少女 1/61

國分

第1話

 僕の膝の上に座る少女が振り向いて笑う。

 シェリちゃんはいわゆる顔の可愛い子供では無かった。しかし、数分前に出会った大人の男に向けられるその笑顔は、子供っぽい愛らしさで溢れていた。

 僕の母は無認可保育園で働いていた。正直に言うと、そんな母親の仕事をバカにしていた。最低賃金でやりがい搾取する様な職場に奉仕していたからだ。予算がカツカツで、足りない物があれば自分の家から補填するような職場で働く意味なんてあるのだろうか。

 そもそもこの無認可保育園を開いた理由が、経営者の兄が市議選に出る時の点数稼ぎだという事は周知の事実だった。

 そんな志の無い保育園になぜ心血を注ぎ尽くすのか、当時の僕には理解できなかった。

 そんな保育園でも、必要としている人がいて楽しそうに通っている子供がいる事が、更に腹立たしかった。

 それなのにその職場に今僕がいて、子供を膝の上に座らせている矛盾に、心の隅で違和感を覚えていた。

 例え義務を負っていなくても、子供達に人並みの常識を享受させてあげたいと思うのは、保育士としての義務感からか、人の親としての思いやりなのか。

 節分をしたいから鬼役をやって欲しいと母に頼まれたのは、大学2年の時だった。

 家にあったダンボールで鬼の面を作り、押し入れにあった和服を来て鬼になりきる。

 プレハブ2階建ての階段を叫びながらドシドシと音を立てて登ると、子供たちは蜘蛛の子を散らす様に泣きながら狭い室内を逃げ回った。

 その後、面を外し服を着替え2階に上がると、子供たちは泣き止んでいた。状況を考えれば鬼の正体が僕だと言う事はわかっても良い様なものだが、そんな素振りをする子供はいなかった。

 一人の女の子が俺に寄ってきて、膝に座る。人見知りをしない子の様だ。

 シェリちゃんと呼ばれていたその子は、2歳の女の子だった。本名は虹璃瑠と書いてシェリルと読む。なぜ虹と言う漢字がシェと読むのか聞くと、虹はフランス語でシェルと言うかららしい。初見で読めない読み仮名。習字の時間に苦労しそうな画数。暴走族もビックリだ。

 水道の蛇口のひねり方を知らない子、白い米しか食べない子、休みの日にどこに行ったか聞くと海に行ったと言うが、よくよく話を聞くとパチンコだった子。4歳になってもオムツを付けたままの子。控えめに言ってクズの様な託児所に、クズの様な親に育てられた子供が認可保育園よりも高い料金を払って預けられる。

 それでも子供には罪がない。母親が貰っている給与以上に働く理由が少しわかった気がした。


シェリちゃんが死んだ事を母から聞いたのは、その数ヶ月後だった。

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