かみさま「かしこまりなさいよ!」
鳳仙花
おキツネ様と朴訥な青年
そんな昔でもない、わりと最近の物語。
◇
とある大型連休の初日。俺は近所の山へと趣味の山登りをするべく出かけていた。
無事に山頂へと至り、別の道を使い下山する。すると……ほぼ麓に位置する山の入り口で、小さな神社を見つけた。もしかしたらこの山の神様なのかもしれない。
せっかくなので、とりあえず参拝することにした。
作法自体は詳しくないけど、こういう場合ってお願い事じゃなくて感謝を述べるのが礼儀なのかな? といっても俺はここの氏子って訳じゃないが。まあいいか。
手水舎で手を洗って──確か、二礼二拍一礼。
パンパンッ!
「かみさま。お陰様で怪我をすることもなく山から降りてこられました。見守ってくださった……かは分かりませんが、ありがとうございます。この土地一帯の鎮守でしたら通行させていただいた事にもお礼を。ええと、他に何か言う事は……ないな。あ、そうだ。聞いてくださいよ、最近あった話なんですけどね、近所の猫がやたらと寄って来て。猫に好かれるホルモン──じゃないや、フェロモンでも出てるんですかね? そのせいで自分が変な体臭でも発してないか気になっちゃって。それでですね──」
さらに言いかけた時、社の正面にある障子(?)みたいな戸が、左右にスパン! と開いた。で、中からコスプレをした女の子が出てくる。
「ちょっと! さっきから聞いてれば何よ! 最初の感謝の所はいいわよ! アンタ、参拝者の
「うわビックリした。突然現れた上に初対面。友達ではないですね。どちらのレイヤーさんですか?」
「レイヤーってなに?」
「コスプレをする人のことらしいですよ。ちょうど、今のアナタみたいな」
「これはコスプレじゃなくて自前よっ!」
「その猫耳も?」
「アンタの目は節穴なの!? どっからどう見てもキツネ耳でしょうが! 猫風情なんかと一緒にするなんて不敬にもほどがあるわッ!」
「それは失礼しました。自前で生えてるのは信じ難いですけど、キュートな感じで良くお似合いですよ」
「えっそう? あ、ありがと。褒められて悪い気は──じゃなくて! もっと言う事あるでしょ!?」
「もっと褒めろと? 和装美少女、ノリの良い親しみやすさ、あとツンデレ」
「違う! 最初は良いけどツンデレじゃないし、それ褒め言葉でもない! そうじゃなくて神様っつったでしょ!?」
「かみさまのわりに俗世の言葉をよくご存知なんですね」
「そりゃあ今の時代、昔の言葉を使ってもコミュニケーションとりづらいし。……っていうか、私が神様ってことは疑ってないの?」
「うーん……完全に信じてるわけじゃないです。でも世の中には不思議なこともありますし、完全に否定もできないのが正直なところです」
「なんとも煮え切らない答えだけど……なかなか素直じゃない。いいわ、そこはこれから完全に信じるってことで納得してあげる。アンタ、名前は?」
「
「最近にしては渋い名前ね」
「かみさまのお名前は?」
「うっ……それはまあいいじゃない。それより、どうしたら神って信じるの?」
「そうですねえ。超常の力──は別に見せなくてもいいですから、何か、かみさまっぽい逸話でもあれば」
「あら珍しい。てっきり神通力でも見せろなんて言うと思ったのに。逸話ね……私も長いこと生きてるし、色々あるわよ?」
「じゃあ、昔話的な物語に関わってたり?」
「直接の関わりはないけど……そうね、『鶴の恩返し』っていう有名な話があるんだけど、知ってる?」
「日本人であれば誰でも知ってるんじゃないかと」
「あれのモチーフになった鶴の化身・ツル子は私の友達だから」
フフン! っと彼女は胸を反らしながらドヤ顔をする。
「ツル子…………ちなみに、かみさまのお名前は?」
「私はキツネ子──ってなに言わせてんのよ!!」
「ツル子にキツネ子……あの、お言葉ですけど。かみさまのネーミングセンスって虫ケラ並みですね」
「だから言いたくなかったのよ! それより虫ケラってなに!? 仮にも神相手に使う言葉じゃないでしょ! もっとこう──かしこまりなさいよ!」
「は、ははぁ~」
取って付けたように頭を下げる俺。
「まだまだね。かしこまり具合が足りないわ。60点。気をつけなさい、ギリギリ及第点ってところよ」
「あ、意外と採点が甘い」
「まあ何というか、誠意みたいなのは感じたから多少は甘くもなるわ。私は神ではあっても鬼ではないし」
「キツネ子さまは優しいですね」
「名前で呼ぶな! それよりアンタ、なんでそんな淡々としてるの? 普通、超常的な存在が現れたらもっと動揺しない?」
「俺、落ち着き具合には定評があって。例えるなら俺の心の中は、そう──【
「落ち着きはともかく、そんな中二病みたいな名付けをするほど大層なものじゃないでしょ。さてはアンタ、変人ね」
「キツネ子さまには言われたくないですね」
「だからその名前で呼ぶなっつってんでしょ!! もうなんなの。神様相手に世間話をするわ、信じてるっていうわりに落ち着き払ってるわ。こんな人間見たことがないわ」
「どうも。ところで、そろそろ帰っていいですか?」
「マイペースすぎるでしょ!」
「いえ、だってそろそろ日も暮れそうですし」
「それは……確かに……そうね。で?」
「はい?」
「だから、明日も来るのかって聞いてるのよ!」
「今の文脈で察しろってのは無理ですよ。明日も……? かみさま、もしかして話し相手がいなくて寂しいんですか?」
「そ、そんなわけないじゃない! もっと敬いに来なさいって言ってるだけだから、勘違いしないでよねっ!」
「やっぱりツンデレだ」
「ともかく! 来るの!? 来ないの!?」
「来ます、来ますから落ち着いて。じゃあ──何かお土産でも持ってきましょうか? かみさまなら……
「なかなか気が利くじゃない。80点。お土産はいなり寿司がベストね」
「そういえば、かみさまってキツネですもんね」
「まあね。伏見系か豊川系かはまだ内緒よ」
「いえそこはどちらでも。ともかく、明日は昼頃に来ますんで、また」
「もうちょっとは興味を持ちなさいよ。それはそうと、気をつけて帰るのよ? 明日来る時も事故なんかには気をつけて来なさいね」
「やっぱり優しい。じゃあ、これで失礼します」
そして俺は神社を後にし、家に帰った。
『あれ? ところで俺、いつの間に……かみさまの存在を信じてる流れになってるんだろ』
そう首を捻りながら。
そして翌日。
「なにこのいなり寿司!
「どこというか俺の手作りです」
「手ッ!? アンタ……見かけによらず職人か何かなの?」
「実家は飲食店だからそんな感じですけど、俺は普通ですよ」
「いやいや、これは普通じゃないわ。アンタ、いなり寿司職人の素質があるって。天下をとれると言っても過言ではないわ。神様の保証付きよ」
「保証されても天下を取るつもりはありませんけどね。こういうのは結構こだわる方なんです」
「こだわり……?」
「はい。まず最近は【農林100号】……いわゆるコシヒカリばかり注目されてますが、寿司なんかにはササニシキとの相性が良くて。それにですね、米酢ばかりじゃなくて赤酢も──」
「待った待った。それ言われても分からないから。とにかくハンパないって事だけは分かったわ」
「どうやらお口にあったようで」
「合うなんてもんじゃないわ。本来ならもっと【かしこまりポイント】を要求するところだけど、これだけで120点くらい上げてしまう勢いよ」
「かしこまるのってポイント制だったんですか。しかも満点が100じゃないんですね」
「100点満点中120点ってことよ。それくらいヤバい寿司だってことを分かりなさい」
「『ヤバい寿司』って言われると違法っぽくて釈然としませんが、分かりました」
「寿司だけじゃなくて聞き分けの良いところもポイント高いわ。で?」
「はい?」
「だから! 明日以降も来るのかって聞いてるのよ!」
「昨日も言いましたけど、文脈から察するの無理ですってそれ。連休中ですし、来れなくはないですけど」
「じゃあまた明日ね!」
「アッハイ」
それからなぜか連日のように、
そんな日々が過ぎ、そろそろ大型連休も終わる頃。
「かみさま、聞いて下さいよ。昨日、真田さんって女の子に告白されちゃいまして」
「ハァ!?」
「え、俺が告白されるのって、そんなに意外ですか?」
「いやそこじゃないわよ! ほら、いま現在進行形でキツネ子フラグが立ちかけてるとこでしょ!? なに浮気しようとしてんのよ!」
「フラグって言葉といい、つくづくどこでそんな言葉を仕入れて来てるんですか」
「そんな事より浮気の件よ!」
「浮気もなにも……俺、かみさまと付き合ってる訳じゃないですし、何より種族が違いますし」
「まさかここまで来てキツネ子ルートのフラグをぶち折る気じゃないでしょうね? それから、この国は異類婚姻譚なんて昔から日常茶飯事だから、その辺は無問題よ。なんなら私、神通力で戸籍も取ってるし、耳も尻尾も隠せるわ」
「はぁ、そうなんですね。じゃあ納税の義務まで果たしてると」
「なんでよ。神よ? 民草が私に奉仕すべきであって、私が納税するわけないじゃない」
「かみさまといえど脱税はいけませんって。税務署の怖さを舐めすぎですよ。国民の権利を享受しておいて、そんな都合の良いダブルスタンダードで大丈夫なんですか?」
「確かに税務署の怖さはガチね。アンタの言う事も一理あるわ。うーん……そこはアレよ。具体的に人間社会にお世話になり始めたら払うわよ」
「かみさまらしい傲慢さを見せたと思った途端に殊勝な発言が。でも、俺の好感度は上がりました」
「待ちなさい。なんでアンタが攻略されてる感じなの? 逆でしょ。アンタが私を落とそうとしてるんでしょ」
「いつからそんな話に……さっきのキツネ子ルートという言葉といい、かみさま、もしかして俺のこと好きなんですか?」
「正直に言ってしまうと恋心的なものが揺れ動いてるわ」
「かみさまにこう言うのもアレですけど……まだ俺たち出会って一ヶ月も経ってないわけで。さすがにチョロすぎません?」
「チョロさについては……現状否定できる要素がないわね。これでも誰かを好きになったことなんてないんだけど」
「ちなみに、かみさまルートに入っちゃうと、どうなるんですか?」
「俗に言うキツネの嫁入りね。普通に嫁ぎに行くわ。自分で言うのも何だけど、ウガノミタマ系列は大体が良妻賢母よ。ご利益も五穀豊穣、商売繁盛、金運上昇と生活も豊かになること請け合いよ」
「思いのほか魅力的な提案だ。あれ? じゃあ初日に登山の無事を感謝したのは……」
「………………それは、その、隣の
「交通安全とか?」
「そっちじゃないわ。家内安全、恋愛成就、安産に子宝。そっち系ね」
「どちらにせよ家庭的な項目ばっかりですね」
「しょうがないじゃない。神にも得意分野というものがあるのよ。悪いけど、いま巷で必要とされてる疫病退散は無理よ」
「そこはまあ。確かに健康が資本ですけど、家内安全でカバーできそうですし。さっきの項目全部、時代に関係なく必須ですから問題ないのでは」
「そ、そう? もっと参拝者が増えれば信仰ポイントも集まるし、より力を発揮できるんだけど……」
「それもポイント制なんですね。なんなら拡散しましょうか? 今の時代、金運に恋愛運だけでも相当な需要がありますよ」
「そんなことできるの? じゃあお願いするわ。とりあえず、ちょっとでも力を上げておきたいから、そ、宗十郎。アンタ今、かしこまっておきなさい!」
「ヘヘェ~!」
俺は平伏する。
「150点!」
「明らかに
「私は好きになった相手を露骨に
「うーん、かみさまなのに人間臭い。ところで疫病といい横文字といい、世俗の情報はどこで仕入れてるんですか?」
「
「なるほど──あれ? 出雲といえば国譲りの……。あの、過去からのしがらみを考えると、伊勢とか宇佐とか、そっちとの仲は──」
「──そこは触れないでちょうだい。業界内でもタブーって事になってるから。他にもツッコみどころは多いでしょうけど、言える範囲で徐々に教えていくから」
「暗黙の了解みたいなルールがあるんですね。『鶴の恩返し』みたく、つまらないタブーに触れるのは嫌なので黙っておきます」
「相変わらず話が早いわね。とりあえず、明日も来るのよ?」
「アッハイ」
◇
それから青年は流されやすい性格のせいで、なんとなく神社へと通い続け──およそ半年後、その神社では【キツネの嫁入り】と呼ばれる天気雨が降る事になる。
なお、余談ではあるが、自分の名前を恥じた彼女は青年に自らの改名を願い出た。
その結果──黄金色の毛並みから
『アンタのネーミングセンスの方が虫ケラ以下じゃない!』
と、お叱りを受けたので、『こがね』と名付け直す事になったのは、また別のお話。
そんな感じで騒がしくも楽しく暮らしたとさ、どっとはらい。
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