第11話 学問の街✕尾行①
私だって一応公爵令嬢の端くれなので(自分で忘れることも多々あるが)、貴族の名前に多少なりとも覚えはある。ウロード公爵家。城下にほど近いウロード地方を管理する昔ながらの公爵家で、その主たるウロードの街の真ん中には学術院が設立されている。このアルザーク第一学術院は、いわゆる名門校。アルザーク王国内の特に優秀な少年少女らが将来の跡継ぎや官僚を目指して日々懸命に学んでいるという。実際、王城内で働くためには、このアルザーク第一学術院を卒業していることが入職の第一条件になっているとかいないとか。
そんな学術院を管理する公爵家の嫡男エンドール=ウロードも当然、その学術院で高い成績を収めていて。年齢は今の私より一つ上の十七歳。同じ公爵家として私もお会いしたことあるが、クールな目元が特徴の大人しい少年だった覚えがある。ミィリーネ=シャントット伯爵令嬢と婚約を結んだのは、つい最近みたいだね。昔から交流はあったけど、シャントット家が化粧水開発で一山当てて裕福になったことがきっかけで、持参金目当ての婚約なんだとか。学術院があるから国からの援助も少なくなかったはずだけど……なんせ今は国王陛下が実権を握れてないからなぁ。ミーチェン王太子の手腕の歪みがじわじわと影響しているようである。
――と、そんな感じのウロードの街。
まだ昼前だからか、行き交う人々も少ない。使用人たちが買い出しに出ている姿がちらほら見受けられるくらい。書店や文具屋などが多いなぁ、というのは学問の街ならでは。でも案外甘味屋が多いかも……。
「何か食べたいものがございますか? 言ってくれれば、俺が何でも作りますが」
「待って。あなたが作るの?」
ツッコミを入れるのは私ではなくミィリーネさん。彼女のワンピースがあまりにも汚れていたので、私の着ていたローブを貸している。髪もゆるんだ縦ロールを二つにくくり直したから、いい感じの年相応の魔道士スタイルだ。そんな彼女に向けるイクスの視線は相変わらず冷たい。
「何か貴様に不都合でも?」
「いえ、そういうわけではありませんわ」
そんなイクスに怖じ気付かないんだから、ミィリーネさんも心が強いなぁ……なんて我ながらズレた所に関心しつつ。商店街を歩いていると、石造りの噴水が目を引く広場に出た。その時、とっさにミィリーネさんが私の後ろに隠れる。
「あれ」
彼女の指先を見やれば。
噴水のそばの座っている赤い髪の少女がいた。町娘らしい膝丈スカートを履いて、エプロンを付けている。強いて人目を引くなら、その肩まで伸びた赤い髪くらいか。あとゆったりとした服装でややわかりにくいけど、かなり痩せこけた印象だな。
そんな少女の元へ、気品ある制服を着た艷やかな藍色の髪が際立つ青年が駆け寄っていた。彼は両手にアイスを持って、そのうちひとつを彼女に差し出している。
誰が見ても仲睦まじいデート風景に、ミィリーネさんはハンカチを噛んでいた。
「エンドール様……」
「嫡男ともあろう奴が授業サボりか。ウロード家の先も見えたな」
涙ぐむミィリーネさんをよそにデート風景を鼻で笑うイクス。よし、ちょっと意地悪を聞いてみよう。
「そういうイクスは、もし仮に好きな子から授業サボってデートしようと誘われても断るの?」
「え、貴女様との時間のためなら授業なんて斬り捨てるに決まっているじゃないですか」
あはは~。相手が私だとは仮定してないぞ~? それに授業って斬れるものだっけなぁ?
まぁ野暮な追求はさておいて。私たちは街灯の後ろに(気持ちばかりでも)身体を隠し、二人のデートの尾行を始めた。
お喋りしながらアイスを食べて、近くの雑貨屋を見て回り、小さな公園でブランコに乗りながらまたお喋り。お喋り内容に聞き耳立てても……まぁ、どうってことないよね。エンドールさんの学友がどうだとか、昨日の夕飯がどうだとか。強いて違和感を覚えるなら……。
「あの男、べた惚れだな。やはり早急に貴様の方から振るべきだろう。とっとと違約金でも貰って向こうの落ち度を書類に残し、さっさと新しい婚約者を探した方が有益だな。女の価値は歳を重ねるごとに下がるぞ」
「そ……そんな悲しい現実を言わないでくださいまし! わ、わかっていますわ……女の価値は若ければ若いほど良いことくらい……」
うーん、ミィリーネさんも悲しいこと言わないで~。こちとら身体は十七歳だけど、中身は3✕11をプラスした精神年齢だからね~。ちょっとだけ怖いのさ。もし仮にループ生活を抜け出したあと、一気に身体の年齢も精神年齢まで増えちゃうんじゃないかな……とか。なるようにしかならないとは思うのだが。とほほ。
ともあれ、悲しい女の現実を嘆きながらも、ミィリーネさんは力強くエンドールさんを見つめる。
「でも、わたくしの方が胸はありますわ。大丈夫です。わたくしの方がエンドール様のお手を満足させることができますっ!」
「無駄な脂肪はいつか垂れるだけだぞ」
「きぃぃぃぃぃぃぃいい!」
……とまぁ、声にならない悲鳴をあげたミィリーネさんからのぐるぐるパンチ攻撃なんか、イクスは真っ向から受けつつも全く痛くなさそうな様子なので放っておいて。
やっぱり、女の子の方とはちらほら目が合っている気がするんだよね。
「ふむ……」
「どうなさいました? 俺は貴女様のささやかな胸が大好物ですが、もし貴女様が大きくしたいと命じてくださるのなら、俺はいくらでもご協力致しましょう。なんたって俺らは新婚らぶらぶ夫婦ですから!」
こいつは酔っているのかな~。お願いだから酔っているということにしておいてもらいたいなぁ~。
なんてため息を吐きながらも、私はひとりエンドールさんたちの様子……もとい、その隣で嬉しそうにはにかむ女の子を観察する。
うーん……やっぱり……これはあれだよね……。
どうしよう……これ……とミィリーネさんの様子を窺い見ると、ピタッと彼女の青い瞳と目が合って。
「な、なんですの? あなたもわたくしの胸が羨ましいんですの⁉」
「ねぇ、ミィリーネさん……魔族です」
「まぁ! あなたもわたくしの豊満な胸が化け物のようだと仰るのね⁉」
「いや、そんなこと言ってないから」
この思い込みの激しい伯爵令嬢は~~~~。と最後ため息を吐いてから、私はエンドール次期公爵殿――の隣に座る、どこにでもいそうな赤い少女を指差す。
「あの子、おそらく魔族です」
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