十二話 最初に女神が

 夕日に照らされた家々が遠く伸びる影を創り出し、港は一時的に影に覆われる。しかし、影色の空と海の狭間から揺らめくまん丸の満月が、その闇を振り払うかのように、淡く純白に輝いていた。

 そしてそんな満月が顔を覗かせている海を背に、一際高い舞台に立っているライゼは白銀のローブをはためかせた。おめかし用のローブである。


 レーラーの影響か、ライゼも若干ローブ収集家になっていた。

 俺が気が付かないうちにいつの間にかそうなっていたのだ。


 まぁ、俺ももしローブが着れる身体だったら、レーラーに布教されていて、ローブ教の信者にでもなっていただろ。

 なので、そこまで気にしていない。


「みなさな、この度は僕の魔法幻燈会へお越し下さり、ありがとうございます」


 夕日が完全に落ち、満月の光だけが港を照らす。他に光はない。

 そしてそんな中、観客である町中の住人が月光に煌くライゼを見る。


 観客は大人と子供でいる場所が分かれている。

 子供たちの方が大人たちよりも前にいる。子供が大人の足元にいると、危ないし、それに見えにくいだろうというライゼの配慮だ。


「今宵は終祝祭。幸い今日は晴れました。ですので満月と天に輝く極彩色の大河を眺めていたいところですが、それはもう少し後の方がよろしいかと思います」


 満月の全身が海に映る。丁度、ライゼの頭の上に来る。

 月が昇るのは意外にも早い。


「夜天に見惚れて、冬の海に落ちてしまったら困りますからね」


 そして、ライゼのその言葉と同時に港の石畳が淡く月光に輝く。ふわふわと蛍の様に月光の光がゆっくりと舞い上がっていく。

 観客は、特に子供たちはその光を掴もうと必死に手を動かす。興味深く、好奇心旺盛に目と手と体を動かす。


「おっと、危ないですよ」


 と、そんな子供の一人が躓き、転びそうになる

 だが、その子供の襟を突然現れた月光の鹿が咥え、背中に乗せる。


 それを皮切りに、月光によって造られた鮮やかな動物たちが港の会場中に現れる。鹿、馬、猫、犬、狼、熊、イノシシ、小鳥、鳳。それぞれが子供や大人たちの間を魔法の様に縫いながら縦横無尽に駆けまわる。

 決して誰にぶつかることなく、けれど、時たま遊ぶように、祝福する様に動物たちは観客に寄り添い、淡く儚く月光を輝かせる。


 けれど、晴れていた夜空に一つの雲が出来上がる。

 それがゆっくりと広がっていき、星々を隠し、ついには満月を隠してしまった。


「あ」


 誰が呟いたのか。

 寂しそうに、世界は真っ暗に染まる。

 

 観客を闇が襲う。先程まで一緒にいた月光の動物たちは揺らめきながら溶けて消えてしまい、また、石畳も闇に染まっていた。

 突然の事に多くの観客が唖然として、縮こまっている。


「最初に光が闇の世界に降り立った」


 そして港が闇に染まり、数十秒くらい経った後、ライゼが一節を謳う。

 すると、一匹の蝶が現れる。極彩色に輝き、煌く鱗粉は虹を創り出す。


「光は孤独な闇を憂い、手を差し伸べた」


 極彩色の蝶は旋回していく。

 すると、その中心で虹の鱗粉に染まらない闇が出来上がる。光に染まる事のない闇は不自然に浮き上がり、そして蝶の形に彩られていく。

 

 そして旋回していた極彩色の蝶は闇の蝶の周りを縦横無尽に飛び回り、闇の蝶は戸惑いながらも、ゆっくりと闇の翅を羽搏かせていく。

 そして、闇の翅は極彩色の蝶の鱗粉によって夜闇の如く美しく輝き、逆に虹の翅は闇の鱗粉によって影という色が作られた。


「そして光と闇の間に太陽と月が生まれ、太陽と月は昼と夜を産んだ」


 その呟きはライゼの詩ではない。

 光の蝶と闇の蝶をを見ていた一人の女の子が呟いたのだ。


 その呟きに呼応する様に、太陽の様に輝く蝶と月の様に淡く微笑む蝶が生まれ、さらに昼の様に温かい蝶と夜の様に優しい蝶が生まれた。


「昼と夜は、彼は誰時と誰そ彼時を生み出した」


 男の子が呟く。

 その瞬間、昼の蝶と夜の蝶が交わり、そこから蒼と紅と黒と揺らめく宙が混じった蝶が二匹生まれた。

 二人は親の周りを飛び回る。


「次に、光と月は海を生み出し、闇と太陽は空を生み出した」


 シスター服の女性が呟いた。彼女は胸の前で手を組み、祈る様に頭を垂れる。

 そんな彼女の祈りに応えるように、淡い蒼が蝶の上に創り出される。


「月と夜は空に星を与える」


 八百屋のおっさんが呟く。シスターの尻を追っかけている事だけはある。

 その執念が夜空を覆っていた雲を晴らしていく。

 ゆっくりと月が現れ、幾星霜に命の輝きを放つ星々が現れる。


「光と星は大地を生み出す」


 服屋のお姉さんが呟く。

 瞬間、星に輝くように石畳が煌きだす。玲瓏たる儚い光が浮き上がり、観客たちを照らしていく。


「海と大地は炎と水を生み出し、炎と水は自然を生み出した」


 宿屋の女将さんが呟く。

 炎の蝶と水の蝶が現れ、また、深緑の苔に覆われた蝶が現れる。


「空と自然は風を創り出し、大地と自然は土を創り出す」


 パン屋のおっさんが呟く。

 風を纏った蝶と土に生まれた蝶が現れる。


「風と水は嵐を生み出す」「自然と水は大河を生み出す」「自然と土は豊かな森を生み出す」「月と炎は鳥を生み出す」「海と水は魚を生み出す」「太陽と空は雲を生み出す」「彼は誰時と誰そ彼時は虫を生み出す」「彼は誰時と誰そ彼時と星は過去を創り出す」「彼は誰時と誰そ彼時と太陽は未来を創り出す」「海と…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


 ライゼが大きく息を吸う。


「そして世界は誕生した」


 瞬間、彩色豊かな数百、数千の蝶が港の会場を飛び回り、世界のあらゆる存在を纏った蝶たちが舞い踊る。


 それは女神による世界誕生のお話。数千年も数万年も受け継がれてきたお話。

 世界は創られたのだ。一人の女神と闇によって。


 そしてそれからライゼの魔法幻燈会は二時間ほど続き、終わった。

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