綾乃は、春奈の気持ちを考えて雑談の形で話を聞いた。

「あなたと砂羽さんは、お友達なのは分かるけど、特別に仲のいい大親友と言える関係なのかしら?」

「中学の時からの友達だけど……、特に大親友では…」

「そうね、私もそれは分かるの」

「どうしてですか?」

綾乃は、あえて説明をしない。

「今日は、どちらのほうが先に遊びに誘ったのかしら?」

「それは、……」

「砂羽さんの方…」

「…、ええ、」

綾乃には、春奈の言動に不自然さを感じていたのだ。

そこに、監視カメラデータを手にした佐々木巡査が現れた。


「警部補、何本かありましたが、『人形の家』前の監視カメラが角度及び鮮明度からいっても、検証には最適だと思われますが・・・、」

「ありがとう。早速モニター画面に映し出してくれるかしら」

7時頃からの映像が倍速で流されて行く。

7時15分過ぎに、『人形の家』前の歩道橋下に二人の若い女性が現れた。

「ここから、低速でお願い」綾乃が指示をする。

二人は、歩道に立つと誰かを待っているようにも見える。しばらくすると、黒いセダンが先を急ぐように横づけされた。後部座席から二人の男達がはじかれたように飛び出して来た。口を覆い隠され羽交い絞めにされた女性が、無理やり後部座席に押し込まれる様子が映っている。歩道に投げ出されたバックを男が拾い上げた。

「ここ、ズームして!」 拡大された女性が砂羽であるらしい。

車は、Uターンせずに、そのまま桜木町方面に走り去って行く・・・。


「春奈さん、正直に話してくれるかしら? 今でも、お巡りさんたちがあなたのお友達を一生懸命に探してくれているの…、この意味は分かるわね」

「…、刑事さん、ごめんなさい……。でも、私にも何が起きたか分からなくて…」

「古畑巡査部長、すぐに緊急配備指令の解除を出して! 理由は後からでいいから」

「了解しました!」



3   託された挑戦状



  一週間ほど前のことである。実入りのいい急なバイトがあるという事で、塾講師仲間の先輩から依頼を受けていたのであった。春奈が、大学の授業料を捻出するために塾講師のバイトをしている苦学生であることを知ってのことである。

「春奈さん、一日だけの実入りのいいアルバイトがあるけれど、どうかな?」 

「どんな仕事なんですか?」

「友達に麻生砂羽さんていない?」

「いますけど、年に一、二回ぐらいかな、会うのは…」

「その麻生さんのお父さんからの依頼らしいんだ。僕も詳しくは知らないけど」

その依頼内容とは、一日みなとみらい地区で二人で遊んだ後、最後に砂羽を午後7時きっかりに『人形の家』前まで連れてくることであった。誕生日の近い娘を驚かせる趣向であると聞かされていたのである。


「春奈さん、あなたが警察に連絡する前に、誰からか電話を受けているわね」

「…、はい。それは、誰かは分からないのですけど、警察に聞かれた時に話す言葉と『余計なことは話すな』という指示でした」

「そうだったのね。やっと、話が見えて来たわ」

「それと、女の刑事さんに渡せと、この『手紙』を……」


春奈は、手紙をバックから取り出すと綾乃に渡した。この手紙は小さく畳まれており、春奈がバイト料として受け取った5万円入りの封筒の中に入っていたものであった。


【 成宮綾乃様


 あなたのご活躍には、我々も称賛せざるを得ません。

しかし、あなたにも弱点はある。それをあなた自身が露呈させてしまった。

それは、あなたも仕事を離れれば、一人娘を持つ普通の母親であることです。

これで、勝負はフィフティ・フィフティになったと言っても良い。

 ゲームはすでに始まっているのです。残されている救出の時間は、71時間を切ってしまった。でも、あなたなら、決して不可能な残り時間ではないはずです。


  楽しみにしてますよ。 成宮綾乃さん                 】



「何ていうことなの、私への挑戦のために砂羽さんが犯罪に巻き込まれたとでも言うの……?」綾乃は事実を知り愕然とした。                 椅子から立ち上がることが出来ない。しかし、それもわずかな時間であった。

刑事成宮綾乃が始動を始めた。

「古畑巡査部長、桜木町方面に逃げた黒いセダンの足取りを追って! 再び緊急配備の必要性があるかを判断して欲しい! それと、班員に春奈さんを家まで安全に送るよう指示をしてくれるかしら。 最後に、砂羽さんの親御さんに連絡して拉致に繋がる情報を集めてくれる、以上」

「了解しました!」古畑は、綾乃からの指示を受けるとすぐ行動に移した。


「春奈さん、私はこれからこの仕事をあなたに頼んだ人物に事情を聞きに行く。

 名前と、住所を教えて!」

「あっ、はいッ!」自分の取った行動の重大さを知った春奈は、携帯を見ながら慌てて書き出した。文字は、【柳沢俊介 相模原市中央区上溝1-*-*】と、読み取れた。

「ありがとう、春奈さん。後は任せて。きっと、救い出してあげる。いいわね」

「お願いします。刑事さん」春奈はすがる思いで、綾乃に託した。 


 時間は、すでに午後9時を過ぎている。

躊躇する時間など残されていない。綾乃は、MAZDA6の屋根に赤色灯を乗せると、石川町ICから3号狩場線に乗り相模原を目指した。国道16号を走り抜け、相模原駅交差点を左折し住宅街に入る。柳沢俊介の自宅は、これといった特徴のないありふれた庶民的と言っても良い建物であった。すでに、10時を越えている。

柳沢は、運よく在宅であった。

「柳沢さん、あなたが杉下春奈さんに今日の仕事を斡旋したことに間違いはないですか?」綾乃は、警察手帳を見せながら聞いた。

「刑事さん、こんな遅くに一体どうしたのですか?」

柳沢は、目の前の黒いスーツを着た女が刑事だとは思えない様子で、手帳と綾乃の顔を見比べている。30代後半、目立った特徴のない痩せた男である。

「あなたは、杉下春奈さんを知っているわね?」

「ええ、一緒の職場で働いていますから・・・」

「あなたが、杉下さんに、きょうの仕事を斡旋した理由は何かしら?」

「・・、それは、・・・」

「結果的に、一人の女性が拉致されることに繋がってしまった」

「そんな‥・」

「言えないのなら、言わなくてもいいわ。その代わりあなたを、共謀正犯の疑いで

これから署の方に来てもらうけど、構わないわね」

「何ですって?僕は頼まれただけなんです。こんなことが犯罪になるんですか?」

「まず、バイトを斡旋する条件に、まず麻生砂羽さんを知っている必要があった。

これに適任だったのが杉下春奈さんだったという訳。これは、最初から砂羽さんを拉致させるのが目的だったからでしょ、違うかしら?」

「・・・、知りません。僕は、単に娘の砂羽さんを喜ばせるためだとしか聞いていませんから・・・」

「じゃあ、それを誰から依頼されたのかしら? 」

「ちょっと、ここでは・・・・・」杉下は、目くばせをした。

「それでは、今から任意同行をお願い出来るかしら?」

事情を察した綾乃は、署へ向かうMAZDA6の中で話を聞くことにしたのだ。



 4  柳沢俊介の証言



「実は先ほど、『余計なことは話すな』と、電話がありまして・・・、何かあなたが来るのを予期していたみたいで・・・」

柳沢は、車の中にも関わらず周りを警戒する様子を見せた。

「それは、何分ぐらい前のこと?」

「30分ほどです」

「私が署を出たのが1時間前として、16号に乗った時には上溝に向かうことが分かっていたのね」綾乃は、前後左右に目を配った。怪しいと思える追走車はいない。

「さあ、その余計なことを話して…、」

「一週間ほど前のことです。私が、塾講師の仕事を終えて車に乗り込もうとした時です。後ろから話しかけてくる人物がありまして・・・」

柳沢は、車の天井に目をやると、記憶の底から絞り出すかのように話出した。


  *


「柳沢俊介さんですか?」

「そうですが・・・」

「塾講師の中に、杉下春奈さんがおられると思いますが・・・」

「はい、たしかに。でも、それが何か?」

「杉下さんが、学費などでご苦労をされていることを知ったお友達の父親からの依頼なのですが・・・、娘さんの誕生日を盛り上げるために、是非ご協力を願えないかという事でして・・。協力して頂ければ、あなたにも謝礼を弾むと、話しております」

男は、グレーのウールコートを羽織り、黒縁の眼鏡とマスクのせいか顔は見えない。

「あなたは、その人とどういったご関係なのですか?」不審に思った柳沢は聞く。

「同じ会社の、いわば秘書役でして・・・」

「でしたら、名刺などを頂けませんか?」男は、一瞬戸惑った様子を見せたが、名刺入れの中から一枚を取り出すと柳沢に手渡した。

「杉下に、直接言えばいいと思いますが・・」名刺を見ながら、柳沢は言った。

「いえ、私のような風体ではかえって怪しいと思われて、受けては頂けないかと思いまして・・・」

「そうかも、知れませんが・・・」

「どうか、よろしくお願いします。これは、あなたに対する謝礼ですが・・・」

男は、杉下に白い封筒を渡した。その場の緊張感で、柳沢は断る勇気もなかった。

「分かりました。その杉下のお友達の名前は・・・?」

「はい、麻生砂羽さんですよ。では、これを杉下さんにお渡し下さい」

男は、改めて白い封筒を柳沢に手渡すと、迎えの車に乗り込み、その場を後にしたのであった。 


 *


「あなたが、仲間でないことを、今のところ信じるしかないようね。署に着いたら、また同じ説明をしてもらいますから…」

「はい、身の潔白のためなら何度でも・・」

 車内のオレンジ色のデジタル時計は、10:28を表示していた。

道路上の白線が、闇の中に続いて入るように綾乃には見えた。犯人に繋がる糸口が見つけられないままである。時間だけが、無意味に流れ去っていく。


綾乃は、携帯をフリーハンドにすると、古畑に進捗状況を聞く。

「成宮警部補、お疲れ様です。黒いセダンの逃走経路は、途中まで追えたのですが、

紅葉坂付近で見失ってしまいまして、明日の朝から再び捜査を開始する予定にしております。緊急配備の方は、どうしますか?」

「古畑巡査部長、ご苦労様。配備の方は解除して。これ以上は、各署の事情もあるでしょうから…、」

「了解しました。それと、麻生砂羽さんの親御さんが署に見えているのですが、依頼をした覚えはないと話しておられます」

「やっぱしね。了解です。今のうちに友達関係を聞き出しておいて! 11時半までには、戻れると思うわ」

「では、気を付けて」「ありがとう」



 5  新たな事実



 麻生秀樹は、まんじりともせず疲れた表情で綾乃を待っていた。妻の阿佐美も同様である。

「刑事さん、一体どうなってるんですか? もう5時間も経っている。今の時代は監視カメラだって、たくさんあるでしょうが・・・。情けない・・・」


「麻生さん、お気持ちは分かりますが…、今は落ち着いて警察を信頼してください」

綾乃は、あえて救出リミットが67時間に迫っていることを伝えなかった。

「麻生さん、お嬢さんが拉致されるに至った心あたりは、何か?」


「どういう意味ですか?まるで、私たちに非があるような口ぶりじゃないですか?」

「いえ、そういう意味では…、少しでも糸口に繋がることが分かればと…」

「刑事さん、あなたの名前は? 何だったら、担当を代えてもらってもいい。女の刑事なんて、頼りになるわけないだろうが…」                 妻阿佐美が、夫の歪んだ顔を見ると眼をそらした。


「私は、『強行犯罪係』成宮綾乃です。階級は、警部補。あなたが何といおうと、担当が変わることはありません。あなたの言動によって、捜査に支障が出ることもあり得ない事です。でも、警察官も同じ人間です。感情を持っていることを忘れないでください。あなたは、今日も普段通りに食事をし、温かい風呂に入って寝ることを当たり前のことのように思っていたのでは。その約束事が破られたことへの怒りではないでしょうか? 私達には、約束された日常なんてものはないのです。

 いつでも、呼び出しの連絡に怯えながら暮らしている。でも、ひとたび職場に戻れば、強行犯罪から被害者を救い出し、心に寄り添うことを一番に考えているのです。

麻生秀樹さん、そのことだけは、理解していただけますか…?」

妻阿佐美の目から涙が溢れ出した。


「ごめんなさい、刑事さん。夫もそういうつもりでは…、」

「いえ、私も少し言い過ぎたかも知れないわ…」綾乃は、阿佐美の流れる涙を見つめながら言った。妻が夫を庇っている。夫婦関係が垣間見えた。

我が子の無事を願う親の気持ちに変わりなどないはずである。綾乃は、天井を見上げると自身の娘に思いを馳せていた。

「私が悪かった。成宮刑事さん、許してもらえないだろうか?」

綾乃が気が付くと、麻生秀樹は深く頭を垂れていた。

静かな沈黙が支配していたが、阿佐美がそれを破った。


「もしかして、彩香さんのお母様ですか?」

阿佐美は、涙をぬぐいながら聞いた。

「……ええ、でもどうして彩香の名を?」

「砂羽から親友の彩香さんのお母様は、加賀町署にお勤めしていると聞かされていたものですから」

彩香の名の唐突な出現であった。真相の奥に彩香の存在があるのであろうか…。

夜中の12時を迎えるのと同時に現れた新たな謎に、綾乃の思考は止まったままであった。




 第二章に続く




  *


 

 実は、耕太郎、私生活でのライブ活動の開始や、その他の諸事情により、なかなか時間が取れませんでした。ごめんなさい。

第二章には、いよいよ彩香さんの登場予定ですが、実際18歳の女性像に困っているのです。周りに、こんなに若い女性なんていないものですから・・・。

 これに懲りずに、長~い首でお待ち下さい。


 耕太郎

 









 




 

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