六話 小さな家で
俺は男の子を見る。フードを取ったから、肩から覗ける範囲で、また、老人にバレないように男の子を覗く。
うん、可愛らしい子だな。
少し灰が混じっているこげ茶の短髪と、スープに映った感じだとこげ茶の瞳。幼い顔立ちで少し気弱そうだ。
ただ、それ以上は見えない。
なので、次は老人を見る。
老人はたぶん八十歳近く。身長はそこまで高くなく、禿げているが蒼い瞳はとても澄んでいた。昔は綺麗な瞳で、大層モテた感じだな。偏見だが。
男の子が買ってきた黒パンをナイフで切ってスープに付けて食べている。また、時折、男の子の方をチラリと見ている。
気づかれないように用心しなきゃ。
“隠密”は動かないかぎり見つかることは少ないが、めっちゃ強そうな魔物には見つかったんだよな。この老人から漂う魔力は結構な大きさなので、少し用心が必要なのだ。
にしても、静かだな。
男の子も老人も美味しそうに一口一口を噛みしめて黒パンとスープを食べているが、しかし、言葉を交わしていない。
それに何となく男の子は老人に対してよそよそしい雰囲気を感じる。まぁ、そもそも八十近い老人と小学一年生くらいの男の子(たぶん)だけが、こんな小さな家でご飯を食べている事自体が少し不思議なのだが。
ただ、その不思議に感じる俺の感覚は前世の常識によって作り出されたものであるから、何ともいえないのだが。
そう思いながら、男の子たちの食事を見守っていたら、食事が終わった。
男の子は余った黒パンを机の上に置いてあった籠に入れて、また、自分のと老人のスープのお皿を流し台に持って行って、軽く水に当てて洗っていた。
洗剤とかはないらしい。
そして、机でお茶を飲んでいた老人の前に座って、懐から小銀貨を一枚、老人に渡した。老人は溜息を付きながら厭々それを受け取った。
それから老人は席を立ち、どこかへ消えた。
男の子はその間に蒼く光らせて、小さなポーチをどこからともなく取り出し、そこからA4ほどの大きさの分厚いノートと羽ペンを取り出した。それから、ポーチを仕舞う。
そして丁度、老人が手に幾つかの書物を抱えてやってきた。老人がその書物を机において座った後、男の子は老人に頭を下げた。
老人はそれに対して何とも言えない困った表情をしながら頷き、手元にあった書物の一つを開いていく。
そして老人は男の子に何かを教えていた。
Φ
そうして、俺が男の子に張り付いてから三週間。分かったことが幾つかある。
男の子には小さなこげ茶の角が生えていたことだ。そういう種族がいるという事が分かった。
また、男の子と老人は家族ではなく、分かりやすく言えば師弟関係みたいなものであった。いや、師弟では無いな。男の子が老人を教師として雇っている。
老人の方はお金なんぞ貰わずに教えたいと思っている表情がありありで、何度か男の子にそんな感じのニュアンスの言葉を発していたが男の子が断っていた。
また、男の子は晴れだろうが雨だろうが天気に関わらず、毎朝日が昇る前に起きてローブを羽織り、魔草の採取に出かけていた。
また、夕方になると冒険者ギルドっぽいところに行って配達の仕事もしていることが分かった。あの現れたり消えたりするポーチ――これからは空間鞄と呼ぶ――で身軽に動けることが大きな要因だろう。
あと、男の子に張り付いていたのでお金の価値も分かってきた。
こっちの物価換算で小銅貨が一円、大銅貨が二十五円、小銀貨が千円……それ以降は分からない。見ていないから分からない。
ただ、パン屋さんでの基本的なパンの値段を見る限り、そこら辺が妥当ではないかと考えている。
あ、それと少しだけ文字が分かる様になってきた。言葉もだ。
男の子は老人に文字や言葉、また、算術に歴史などを教えてもらっていた。あと、魔法っぽいものを教えてもらっていた。
そう、魔法みたいなのがあったのだ。
老人が体内から魔力を放出して、それを操りながら言葉を呟くと魔訶不可思議な現象が起きたのだ。
男の子はそれを真似て、魔力を蝶々へと変換していた。まぁ、それしかできていなかったともいえる。
老人は男の子に〝水を出す魔法〟や〝火を出す魔法〟、〝埃を掃く魔法〟などを教えていたが、男の子には難しかったらしい。いつも微妙なところで失敗していた。
それから、数ヶ月後のある日、老人が倒れた。まぁ、もう歳だからな。
男の子は老人が倒れたことに慌てふためいていたが、自分で顔を叩いて冷静を取り戻し、家を飛び出して、近所の大人を呼んだ。大人たちは最初は不審がっていたものの、男の子の必死さによって家に駆けつけ、老人はベットに寝かされた。
それから医者が来て、老人を調べた後、老人が目を覚ました。男の子は目に涙を溜めて飛び込んだ。
ただ、それ以降、満足に歩ける事はなくなった。なんでも、急に足腰が弱くなってしまい立つのが難しくなってしまったのだ。
それから、二週間後。ベットで儚く寝ている老人が男の子を呼び出した。
そして、俺の方を見たのだった。
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