第9話 断れない
♤
突然元カノに泣かれた。
理由はわからない。
心当たりがあるとすれば、俺の呼び方を昔に戻したらどうかと言ったことくらい。
よほど嫌だったのだろうか。
元カレのことを、親しかったあの頃のように呼んだことがそんなに屈辱だったのだろうか。
しかし。
「雅君、ケーキ二つ頼んでもいい?」
「別にいいよ。それに、味も二つともお前が決めるんだろ?」
「わかってるじゃん。ふふっ、ショートケーキとチョコ、両方頼んじゃうもんねー」
随分とご機嫌だ。
甘いものを見たから、だろうか。
まあ、こんなピーキーなやつの心理を探ろうなんて、人間の真理に辿り着くくらい困難な話。
あまり深く考えるのはよそう。
「そういえば、食べたらまっすぐ帰るのか?」
「なに、どこか行きたいところあるの?」
「い、いや別にそうじゃないけど」
昔は、飯食ったらそのあと決まってゲーセンに行ってたっけ。
そんなことを思い出してしまったのも、きっとその呼び名のせいだ。
それに、もしかしたらそうしようと、リアラから言ってくるんじゃないかと思ってしまったのだって。
きっとそのせいだ。
「そういえば、よくゲーセン行ったよね」
「そ、そうだったな。お前は何もかも下手くそだから勝負にはならなかったけど」
「あ、ひどい!それは雅君の教え方が下手だったんでしょ」
「人のせいにするな」
「お、教えてくれたら私だってできるわよ!あんたみたいなグズに負けるわけないもん」
「じゃあ……行ってみるか?このあと」
「え?う、うん。じゃあ、ケーキは一個にする……」
「別にいいよ。時間あるだろ」
「そ、そうだね」
はあ。
なんか言わせたみたいで嫌だな。
それに、言わされたような気分でもある。
だいたい、今こうして俺たちが呑気に飯食ってるのだってこいつの親の目を欺くためという大義名分があるからで。
それがなければ一緒にいるどころか、口すら聞かない仲のはず。
なのに勢いとはいえゲーセンなんて。
別にそんなものに行かなくたって、仲のいいフリくらいできるだろうに。
同棲初日から比べれば随分と気まずさも薄れてきたとはいえ、それで俺たちの関係が何か変わることも進展することも、悪化することもない。
どうなろうとこいつは俺の幼なじみだし、一度付き合った仲だし、別れた関係だ。
何をやってるんだろうな俺は。と、ケーキを食べながら嬉しそうにしているリアラを見ているとよくわからなくなる。
こいつの気持ちがわからなくなる。
俺の気持ちが、わからなくなる。
◇
「そういえば雅君、UFOキャッチャー得意だだったよね」
あの頃よく行った、近所のゲーセンに着いて自動扉が開いたところでリアラが、振り返りもせずにそんなことを言った。
「だったってのは失礼だな。今も苦手になった覚えはないぞ」
「そ、そんなに自信あるんならなんか取ってみなさいよ」
「……ということは欲しいものがあるんだな、お前」
今の俺たちの関係は何も変わらないと言ったけど、関係があの頃と違った今でもこいつはやはり変わらない。
素直じゃない。
欲しいぬいぐるみとかがある時は決まって俺を煽る。
煽ってそそのかしてその気にさせて、自分の欲しいものをとってもらおうとする。
どうして素直に「あれが欲しい」と、その一言が出ないのか。
「な、なんでそうなるのよ!別に私は」
「ああそうか。なら俺はもう下手くそでもいいから、自分で頑張ってみなよ。俺じゃとれそうもないからなあ」
俺は少し変わったと思う。
素直に好きなものは好きと、欲しいものは欲しいと言えていた性格が、ちょっと歪んだ。
少しこいつに似てしまった気がする。
こんな意地悪なこと、昔の俺なら絶対に言わなかった。
リアラに言うはずがなかった。
「……」
そんな態度をとったものだから、リアラは拗ねた。
泣かなかったのは幸いと思ったのも束の間、しかし一番めんどくさいのは実は彼女が拗ねた時だったと、今思い出した。
「……もういい、死ぬ。全然雅君が空気読んでくれないから死ぬ。お見合いさせられてどこかの変態じじいにあんなことやこんなことされて死ぬ。もういい、もういいもん」
拗ねるとこうなる。
こんな彼女をそれでも可愛いもんだと愛でていた時期もあるにはあったけど。
でも、これはさすがにめんどくさい。
好きだとしてもめんどくさいのに、今となればうんざりするレベルだ。
「おい、拗ねるなら帰るぞ」
「帰ったらいいじゃん、私はもうここで変な人に誘拐されていいようにされて死ぬもん。それでいいんだもん、どうせ私なんて」
もはやこいつの性格はツンデレとかヤンデレとかの悪い部分の集合体のようだ。
とにかくめんどくさい。
何度そういえばいいかわからないが、とにかくそうである。
ただ、放置しておいてよくなった経験は俺にはない。
むしろ悪化の一途をたどり、終いには収集がつかなくなる。
……これも慰めないと、やっぱりダメか。
「わかったわかった。欲しいものはないにしても、この中で気になるとしたらどれだよ?久々にやってみたくなったから、どうせ取るなら欲しそうなもんの方がいいだろ?」
「……右の、クマ」
「あのデカイやつか?あんなの部屋のどこに」
「右のクマ!」
「はいはい、わかったって」
こういう時は心の中でそっと、「よくいえました」と、そう呟いて財布から小銭を取り出してリアラのために懸命に景品をとってたっけな。
……でもまあ、よく言えたよ。
いつもそれくらい素直だったら……素直だったら、なあ。
「じゃあ取るぞ」
まだ少し拗ねた状態の彼女を置いて、俺は百円を入れ、クレーンを動かした。
散々彼女に得意だと言い張るくらいの腕はある。
俺は多分クレーンゲーム名人とやらでテレビに出れるくらいにこれが得意だ。
でも、それには理由がある。
小学校の六年生だったかな。
ぬいぐるみが欲しくて泣いていた幼馴染のために、どうにかしてとってやりたいと必死になって小遣いを全部つぎ込んで必死に練習したんだから。
あれだけやればうまくなる。
あれだけ彼女のためにと思ってたら、うまくもなる。
「よし、取れたぞ」
さも簡単そうに、落ちてきたぬいぐるみを拾って彼女に渡す。
すると、みるみるうちにリアラの表情が緩む。
「わあ、かわいい。かわいい!」
「ああ、よかったな」
「ねえ、次あれとってよ。あと、こっちのも」
「お前さあ、自分で取ろうとしろよ」
「だって、雅君の方が上手だもん!ね、お願い!」
「……わかったよ」
やっぱり昔から、俺も何一つ変わってはいない。
こいつにお願いされて、断れたことなんて一度もない。
だから。
多分こいつによりを戻そうって言われたら、それもきっと断れないんだろうな。
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