第14話 彼女の気持ち

「ひぐっ……ひっく」

「もう泣くなよ。なんなんだお前は」

「だって……」


 ようやくリアラが泣き止んだのは俺が彼女の家を訪れてから一時間くらいが経ってのこと。


 その間、使用人もリアラの父親も誰も居間には来ず。

 まあ、来られても困るのだけど一体どこにいったのやら。


 とりあえず、ここに来た目的はリアラに会いに来ることだったので、さっさと二人で帰ることに。


 大きな門をくぐって道に出ると、リアラが腫れた目をごしごしとこすりながら、何かを呟いている。


「どうしたんだ。まだ何かいいたいことあるのかよ」

「……もう浮気しない?」

「だから、俺とお前はそもそも付き合ってもないのに浮気もなにも」

「するんだ! それ、するやつだ!」

「……なんでだ」


 なんで、俺が浮気したらダメなんだよ。

 その理由を、この際だからはっきり聞きたかった。


 俺が好きだから他の女と遊んでほしくないっていうのなら、はっきりそうだとリアラの口から訊きたい。

 そう思って彼女を見ると、震えながら顔を赤くする。


「……だって、浮気されると困るから」

「困る? なんだそれ」

「だって、雅君が浮気して、それが家にバレて婚約解消になったら、お見合いの話が再燃するかもだから。だからダメ、絶対ダメ」

「……それだと俺、お前以外の女と遊べないってことだけど」

「い、今だけだもん! だから、今は他の女の人とは、あ、会わないで……」


 最後は、もう耳を傾けないと聞こえないくらい小さく。

 リアラが下を向いてそう言った。


「……わかったよ。俺も嘘に乗っかった身として、それくらいのことはしてやる。その代わり、お前も早くちゃんとしろよ」

「う、うん。ガンバル」

「あとさ、今日買ったパンだけど、食べるか? まゆみさんの奢りだけど」

「食べる! 早く帰ろ」

「ああ」



 真っすぐアパートに帰って部屋に戻ると、リアラは先にシャワーを浴びると言って風呂場に向かった。


 彼女を待つ間、俺は考え事をする。

 さっきのリアラの発言についてだ。


 俺が浮気をしたら、婚約解消になってお見合いさせられるから、だから他の女と会うな、か。


 ……嘘だな。

 咄嗟の言い訳にしてはよく考えた方だろうけど、絶対嘘だ。


 あいつは俺が他の女と遊ぶのが嫌なんだ。

 ということはつまり、まだ気があるということだ。


 ……いつからだ?

 この同居生活で、俺に対する情が戻ってきたのか?

 それとも、そもそも嫌いになんてなってなくて、ずっと俺のことを好きだったとか……。


 いや、それはない、か。

 でも、あいつが俺を意識してるのは間違いないと、今日それだけはわかった。

 まあ、あんな性格だから、それを問い詰めても認めないだろうけど。


 さて、そうとわかればどうするべきだ?

 実は俺も好きだったんだって、素直に告白するべきか。

 いや、それで万が一勘違いだったら赤っ恥をかくだけだし、そもそも俺だってまだあいつとの付き合い方に迷っている最中だ。

 

 じゃあどうするべきか。

 それは明確だ。


「あがったよー」


 体を洗い流してさっぱりした様子で、まだ夕方なのにパジャマ姿になったリアラを見ながら俺は決意する。


 こいつに、俺を好きだと言わせてやる。


「なによ、ジロジロみないでエッチ」

「……へそ、見えてるぞ」

「え、うそ、やだ!」

「……トイレ行ってくる」


 うろたえるリアラをよそに、俺はトイレに閉じこもる。


 そして座り込むと、はあーっと深いため息をつく。


 なんだよこの状況は。

 今まで、あいつは俺のことを大っ嫌いだと思ってたから我慢してたのに。

 

 確かに俺は、あいつに愛想を尽かしていた。

 別れた方がいいと、俺から提案したのもあの頃は本気でそう思ったから。

 

 でも、離れてみてすぐに思ったんだ。

 やっぱりリアラが他の男にとられるのは嫌だなって。

 

 ただ、あいつとうまくいく方法なんて思いつくはずもなく。

 むりやり復縁してもまた、あいつの態度に俺がキレて、喧嘩して破局するのが目に見えていた。


 だからお見合いの話を相談された時は、はっきり言って困った。

 あいつが他の男のものになるくらいなら協力してもいいかと、割り切っては見たもののやっぱり自分のことは自分がよく理解していたようで。


 こんなにずっと一緒にいたら、あいつを好きだという気持ちがどんどん強くなってしまっている。

 まだあいつとうまくいく方法なんて何も見つけられてないのに、好きだという感情だけが独り歩きしてる。


 さて、どうしたものか。

 俺はリアラが可愛くてしかたない。

 でも、あの言葉遣いや態度は正直受け入れがたい。


 素直じゃないのもほどほどなら可愛いが、度を越えるとめんどくさい。


 だったら。


 あいつに素直になってもらうしかない。


 あの性格を根っこから直せとまではいわないが。 

 せめて俺のことを素直に好きだと言えるくらいの性根にはさせたい。

 いや、させて見せる。


 そうすれば、俺だってあいつにもうちょっと素直になれるだろうし。

 好きだって気持ちも、はっきり言えるだろうし。


 よし、それでいこう。

 それに、リアラが本当に俺のことを好きでいてくれるなら、お見合いで他の男にかっさらわれるなんて心配もないわけで。


 もう一度、あいつに好きだといわせてやる。


「ちょっとー、長くない?」

「ああ、もう出るよ」


 リアラの呼び声に応じて、さっさとトイレをでる。


 すると、目の前にリアラが立っていた。

 

「うわっ! な、なにしてるんだよ」

「……あやしい」

「あやしい? なにが」

「トイレでこそこそ誰にラインしてたの?」

「し、してないって。腹が痛かっただけだよ」

「いつもそんなに長くないのに。おかしい、絶対おかしい」

「そ、そんなに言うなら携帯見ろよ」

「消したかもしれないじゃん」

「……何もないって、ほんとに」


 リアラは、本当にツンデレとかヤンデレとかなんやらデレとかのデレを除いてミキサーでぐっちゃぐちゃにかき交ぜたみたいな性格をしている。


 いいとこどりならぬ悪いとこどりだ。

 めんどくさいなんて騒ぎじゃない。


 でも、


「雅君、パンおいしかった。ありがとね」


 そう言って、少し首を傾けながら笑顔になるリアラは、いくら憎いと思っても可愛くて仕方ない。

 直視できないくらいに、可愛い。


「……いいよ別に。今度は、一緒にいくぞ。一人で並んでるのは退屈だ」

「うん、わかった。ナンパされないように監視しとくから」

「だから、あれはまゆみさんが勝手に」

「でも、まゆみさんでもダメだから」

「……」


 ちょっと彼女が怖かったので、俺はさっさと部屋に戻った。


 そしてリアラがトイレに行くと、またため息をつく。

 

 はあ……、それだけ独占欲を全開にしておきながら、まだお見合いの為のフェイクだと、どうしてそう言い張るんだよ。

 

 早く好きだと認めてくれ。

 そしてちょっとでいいから素直になってくれ。

 そうしたら俺も……好きだって認めるからさ。


 


 

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