弐


 少女の体は、ビクンと動いた。

「ユリ、ユリ、思い出すのだ。

 お前が感じたこと、思ったこと、お前の身の周りで起きた全てのことを。思い出すのだ、ユリ」

 ユリと呼ばれた少女はその誘いかけるような、それでいて多少の恐怖感を覚える声にうなずく。

 そして再び、気怠けだるい眠りの世界へと戻っていった。

 PPPPPPPPP

 そこへけたたましく鳴り響く不快な機械音。それは、その場の静寂と、ユリという少女の眠りを破った。

 もう、朝?!

 ユリは腕を伸ばし、その音を止める。周囲には静寂が残された。

 朝といえど、まだ陽の昇らぬ朝方。外は、黒の世界を連想おもわせる紫に染まった雲が一面を覆い、光を妨げている。

 星の光も、陽の光も、すべての自然の光が失われている現在いま

 しかし、それもあとわずか。あと僅かの時間で……


「見付けましたぞ、我らが姫を」

 闇の中に、その声だけが響く。ユリに命令を下したのと同じ声。

「おお」

 感嘆の声と共に、闇より藍色の衣を纏った三人の男が現れる。

「して、姫は何処いずこに」

 その内の一人が尋ねる。

「もちろん、この人間界にであろう。光と影とが未だ共存し続ける、愚かな文明の世界よ。のう、バルジビア」

「はい、その通りでございます。クラウスト様」

 バルジビアと呼ばれ、ユリという少女を見つけ出した男が答える。

 クラウストと呼ばれた男は、満足げに頷き、こう告げる。

「ここに我らが姫、闇をべる者の召喚を行う。影の欠片、今、我らの前に、その姿現し給え」

 皆が息をのんでクラウストを見守る。

 その手に闇のほのおが現れ、

 すぐに、跡形もなく、消え去った。

 おかしい。闇の焔が消えるということはあり得ない。

 何かが焔を消し去った?!

 その場にいた誰もが疑問を抱いた。

 その場にいた一番若いと思われる者が右手をかざした。

 そして、その手で東を指した。

 あっ

 皆が驚きと恐怖を混ぜた表情になった。

 指し示した若者は、年配の三人にうやうやしくこうべを垂れた。

 次の瞬間、四人は闇へと去った。

 世界には朝がやってきた。

 朝陽の輝きは、闇の存在を妨げる。

 だから、闇の焔は消し去られたのだった。


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