第28話 帰ったら帰ったで横暴な納税~そして禁忌の一端~

「おう! 不在だった住民が帰ってきたか! さあ、租税そぜいの徴収だ!」


「あれ……? あの、あなたは?」


「新しく領主様として赴任してきた【カザミ】だよォ! 以後、お見知りおきを! つってな、ヌハハ!!」


 突然、現れた男。

 意味も分からない内にセージは殴られる。

 もちろん領主に人を殴りつける権限など、無い。


「ぅぐ。新しい領主様? あの、俺、国王様から租税の免除をたまわっておりまして」


 自分の家がある【エルブリッジ】へと戻ったセージ。

 ようやく人心地ひとごこちかと思い来や……。

 そこには予想だにしない光景が待ち受けていた。


「あぁん? 一領民風情が一国の王からそんな特別扱いされるわけないだろう! さては、税の免除をうつもりか? ならん! ひれ伏して今までまぬがれてきた備蓄を納めよ! 貴様の脱税だつぜいはキチンと記録されておるでな!」


 居丈高いたけだかに笑うカザミ。

 それに対し、当のセージは──


「な、なるほど。確かに常識的に考えればごもっとも。これは失礼を。脱税などするつもりは無かったのですが、国令にそむいてしまったようで。この通りです。ご勘弁ください」


 なんと、ヘラヘラしながら土下座をしていた。

 エセ双子がプライドをなげうって披露ひろうしていた行為だ。


「お? なんだ、なかなか分かっているじゃないか。俺の祖父は召喚された異世界人。この【内政チート】の前には【農業チート】も【狩猟チート】も、その傘下に収まるまでよ! ヌハハ! 自然こそ我が財産! その恩恵と人を支配する我がチートこそ無敵! ゆくゆくは中央政治にまで手を伸ばす力だァ!」


 その様子に気をよくするカザミ。

 どうやら、土下座の意味を知っているらしい。


 もちろん──


「お、お、王に向かってなんという口を!!」

「万死に値──!!」


 エルフの二人が黙っていない。

 即座に殺気立つ。


「ぅひっ!? なんだコイツらァ!? おい! お前の家族の者か!? 教育はちゃんとしておけよ!」


「すいません! 二人とも、土下座まではしなくていいから、ここは俺にめんじて頭を下げてくれ」


「ぅ……」

「かしこ、まりました」


 渋々しぶしぶセージの意思に従う二人。


「そうそう、そうやって──ん? よく見れば連れの二人、あり得ないくらい美人だな? そうだな、貯蓄の代わりに女を差し出しても──ッ!?」


 カザミの言葉は、なぜか途中で途絶とだえた。


「はは、おたっしの通り徴税ちょうぜいには応じますんで。人の奴隷扱いだけは、堪忍してくださいよ」


 土下座状態のまま言い放つセージ。

 その表情は見えないが、笑みを浮かべていた。


「む、む。仕方がない。脱税分の罰も含め、貯蓄の九割で許してやろう! ……冬が越せなくでもなったら、いつでも言ってこいよ?」


 下卑げびた表情をするカザミ。

 どうやら、無事に越冬えっとうしたければ美形の二人を差し出せという腹づもりらしい。


「九割……かしこまりました。ひとまず、要求には従いますので。この場はご勘弁を」


「……チッ! おい、その蔵から、あるだけ備蓄を取り立ててこい! いつもの通り、ワシの蔵に収蔵しておくように!」


 やむを得ず、カザミは部下に命じる。

 その要求だけを満たし、とりあえずは帰っていくのだった。


「…………よし、行ったか」


 新たな領主が去るなり、態勢を戻すセージ。


「セージ様!? あまりにあまりではございませんか!?」

「あ、あのような横暴を、ゆ、許すなど!!」


 エルフの二人は怒りに震える。

 エルフィなどは怒りのあまり、言葉に詰まるほどだ。


「いいんだよ。いや、全然よくはないけどな。とりあえず、その場しのぎというか……。国王様も苦心くしんなさってたし、人事か命令系統に支障が出たのかもよ? 一回、ご本人に事情を聞いてみないことには、なんとも。まあまあ、このままで終わらせる気はさすがに無いし」


「今すぐおめいじください!!」

「エルフ総力の武力をもち、あの奴原やつばらめをつと!!」


「はー……。あのね、人間の社会はそんなに単純じゃないの。【何でも武力と森で解決】のフォレストエルフとは違うんだって。なにより、我が家には【初代からの家訓】があってさ」


「初代──セイヤ様でございますか!?」

「そ、その宝訓にはなんと!?」


「いや、そんな難しい話じゃないし。【冒険者なんかやってると理不尽はついてくるもんだ。何かあったら土下座でもして許しをえ。それで済むなら死なない程度なら笑顔で殴られてやれ】って。ちょっとはぶいたけど、そんな感じ」


「そ、そんな……」

「あの覇王たるセイヤ様が……」


 エルフの二人は愕然とする。

 そこへ。


「クゥーーン……」


「さ、サスケ!? それに、この有りさまは……」


「な、な」

「あのデスフェンリルが!?」


 セージが目にしたもの。

 それは、傷こそ全くついてないものの──

 ドロドロになり、毛のほつれたサスケ。


「お前! 畑や家を守るっていうのに……【戦っていいのは基本的にエルフと魔獣と害獣だけ──人間は盗人とぞく以外、傷つけるな】っていう命令を律儀に守ってたのか!? その感じだと、相当に乱暴だったろうに……」


 とはいえ、先にもべた通り別に傷ついてはいない。

 そこまで自己犠牲という感動話ではなかった。

 しかも、さりげにエルフ相手は許可している始末。


 そして、さらに出てきたのが。


「あっ、セージさん!」


 相も変わらず、ニコニコした表情のキサラギだった。


「き、キサラギさん?」


「これ……スイマセン。なんか、新しい領主様、すごいっスね。蔵のほとんどを持っていかれちゃいまして。収穫をおすそ分けする約束なんですが、これだけしか。本当はもっと差し上げられる予定だったんスけど……。いやぁ、あんなに大口を叩いてたのに、恥ずかしいっス!」


 キサラギは荷車に袋を載せて運んで来ていた。

 その袋は、そこそこの数がある。

 照れた顔で、その内の一袋を差し出すキサラギ。

 その袋には、小さな芋がギッシリ詰まっていた。


「え、これ。あの新しい領主様、備蓄のほとんどを持っていっちゃいましたでしょ? こんなに分けちゃったら、キサラギさんの分が……」


 その言葉に、キサラギは目を丸くした。


「なに言ってんスかセージさん。ご先祖様以来、苦楽を共にした仲じゃないっスか! えと、これからの分は──また畑を作ればいいっス! 何とかなりますから大丈夫っス!」


 恐らく、自分の家の物と等分して持ってきたのだろう。

 他ではない、当事者のセージは感じ取っていた。


 確かに、言葉の通り【農業チート】で何とかなるのかもしれない。

 キサラギのチートの凄さはセージもの当たりにしている。

 だが、すでにそういう問題ではなかった。


「──────」


「──ヒッ!?」

「あ、あぁあ!?」


 先ほどまでたけっていたエルフの二人。

 なのだが、急におびえ始める。


「なぁ。アイナ、エルフィ」


「は、はいぃい!」

「ゎわ、我が王よ! 何なりと!」


「さっきの【初代からの家訓】なんだけど、続きがあってさぁ。ご先祖様が言うには、【ただし、家族が害された時は絶対に引くな。何がなんでも、家族が安全になるまで絶対に報復し続けろ。我が家の名において、死んでもぶちのめせ】──ってな」


 あくまでも、セージの表情は動いていない。


「そそうでいらっしゃいましたかかか!!」

「さすがは覇王様ですうぅうううう!!」


 だが、ガクガクとうなずくく二人。


 どうやら、ハルカの手紙にあった──【覇気】とやらにてられたらしい。


「【自然こそ我が財産】とか言ってたよな? よし、そんなに自然が好きなら──俺から少しれてやるとするか……」


 その言葉とともに、セージは真顔になった。

 エルフの二人はただただ、震えている。



 その夜──領主の館のすぐ横。

 そこに、一つの人影があった。


「自然と人を支配するとかいうカザミ。遠慮なく受け取れ。禁忌魔法・【蔓延はびこ緑樹庭園りょくじゅていえん】」


蔓延はびこ緑樹庭園りょくじゅていえん

 それは、セイヤの代からある魔法。

 とある面積規模を緑化する。

 ただし、キサラギの【農業チート】とは全く違う。


 それから産み出される自然は──

 食人植物が跋扈ばっこし、危険な虫や獣がのさばり始める。


 浸食もそこまでは早くなく、非生産的に過ぎる代物しろもの

 それでも、数時間から一晩もあれば十分じゅうぶんだろう。

 冒険者時代にも、これはほとんど使われていない。

 セージ自身も『これ……あんま使えねーな』と漏らしていた。


 広がったのは領主邸のわずかな面積。

 それでも、脱出するだけでも相当な苦労をするに違いない。


 実は、エルフ内において、これは【迷いの大森林】の元になった魔法と伝えられているものだった。



 そして翌朝、【エルブリッジ】の村内にて。


「あ、【これ独り言なんだけど】! 今の領主様、横暴だし、誰か親切な人がいたら解決してくれないかなぁ!」


 セージは意味不明なセリフを言っていた。


「せ、セージ様?」

「我が王よ、今のは一体どういう……」


「さあ? こういう領民のなげきって、案外、天が聞き届けるって噂があるらしいよ」


「?」

「??」


 その言葉に、エセ双子は首をかしげるだけだった。


 数日後──

 何とか無事に領主邸を脱出したカザミの、解任人事が国から通達される。


「あ、あの……」

「これ、絶対に人為的なものですよね……」


「お、おう。こうも確実で早いとは。あれから【エルブリッジ】にも諜報員を配置してくれるって話で、【合言葉】も教えてくれてたけど……実はフォレストエルフより、謙遜けんそんしまくってたマーメイドのがヤバいんじゃないの……」


 二人に聞こえないほどの声で。

 セージはそう呟くのだった。

 そのセリフはちょっと引き気味だった。

 自分が発令したクセに。

 とうか、どの口が【武力と森で解決】などとのたまうのかという話であった。



 そして、この話にはオチがついてくる。


「偶然とはいえ、良いザマでございますね!」

「我が王の意向に背く時点で、万死にあたいすることに変わりはございません」


「君ら、言い過ぎ。大なり小なりで、俺らも完全無欲ってワケじゃないっしょ。人間、誰しも欲深い面はあるし、重箱じゅうばこすみまでつついてたらキリがないって。ん? 王の意向に背く時点で万死に値……? そう言えば、君らなんだけど──」


「すすすすぐに備蓄を戻しませんとね!」

「アア、アイナ! 一番槍いちばんやりほまれは譲りませんよ!」


 二人は露骨に誤魔化した。

 王の意向云々においては自覚があるらしい、

 とはいえ、彼女らの欲など、今回に比べればまだ可愛いものである。

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