第13話 勘違いにしても

 まゆみさんのアドバイスを素直に受け入れようと思ったのも結局リアラの存在が大きいのだと思う。


 あいつが素直でない分、俺はあいつみたいにはならないと、そういう反抗心がそうさせてるのだろうという自覚はあった。


 でも、今は理由はどうでもいい。

 あいつがなんで急に実家に帰ってしまったのか、その理由わけの方が大事だ。


ほんと、思い付きで動くから困ったやつだよ。



 目が覚めたら雅君はいなかった。

 時計を見ると時刻は昼の十二時を超えていた。


「やばっ!」


 焦って布団から飛び起きた時、よだれがじゅるっと。

 枕についてしまった。


「あ……」


 もう絶対に洗いたくないと思っていた枕を、泣く泣く洗濯することになったので本当に泣きそうだった。


 でも、雅君は一体どこに行ってしまったのだろう。

 冷蔵庫を開けると、新品の牛乳が入っている。


 ということは、一度帰ってきて……


「え、私が寝てるとこ見られた!?」


 思わず一人で、大声を出してしまう。

 待て待て私、なんか変な寝言とか言ってなかった?


 あんまり覚えてないけど、雅君の匂いに包まれて眠ってたせいか、彼とすごくイチャイチャモフモフな夢を見てた気が……


 あー、どうしようどうしよう。

 ドン引きされてたらどうしよう!


 恥ずかしさでいたたまれなくなって、私はすぐに家を飛び出した。

 そして向かったのはなんとなく駅前。

 そういえば今日、一緒にパンを買いに行く予定だったと、何気なく二人で行くはずだった店を目指す。


 ほんのちょっとだけ期待はあった。

 寝てる私を気遣って、雅君が私の為にパンを買いにいってくれてるんじゃないかと。


 だからそこに行けば会えるかもと、そう思った矢先に駅前の行列を発見する。


「うわあ……」


 いつもは閑散としている駅に押し寄せた大量の人に、私は圧倒される。

 そして、その行列のほとんどがカップルであることを確認して、ため息がでる。


 はあ……実はここのパンって、ちょっとした縁結びで女子高生の間では評判なんだよね。

 一緒に買った人と結ばれるなんて、くだらない話だけど一体誰が最初に言い出したのか。

 パンを買ったくらいでみんなの恋が叶うなら苦労しないってわかってるけど。

 でも、そんな話を信じて彼と一緒に来ようと考えてた私もまあ、並んでる人たちのことは言えないなあ。


 ……さすがにこんなところに雅君が一人でいるわけないか。

 そう思って引き返そうとした時、綺麗な茶髪のお姉さんが列に割り込んでいくのが見えた。


 めちゃくちゃ綺麗な人だ。

 モデルでもやってるのかな? スタイルヤバい。足とか私の倍くらい長い。


 彼氏と待ち合わせかなと。

 あんな美人の彼氏ってどんな人なのかなと、遠目で彼女の行く先を追うと、そこにいたのは……雅君?


 目を疑ったけど、雅君だ。

 私が彼を見間違えるわけがない。あれは正真正銘、私の元カレ鬼龍院雅臣だ。


 ……なんか仲良さそうに話してるけど。

 知り合い? いや、もしかして彼女?


 いや、あんな綺麗な知り合いなんて聞いたことがない。 

 それに結構年上に見えるけど……え、私も会ったことあったっけ?


 うーん、思い出せない。

 見たことあるようなないような。

 でも、誰であったとしても、この店に男女でくるということはつまり、そういう仲だと疑ってかかる方が早い。


 私は口から心臓が飛び出そうだった。

 まさか私と別れてすぐに、あんな年上の美人と仲良くしてるなんて……


 でも、何かの間違いだと信じたい私は、遠くから二人の動向を見守った。

 もはやストーカーだという自覚はある。でも、今は嘘とはいえ婚約者なのだから、婚約相手が他の女性とこそこそ会ってる理由を確かめる権利くらいはあってもいいだろう。


 勝手にそう言い聞かせて、ジッと柱の陰から二人の様子を見守る。


 すると、お姉さんが雅君の分までパンを買っているではないか。

 それに、当たり前のように彼もそれを受け取っている。


 この時私はビビッときた。

 雅君は、年上のお姉さんに飼いならされているんだと。

 

 すぐに二人は傍の喫茶店に入っていく。

 確定だ。もう疑う余地はない。


 ……あ、泣きそう。

 やばい、動けない。


 え、雅君はやっぱり私に興味なんてこれっぽっちもなかったんだ。

 

 そうわかってしまった私は、しばらくその場に座り込んでしまった。

 じっと考えた。自分がとんでもない迷惑をかけていたことを。


 やっぱり彼はもう、次の恋に進んでて、それでも優しいから私のわがままに付き合ってくれてただけで。

 そんな彼に迷惑をかけて、それでもどこかで期待していた自分があほらしくなってしまった。


 やがて立ち上がり、フラフラと家に帰るとそのままにしていた朝食の食器を片付ける。


 そして彼の匂いがついた布団を、そっとたたんでからメモを書く。


 『実家に帰ります。探さないでください』

 

 ……こんなんでいいのかな。

 もう、よくわかんないや。


 私は鍵を閉めて、家を出る。

 彼と数日だけど一緒に過ごしたこのアパートを、懐かしむように何度も振り返りながら、そっと実家に足を向けた。



「やっぱり大きいな……」


 今、リアラの実家の前にいる。

 まあ、俺の家の隣だけど。しかしまあ何度見ても慣れない。


 あまりに立派な門は、巨人専用に作ったのかというくらいデカい。

 でも、行かないわけにもいかないだろう。

 このまま意味も分からずリアラがいなくなるというのは、やっぱり嫌だ。

 それにしてもリアラのやつ、自分の方からお願いしておいて勝手に逃げるとは、本とわがまますぎて嫌になる。


 玄関のチャイムを鳴らすと、使用人らしい人の声で「はい、どちら様ですか」と。


「すみません、鬼龍院雅臣です。リアラさんに用事がありまして」


 そう話すとしばらく沈黙があった。

 監視カメラとかで確認でもしているのか。


 門の前で待たされる間、変な緊張感が襲う。 

 このまま締め出されるなんてのは勘弁してほしい。

 

 その願いが通じたのか、やがて門がゴゴゴッとゆっくり開く。


 そして出迎えてくれたのは、


「久しぶりじゃな、鬼龍院君」


 リアラのお父さん、橘豪介だった。



 あの日、リアラと一緒に嘘のご挨拶に伺った時に通された居間に今日も案内された。

 リアラの姿はない。


「鬼龍院君、娘は今しがた帰ってきて自室で眠っておる。」


 リアラ父の顔が少し怖い。

 喧嘩でもしたのかと、言葉にはせずともそう言いたげだ。


「いえ、僕が買い物に行ってて帰ったらいなくなってて。どういうわけかさっぱり」

「ふむ。君は一人で買い物をしていたのだな」

「え、まあ。途中、人と会いましたが」

「ほう。それは女性か?」

「え、いや、そうですね。友人の姉です」

「……ユウジンノアネ?」


 急に父親の目が丸くなる。

 何か変なこと、いったっけ?


「ええ。佐野さんはご存じですよね? そこの娘さんのまゆみさんと。たまたまですが」

「おお、佐野君の娘さんか。こっちに帰ってきてたとは。……え、それだけ?」

「そ、それだけですけど」

「……」


 リアラ父は、「ふむ」とこぼしながらスッと立ちあがり、そのままどこかへ行ってしまった。


 そしてすぐに大きな声が聞こえる。


「リアラー、話が違うぞー! 佐野君の娘と偶然会っただけだってー」


 どうやらリアラを呼びに行ったようだ。

 でも、話が違うって? 


 何がなんやらと、座ったまま首を傾げるとすぐに足音が。

 そして息を切らしたリアラが、居間に登場した。


「リアラ! お前、何急に帰ってんだよ」

「……雅君、浮気したと思って」

「はあ? なんだよそれ。もしかしてまゆみさんといたところ、見たのか?」

「み、見た……まゆみさんってわからなかったから、その……」


 つまり。俺がまゆみさんといるところを目撃したリアラが、浮気現場を発見したと思って拗ねて帰ってしまったという話。


 なんだそれ、友人の姉の顔くらい覚えとけ……って待てよ?


「浮気ってなんだよそれ。お前……」

「ち、違うの! あの、別にヤキモチとか妬いて怒って帰ったりしてないもん! 私、全然何も気にしてないもん!」

「……」


 めちゃくちゃ気にしてるじゃねえかそれ。

 でも、俺が他の女といてヤキモチを妬くなんて……それってまだ、俺の事を。


「リアラ、お前」

「え、あの、だから雅君がパパに怒られないように事情を説明しに帰ってただけで」

「パパ?」

「お、お父様! えと、だから私の婚約者が浮気とか、お父様が見たらやばいなーって」

「じゃあなんで探さないでくださいなんだ」

「え、まあ、そんなのちょっとやってみたかっただけというか……」


 もう言い訳も嘘も尽きたのだろうか。

 リアラは言葉に詰まると、完全に沈黙した。


 やっぱり、嫉妬してたってことか。

 でも、ということはこいつ、まだ俺の事を好きってこと、なんだよな?

 まあ、もしかしてなんて期待はちょっとあったけど、やっぱり……


「なあリアラ、俺はさ」

「うっ、ううっ、えーん! 雅君が浮気したと思ったー!」

「お、おい泣くなよ……」

「びえーん! 違っててよかったー!」


 もう、隠すつもりもないようで。

 この後もひたすら、「絶対浮気したらやだー!」とか言いながら声が枯れるまで泣き続ける彼女の傍で「もうしないから、ごめんって」と、何度も謝り続けた。


 浮気じゃないのに。

 そもそも付き合ってもないのに、だ。

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