【1000字小説】拝啓・山中貞雄様

八木耳木兎(やぎ みみずく)

【1000字小説】拝啓・山中貞雄様

 昨年、父が逝った。

 邦画製作に長年携わった映画人であり、僕が映像関係の職を選んだきっかけでもある人物だった。


 父が製作に携わった映画は、いわゆるイケメン俳優が悪役を倒して、美女と結ばるような映画とは違った。

 ふらっと現れては底抜けの明るさで場の空気を一変させ、かと思うと風のように去っていく渡世人のコメディであった。

 その渡世人は一定の場所に馴染むことができず、惚れた女性にも思いを打ち明ける前に失恋する、報われない男性だった。

 ヒーローでもヒロインでもなく、等身大の人間こそが、父がスクリーンに映すための対象となる存在だったのだ。


 無口な父だったので、どのようなきっかけでどう思ってそういう映画を製作する仕事に就いたのか、ということを生前自分から語ろうとはしなかった。

 父の遺品を整理するにあたって、発見した若い頃の日記の中に、その答えがあった。

「〇月×日

 拝啓・山中貞雄様。

 私は今日めでたく、貴殿と同じ映画人となることができました。

 高校時代、父親に連れてこられた名画座で、貴殿の時代劇【丹下左膳余話 百万兩の壺】を観たことが、私が映画人を志すきっかけとなる出来事でした。

 貴殿が日中戦争での出征先で病死されなかったら、日本の映画界はどうなっていたかと考えない日はありません……」


 どうやら、この山中貞雄という人物は、父親にとって生涯尊敬の対象となる人物だったようだ。

 ネットで検索したところ、契約中の動画配信サイトで彼の代表作を何本か見ることができた。


 それらの映画を観た僕は、様々な意味で度肝を抜かされた。


 彼の時代劇の中にいたのは、悪代官を斬る侍でもなければ悲恋に咽び泣く町娘でもなく、どこにでもいそうなごく普通のリアルな人間たちだった。


 日常に生きる人々の時代劇を製作した山中貞雄。

 日常に生きる人々の現代劇を製作した父。

 その日僕は、死んだ二人の祖父とは違うもう一人の祖父―――父のもう一人の父親に出会えたような気がした。


 その日僕はSNSにこう書いた。

「拝啓・山中貞雄様。

 僕の父親はあなたのおかげで映画人となりましたが、その父親の影響で私も映像関係の仕事に携わっております。

 どんな映像かって?

 まんがタイムき〇らの漫画を原作とする、美少女たちの日常系アニメです。

 作風が全然違うじゃないかって?

 しかし日常の人間を描くという私の映像へのスタンスは、間違いなく父とあなたから受け継いだものなのです」

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