第6話 宿場町✕当たり前の食事の仕方♡
イーフェンの宿場町。王城に一番近い宿場町として、謁見前後の貴族たちが利用する宿が多い。そのため、宿場町という名前から連想する町並みより綺羅びやかな町の雰囲気に驚く旅人も多いのだとか。
無論、私はその点で驚くことはないのだけど(巡礼の際に何度も通っているしね)……それでも、逃亡者である私たちはそんなご立派な町に長居できるはずも――。
「昨晩も言った通り、本日はここに泊まります。でないと、今晩も野宿になってしまいますので」
「いやぁ~、私は大丈夫だからさ」
「しかしですね――」
町の広間の片隅で、屋台で買った鹿肉のサンドイッチを食べながら今後の計画をコソコソ話していると、ふと人集りが目に入った。掲示板に新しく何かが貼られたようである。
「見てきましょう――フードを目深に被り、誰かに話しかけられても無視をすること。それでも何かあれば、すぐに叫ぶこと。わかりましたね?」
「……私は子供じゃないのだが?」
これでも、もう十七歳である。しかも3年✕12年があるから精神年齢は……ううん、考えちゃいけない。それはイクスも同じだし……そもそもそれだけ月日を過ごしたとて、自分が達観したとか思考が変わった自覚もないしね。
それなのにイクスは手づから私のフードを直しつつ「たとえ貴女様が赤子になろうとも、俺が誠心誠意仕えることに変わりありませんよ」と呆れればいいのか落ち込めば良いのかわからないことを言って。彼は食べかけのサンドイッチを口に押し込み、傍を離れる。
あー……最後指についたタレをペロッと舐めてたのカッコよかったなぁ……。
人集りに混ざっても等身の高さもあり、彼のことはすぐわかる。彼は掲示板を一瞥するや否や、眉間にシワを寄せてあっという間に戻ってきた。
「思ったより手が早いですね」
「え?」
「偽聖女として指名手配されましたよ」
「…………はぁ?」
間違いなく、私は国家権力で最高位に認められた『国家聖女』である。
聖女自体は数いれど、聖女は基本は『国』ではなく神ラシェードを崇拝する『教会』に所属する(妹のような例外もたまにいるが)。『国家聖女』は教会が各国に上位聖女を派遣しているという名目の称号ゆえ、しっかりと私の身分はアルザーク王国とラシェード教会が認めてくれているはずなのだ。
それなのに、国から逃げ出した私は『国家聖女』の名を騙った偽物として追われているという。
「……本当にあれは私だったのかしら?」
あの後、私も直接手配書を見に行って。たしかにあの似顔絵は私とイクスで間違いないだろう。名前は伏せられていたけど、髪色や瞳の色、そして身長などはぴったりだった。美男美女という触書も……ふふっ、照れちゃうね。でも有り難いことに、私もイクスもその範疇に入るのではなかろうか。
私の疑問符に、イクスもあっさり同意する。
「概ね、『国家聖女』に逃げられたと民にバレたら国家の威信に関わるから、偽物を捕らえるという名目で連れ戻したいのかと。実際、無傷で捕らえるよう注意書きがありましたし」
「なるほど……」
無傷で、私たちを捕まえるか……。
仮にも魔王討伐に駆り出された私たちを? 無傷で?
さすがの私も鼻で笑っちゃう。
「私、そんなに舐められているのかなぁ? 白魔法だけでも、人間を無力化する方法なんていくらでもあるんだけど」
「それは存じておりますが……あまり人前では使われませんように。それこそ聖女だとバレたら面倒ですので」
「わかってるわよ――それはそうと」
その問題はひとまずそれで流したとしても、だ。
なぜ指名手配された私たちは、同じ宿舎町の宿の、隣からあんあんと如何わしい女性の声が聴こえてくる一室で、のんびり夕食を摂っているのだろうか⁉
しかも――、
「ねぇ、イクス……そのフォークはなんだろう?」
「ほら、あーんしてください。お顔が汚れてしまいますよ?」
一口大に切られた兎肉のステーキが、私の口の前で控えていた。当然、そのフォークを持っているのは真顔のイクスである。しかもそのフォークはイクスが使っているものと同一。
「……私はいつから本当の赤子になったんだろう?」
「だって毒でも仕込まれていたらどうするんですか。それで死んだことがなかったとは言わせませんよ」
「それはそうなんだけどさ……」
毒殺されたのは三回目の時。元婚約者であるミーチェン王子のことが好きだった公爵令嬢が手配した密偵に毒を仕込まれた……んだと私たちは思っているんだけど、真相はわからず。何せ、死んだ直後に戻っちゃうからね。私は死に際苦しんでいる最中に前々から怪しかった令嬢を問い詰めた結果、口を割ったらしい。それからというもの、食事に関してイクスは一層口うるさくなったのだが……。
「本当なら俺が全ての食事を作りたいところですが、こうも旅先の宿ではそれも叶いません。どうか俺が全ての毒味をするということでご勘弁を」
そうだね……お昼のサンドイッチも、イクスが齧って確認したものを私は食べさせられたもんね……。まぁ、毒味は今更なんだけど……。
「せめて食器は変えるとか」
「食器に毒が塗られている可能性は否めません」
「そもそも食べさせてもらう意味は――」
「本当なら俺が一度口に入れたものをそのまま口移しで食べてもらいのに貴女様がわがままだからこれで妥協してさしあげているのですよ?」
わ・た・し・が・わ・る・い・の・かっ⁉
でもこれ以上ごねて、本当に口移しされたら……それはそれで……恥ずかしいし?
仕方無しに目を閉じて口を開けると、そっとお肉が入ってくる。お肉の生臭さはソースでマイルドになり、香辛料も効いていてとても食欲を唆る香りと風味だ。それをもぐもぐ咀嚼しながら目を開けると、イクスが満足そうに微笑んでいた。
「この宿の料理は美味しいでしょう? 一見如何わしい宿ですが、食事はこのように美味しいですし、宿の利用顧客の性質上、金を多く詰めば個人情報もしっかり守ってくれます。下手に野宿するより、安心かと」
うーん……イクスがどうしてこんな裏宿情報を知っていたのか……。気になるけど、聞いちゃいけないんだろうな……。人生十一回もやり直してたらさ、女の人と、その……そういうことしていたっておかしくないんだよね?
私が諦めて小さく嘆息すると、イクスは次のポテトをフォークの背に乗せながら何気なく言う。
「ちなみに俺は貴女様以外の女の身体に興味ありません」
「ぷあっ⁉」
「あ、言うまでもなく部屋は俺と同室でお願いします。身体を拭く時には背を向いているつもりですが、ご用命とあれば何でもしましょう。ベッドも一つしかありませんね? ご安心ください、俺は床で寝ますので。ですが寒いと仰られれば、いつでも人間湯たんぽになりますよ?」
むせる私をよそに一息で言ってのけたイクスは、フォークの上に綺麗に乗せられたポテトを私に掲げてくる。
「ほら、あーん」
と、私好みの美形が忠誠心全開の笑顔で微笑んでくるものだから。
果たして、私は今晩まともに眠れるのだろうか……。私がゆっくり休息できる日は、まだまだ先のことのようである。
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