#7 ラプターハント

ジャンクジェット・シティ近郊の森林地帯。


その深く暗い森の中を、おれと夜兎浦さんは雑談を交えながら歩んでいた。




「ふーん、それじゃあマーナちゃんは、妹さんに勧められてこのゲームをはじめたんですね。」


「そうそう、あいつから招待券送られてきたんですよ。PV見たらおもしろそうだし、それで始めてみようと思って。それで夜兎浦さんは、どうしてこのゲーム始めようと思ったんですか?」




そうおれが問い返すと、


「マーナちゃん、さっき言いましたけど、わたしのことは呼び捨てでいいですよ?」


と、少し苦笑いして答えた。




「いやでも、夜兎浦さん、多分ですけどおれより年上ですよね?自分より年上の女性を呼び捨てにするのは、さすがに失礼かなって。」




「まぁ、あって間もない相手にいきなり呼び捨てにしてっていうのも、かなり厚かましいですよね。そうですね、マーナちゃんが呼びやすいように呼んでください。」




「わかりました。じゃあ、夜兎浦さんはちょっと長いので、これからは夜兎さんで、よろしくお願いします!あと、おれ一応男なんで、ちゃん付はちょっと……。」




「あら、あなた男の子だったんですね。なるほど、今流行りのバ美肉というやつですか。じゃあ、これからはマーナくんですね。よろしくマーナくん。」




これからはくん付けで呼んでもらえるようだ。


さすがに男でちゃん付けで呼ばれるのはちょっと恥ずかしいから、これはありがたい。


さて、話がだいぶ逸れたので、そろそろ本題に戻ろうか。




「あぁ、そうそう、わたしがゲームを始めた理由でしたか?ちょっと変わった理由ですけど、引かないでくださいね?」


ちょっと変わった理由?いったいどんな理由なんだろう?


おれが気になっていると、夜兎さんは抑揚のない口調でこう返した。




「実はですね……、このゲーム、美少女のNPCが結構多いみたいなんですよ。」


「美少女のNPC……。」




「しかもですね、キャラクターによっては好感度を上げることでデートにお誘いできるとか。……あ、引きました?」


「いや、ちょっと意外だったけど、別にいいんじゃないですか?ゲームをやる理由は人それぞれだし。」




なるほど、美少女NPC目当てか。


ゲームを始める理由も、人によっていろいろ違うんだなぁ。


それに、NPCをデートに誘えるというのは、なかなか耳寄りな情報だ。


あとで攻略サイトでも見て調べておこうっと。




「ありがとう、マーナくん。まぁ、本当はもう一つ理由があるんですけど……。」


「もう一つ?」




おれが気になって聞き返そうとしたその時、


ピコン!ピコン!


突如電子音が鳴り、画面上のミニマップに、赤く点滅するマーカーが二つ表示された。


それに伴い、BGMが転調し、どこか重々しい雰囲気の曲が流れ始める。




「敵か?」


おれは咄嗟にアサルトライフルを構え、銃口をマーカーの方角に向けた。


夜兎さんも、背中に背負った狙撃銃を構え、敵襲に備える。




ガサガサ……ガサガサ……!


前方の茂みから、草木の擦れる音が聞こえる。


木立の合間を黒い影が走り抜け、バキバキと枝の折れる音が鳴り響く。




マップ上のマーカーは、徐々にこちらとの距離を縮めてきている。


敵との距離、30……20……10……




「夜兎さん、来ますよ!」


おれが叫ぶと同時に、目の前の木立を薙ぎ払いながら、黒い大きな影が飛び出してきた!




「ギシャァァァァァァァァァァァ‼︎」


赤褐色の身体に、全身黒い斑点だらけの肉食竜。




画面左上に_ダイアラプトル lv3が出現しました の表示。




なるほど、こいつが獲物か! 




見た目がヴェロキラプトルによく似たそいつは、地面を蹴って高く跳躍し、鉤爪を振り翳し襲いかかってきた。




おれは咄嗟に真横に飛び、住んでのところで攻撃を回避!


鉤爪が空を切り、冷たい風が頬を掠める。




おれは着地と同時にライフルを構え、奴の横面めがけ銃弾を叩き込む!


タタタン!タタタン!


砲火が閃き、銃弾が躍る。




バースト射撃された銃弾が奴の横面に叩き込まれ、牙を、眼球を、頬肉を、えぐり、砕く。


「ギシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァ?!!!」


怨嗟に満ちた断髪魔の悲鳴を上げ、ラプトルは地面に倒れ伏した。




「まずは一匹!」


マーカーによると、敵はあと一匹潜んでいるはずだ。


おれはライフルをリロードし、ミニマップで敵の位置を確認する。


敵の位置は……おれのすぐ真後ろ⁈




おれは振り返り、後ろに向かってライフルを構えた。


しかし、時すでに遅し。


敵は既に跳躍を終え、こちらに向かって飛び掛かってくるところだった。




慌てて振り返るが、ぬかるみに足を取られ尻もちをついてしまう。


(しまった!)


おれは咄嗟にライフルを構えようとするが、間に合わない!




奴の大きく開かれた口が、牙が、鉤爪が、マーナおれに迫る。


骨色の爪が木漏れ日を浴びて煌めき、振り下ろされた鉤爪がマーナの細い肩を……


ドゥン!!


突如、背後から腹に響くような銃声が一発。




鉤爪が空を切り、鼻先を掠める。


空中でバランスを崩した敵は、額に空いた穴から血を吹き出しながら、地面にドスンと倒れた。


息をのんで振り返ると、狙撃銃を構えた夜兎浦さんの姿があった。




「お怪我はありませんか?マーナくん?」


彼女は、銃口から立ち上る煙をフッと吹いた後、こちらに向かってにっこりと微笑みかけた。


そしてこちらに近寄り、いまだ尻もちをついたままのおれに手を差し伸べてくれた。




「夜兎さん、ありがとうございます。おかげで助かりました。」


おれは心からの感謝をのべ、夜兎さんの手を取り立ち上がった。




「どういたしまして。FPSは初めてですけど、あんな感じでいいのかしら?」


「夜兎さんすごいですよ!才能ありますって!この調子で残りも倒しましょう!」


「ふふっ、そうね。なんだか楽しくなってきちゃったわ!」


そう言うと夜兎さんは目を細め、にっこりと笑った。




おれはお尻についた土をパンパンと払うと、G・E・A・R・のマップメニューを開き、残る敵の位置を確認する。


クエストクリアするには、あと最低三体のラプトルを仕留めなければならない。


「行きましょうか、夜兎さん!」


「了解です、マーナくん!」


おれはライフルを構え、新しい戦友と共に森林の奥に向かって駆け出して行った。


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