第8話 エルフ無双できないアフター・魔獣の王の飼育調教

「ほーら、サスケ! 取ってこい!!」


「ワンワン!!」


 木の円盤を投げるセージ。

 それをダッシュで追い、キャッチする子犬。


「うぐぐぅ」

「我々だってそれくらい出来ますのに……!」


 エルフコンビは地団太じだんだを踏んで悔しがっていた。

 犬にすらジェラシーをおぼえる。

 それが、エルフという種族。


「よしよし、サスケは賢いなあ!」


「わう!!」


 頭を撫でられ尻尾を振る子犬。


「そ、それよりも我が王よ!!」

再三さいさん、申し上げますが! それ、魔獣の王・【デスフェンリル】ですよ!?」


「いや普通の犬だよ」


「戦闘力的にはエルフに匹敵するんですよ!?」

「別名【森の死神】です! なんで今回に限って、そんなにかたくななんですか!?」


 それは、これより三日ほど前のこと。

 セージが畑に行こうと家を出ると、道端に木の箱が落ちていた。

 その中にこの子犬が入れられており、捨て犬として保護。


 そのまま連れ帰ったのだった。


 そしてセージは子犬に【サスケ】と命名。

 サスケは賢く、すぐにセージに懐いた。

 今では様々な芸すら覚えているのだった。


「俺、犬好きだから。それよりも、サスケの芸なんだけど。見る?」


「またですか!?」

「王よ! もう十回目ですよ!?」


 セージは親バカの資質を有していた。


「サスケ! お座り!」


「わん!」


「お手!」


「わふ!」


「敬礼!」


「ばう!!」


「敬礼!?」

「それ骨格的に可能なんですか!?」


「え……そんなこと言われても……現実に出来てるし……」


「こうなったら!」

「私たちにも芸を仕込んでください!!」


 居場所を奪われる危機を感じた二人は、なりふり構わない手段に出る。


「やだよ」


 そして、一か月が経過した。

 サスケはその間も健康そのもの。

 スクスクと成長している。


「おー、サスケ、成長期だなー」


「わうん」


「セージ様……いい加減、受け入れましょうよ……」

「すでに我々の三倍くらい大きくなってるではないですか……」


「それはまあ、そうだな」


「!!」

「わかってくださいましたか!!」


「ああ。ちょっと大きな──品種だな!」


「「────」」


 話の通じなさに絶句する二人。

 いつもとは完全に立場が逆だった。


「しかもさ、最近のサスケ。自分で自分のご飯を獲ってくるんだよ。偉いよな」


「そりゃあ、食物連鎖の頂点ですからね……」

「大森林で最初に出くわした【エビルモンキー】なんかとは格が違いますよ……」


「そうか……これは──品評会に出すと、優勝してしまうかもしれん。賢さだけじゃなく、毛並みも自慢だし。とうとう俺もトップブリーダーの仲間入りか……!」


「ひ、品評会」

「会場が阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄と化しますよ!?」


「おっと、ちょっときじ撃ちに行ってくる。サスケ、そこのなんちゃって双子のお姉ちゃん達と遊んでもらいなさい」


 雉撃ち。

 女性で言うところのお花摘み。

 つまりはトイレである。


 そして──セージがいなくなった瞬間、場の空気が変わる。


「エルフィ。今のうちに──りましょう。この畜生ちくしょう風情を、これ以上のさばらせるわけにはいきません」

「ええ。これも王の安全と我々エルフの安寧あんねいのため。あくまで嫉妬からではなく、一族と我らが王のために戦うのです」


「グルルルルゥ……!」


 大義名分らしき言葉をかかげているが、どこからどう見ても私怨しえんだった。


 ………………。


「ただいま~。あれ、なんでみんな、ボロボロなの?」


「きゅーん」


「このに及んで犬のフリをするのはやめなさい!!」

「ま、まさか痛み分けになるとは。さすがはデスフェンリル……」


「サスケ──まさかアイナとエルフィにイジメられたのか!?」


「ち、違います!!」

「ご覧ください! 私たちも、この有様ありさまですよ!?」


「うーん……まあ、普通に遊んでくれたんだったら文句がないどころか、ありがたいんだけどね。血の気の多さを発揮して、サスケを始末でもしようとしてたら──エルフの長老に頼んで二人を返品・交換するところだったよ」


 ここ最近、ひょんなことからセージはエルフの里の長老と文通をしている。


 その手紙の中の一つにはこう書かれていた。


『アイナとエルフィは何か粗相そそうをしておりませんか? もしお気に召さなければ、代わりをご用意しますので、いつでもお申し付けください』


 エルフの世界は弱肉強食。

 下剋上げこくじょうもまかり通る、修羅の国だった。

 エルフの王族の中でも、勇者にはべる候補──その競争率は特に高い。


「クーリングオフだけは何卒なにとぞッッ!!」

「サスケとは笑顔で遊んでいただけですので!!」


「そっか。疑ってゴメンな。まぁ、同居人なんだし、せっかくだからそのまま仲良くな?」


「は、はい……」

御心みこころのままに……」


 渋々しぶしぶうなずく二人。


 この一件もエルフの書に記されることになる。


『勇者は魔獣の王・デスフェンリルすらも従える。しかしその魔獣は、エルフ族の不倶戴天ふぐたいてんの敵である』


 と。


 ともに天をいただかず。


 二人がサスケを一方的にライバル認定した瞬間だった。

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