三話 弟子
「ッ」
その蒼い宝石のペンダントを見た瞬間、レーランは半眼を見開いた。
「……鼠の穴は玄関下とはこの事か」
そして、レーランは心底疲れたように呟いた。
鼠の穴は玄関下とは、灯台下暗しみたいなニュアンスだ。
探し物は直ぐ近くにあるという感じの意味である。
レーランはジッと蒼い宝石のペンダントを手に取って見つめている。
ライゼはそんなレーランに戸惑っている。
「……ライゼ、私の本当の種族は
「えっ」
『うぇ?』
そしてライゼは驚く。俺も驚く。
当たり前だ。何故なら、
それに彼女は魔王討伐の際に勇者と共に戦ったと聞いている。
そういう話が、物語が残っているのだ。王宮発行の書物で。
いや、まさか。
「……レーランせ、いや、レーラー先生は勇者の……?」
「うん、そうだよ」
レーランは、いや、レーラーはあっさりと頷く。
というか、そんな事はどうでもいいと思っている感じのような。いや、違うな。
「……というか、私は最後まで踊らされたというわけか」
艶やかな唇を若干歪めてそう呟いたレーラーは、呆然としているライゼを真剣な瞳で見る。いつもは半眼なのに、今だけは違う。
「……ライゼ、私の弟子にならない?」
ライゼは突然の言葉に驚いている。
ライゼはレーラーの研究助手をしていて、レーラーから魔法を教わっているが、しかし、弟子ではない。教師と生徒の延長線上だった。
「……弟子……?」
ぽつりと聞き返された言葉に、レーラーは少しだけ焦りながら理由を説明する。
「うん。最近、えっと五年前くらいだったか、そのペンダントの持ち主、つまりライゼが言う老人にね、弟子を取ってくれってお願いされてたんだ。まぁ、ライゼも知っての通り見習い魔法使いの死亡率は高いし、特に私は放浪の身だからね。断ったんだ」
けど、と深いため息とともに、レーラーは続ける。
「断ったら、代わりにこの学園で五年間ほど講師をやってくれって言われてさ。まぁ、その返答をする前に死んだんだけどさ。けど、最後の頼みだしなと思ってこの学園に来たわけだ」
そしてレーラーは困ったような、晴れ晴れしたような優しい翡翠の瞳をライゼに向けて言った。
「まぁ、それで二年前から学園で講師をやっててね。ついでにアイツに隠し子がいるとかいないとかを友人から聞いてたから、丁度いいと思って、調査してたんだけどさ」
レーラーははぁとライゼを見る。
俺は何となく読めてきた。
「隠し子の話はライゼ、君で、しかも、アイツが弟子にしてほしいと言ったのも君で。そして君は見習い魔法使いとは言えないほど強くなった。私は弟子を断る理由もなくなったんだ」
手に持っていた蒼い宝石のペンダントを離して、ライゼの手をつかむ。
「私も、そして君もアイツの掌の上だったんだよ。全く、最後の最後まで」
やれやれと肩を竦めるレーラーにようやくライゼは口を開いた。
「……レーラー先生。レーラー先生にとって先生、あ、ええっと名前が分からないから先生って言ってるんだけど、先生はどういう人だったの?」
レーラーはライゼの問いに少しだけ迷う。
どう自分の感情を表せばいいか考えている。
「……可愛い弟子かな。千年以上生きてきて、初めてとった弟子だった」
俺と同じ、不老なのだろう。
「けれど、私は師匠らしい事はやれてなくてね。魔法や魔人の殺し方については教えてやれたと思ってるけど、それよりも多くのことを私は教わったのさ。人を知る事だったり、愛する事だったり、想う事だったり。生活についても色々教えてもらったよ。大切で可愛くて、結局勝てなかった弟子だったな」
それは独白で、いつもの無表情では考えられないほどコロコロと変わる表情には懐かしさがあって、美しいと思った。
ライゼも目を見開いている。
「……そうなんだ」
そして感慨深く頷いた。
それから、レーラーの翡翠の瞳をこげ茶の瞳で見つめ返す。
「……これからよろしくお願いします。師匠」
『俺からも頼む、レーラー』
俺はライゼに何かを教えることはできない。共に悩んだり、相談相手にはなれるが教えることはできない。
学びあうことはするが。
「うん。不出来な師匠だと思うけど、よろしくね」
レーラーは淡々と、しかし、尖った耳を少しだけ揺らしながら頷いた。
そして思い出したように。
「ああ、そうだ。ライゼ、二年半後には旅に出るから、それは了承してね」
「旅?」
「うん。もともと、私は魔導書収集の旅をしていてね。それと弟子一号たちとの旅の変遷を辿りたいなと思ってたんだ。一人を除いてみんな死んじゃったからさ」
「……うん、問題ないよ。あ、レーラー師匠、言葉遣いって直した方がいい?」
レーラーは首を横に振る。
「いや、いいよ。面倒だし。それと学園内ではレーランって呼んで。ここにいるのが貴族たちにバレると祭り上げられたり、逆にこの国に火種を持ち込むからね。厄介なんだ」
「分かったよ、レーラン師匠」
そして、半年が経った。
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