亡き国から逃れて
迷歩
0, 悪夢
ひどく、寒かった。
かつての故郷であった場所。今となっては荒れ果てた地。一国が生まれ、栄え、そして滅んだ。そのことを私はよく知っている。ここに何がどのように在り、そしてどのように失くなっていったかを、まだ覚えている。燃えたこの地は、その戦火を知る者の目にはいまだ燻っているように見える。
「結局、ここで終わってしまうんだな」
かの方の声がした。とても近く、それは、自分の座り込んでいる私の斜め下からだった。
「……バラク様」
かの方のお姿は変わり果てていた。小麦色に焼けた肌は病的な土気色に、覇気のある声を発する唇は乾燥して硬くひび割れ、なにより体温が感じられなかった。それでも眼光は鋭く、美しく。かの方らしさがすべて失われていないことに、正直ほっとする。かの方は今、失われし故郷に視線を投げていた。
「動かないでください、今、治療を……」
そうしてかの方のお身体を見てようやく気付いた。今まで同僚たちから学んできたどの治療をもってしても手遅れとしか言いようのない状態。深々と体の芯まで突き刺さった矢は、抜けば血が噴き出し、抜かずとも皮膚の下で血を溜めるだけの状態にまで至っていた。傷口から少しずつ、しかし確実にかの方の命が零れていく。
かの方の口がもう一度動く。私はそれを、間近で見ている。見ていることしか、できないのか?
「わかっているな、サイモン。私が死んだ時は──」
一層の寒気が背筋を這った。私は必死に、その言葉を打ち消そうともがく──
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