それから、しばらくのことは覚えていない。

 ただ、「目覚め」と同時に王子が歩み寄り、ひざまずいた。


「わたしは、先代の闇の王の息子。闇より生まれし王の子であります。

 人は、わたしをキャムロルと呼びます。齢二十七。姫より十三上にございます。

 どうぞ我ら闇の者にお力添えを」

 王子は一礼すると、後ろを指さした。

 王子の後ろに、まるで王子の影のように付き従う男が四人。藍色の衣をまとって、王子と同じく跪き、うやうやしくこうべを垂れている。

 ひとりはとても若い…… ように、見える。


「こちらに控えておりますのは、闇の魔道をおさめし者達です」

 藍色の衣を纏った魔導師達は、恭しく頭を垂れたままだ。決して、おもてを上げない。


「ソナタ、名は。何と申す」

 わたしの口からこぼれた言葉は、それだった。


 わたしは、ただ、この人達、この魔導師達の名前を知りたかった、それだけで。ほんとに軽い気持ちで訊いてみた、そのはずだった。なのに……

 これは、わたしじゃない。

 でも、認めたくなくても、今のは、わたし。わたしの声。わたしの口。わたしの言葉。

 そんな困惑しているわたしを見透かしてか、一番年輩の感じがする魔導師は答えた。

「まだ目覚めが完全ではありませんな、姫。不完全な目覚めは苦しいもの。早く姫に身体をお譲りなされ、ヨウマウチ ユリ殿」


 わたしは、はっとした。

 ここ――… といっても、いまだに何処どこかは分からない。けれど、暗くて、冷たい壁に囲まれた、一つの部屋のように思えるところへ来て。はじめて、わたしの名前が呼ばれた。口にされた。

 声になった。音になった。


 年輩の魔導師は、にやりと笑う。

 またも、わたしの心を見透かしたかのように。

 わたしは、驚きと恐怖が入り混じって。何も、声に、言葉に。唇から何かを紡ぎ出すことが、出来なかった。

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