第3話 お弁当チェック

 鬼龍院雅臣と橘リアラは付き合っている。


 その真実ではない事実が学校中に広まるまでに、そう時間はかからなかった。


 高校入学初日からファンクラブが設立され、暇な男子どもの熱烈な視線を集める銀髪碧眼のハーフ美女と、なんかすごい名前のわりに見た目が平の凡な俺という不釣り合い甚だしい二人の交際報道に、学校中が色めきだっていた。


 一緒に登校していたのがそもそもまずかった。

 そして、中学時代の俺たちが付き合っていたという話だけを知っている連中があることないこと言いふらしてあっという間に俺たちの関係は周知の事実となった。


 まあ大半の男子は、俺に対する嫉妬で煮えくり返り。

 残りのほとんどは俺に対する憎悪を募らせて。そんな感じ。


 でも、ほんの一部だけ俺たちのことを祝福してくれるやつもいるようで。


「雅臣、お前別れたって言ってたけどなんだかんだヨリ戻したんだな」


 昼休み。

 そうやって俺に話しかけてきたのは佐野尊さのたける

 中学からの同級生で、俺の唯一ともいえる親友だ。


 もちろん、リアラのことも知っているし俺たちが付き合ってたことも知ってるし別れたところまでは報告してある。


 しかし、今俺が面倒なことに巻き込まれてリアラの偽婚約者を演じていることについては言ってない。

 そして、言えない。


「あ、ああ。まあ一応」

「別れた日のお前、死んでたもんなあ。うんうん、よかったよかった。もう喧嘩すんなよ」

「……ああ」


 言いたい。

 それは嘘なんだと言いたい。


 でも。


 学校に向かう途中でリアラに念を押されていた。

 こんな会話があった。


「尊君にも、絶対に本当のこと言ったらダメだからね」

「なんで?」

「だって、尊君のお父さんとうちのお父さん、仲いいみたいだから。どこから情報が洩れるかわからないでしょ」


 ということだそうです。

 ちなみにもしバラしたらどうなるんだと訊いたところ。


「泣く」

 

 と言われたので従うことにした。

 あいつが泣くのは相当めんどくさい。

 どうせしばらく一緒にいないといけないのであれば、面倒なことは避けたいという保身から、俺はこの嘘に付き合う羽目になった。


「とにかく、大事にしろよ。かわいい幼なじみなんだろー?」

「そ、それは付き合う前に言っただけだろ。忘れろよ」

「へーへー。しっかしあんなかわいい子が彼女なんて、羨ましいどころの話じゃないぜ」

「お前は何も知らないからそういうことが言えるんだよ」


 そうだ。

 何も知らないからだ。


 でも、佐野が悪いわけじゃない。

 嘘をついてるのはこっちなんだから。


 どんな時にも相談にのってくれる親友にまで嘘をつかなければならない現状に、罪悪感を覚えながらため息をついていると、教室がざわざわと騒がしくなる。


 何事かと、皆の視線の先を見ると教室の入り口に。


 橘リアラが立っていた。


「ねえ、雅臣」


 入り口から反対側の、窓際の後ろの、彼女から一番遠いところにいる俺にも聞こえる声で彼女が呼ぶ。


「な、なんだよ」


 一体何をしに来た?

 いや、こいつの目的は多分あれだ。


 ちゃんと弁当を食べたのか確認しに来たのだ。


 付き合ってすぐの頃、俺は一度だけ彼女の弁当を残したことがあった。

 普段の味付けミス程度ならまあ可愛い彼女のすることだからと我慢できたが、その日のおかずは食えたものじゃなかった。


 ゴミのような味。

 食べたことはないけどゴミの味がした。


 食べるだけで体調がおかしくなりそうで、さすがに命の危機を感じた俺はこっそりとそれを捨てようと校舎裏に走った。


 しかしそれを見られていた。

 

 もちろんその後は言うまでもなく。

 午後の授業を二人そろって欠席して、泣き続ける彼女を延々と慰めるだけで半日が終わったのである。


 その苦い経験を踏まえてか、彼女は俺に弁当を持たせた日は必ずこうして教室に来ていたのだ。


 あの頃の習性は、別れてもなお継続中ということか。


「べ、弁当は今から食べるとこだから、それでいいだろ」

「……よくない」

「ちゃ、ちゃんと全部食べるから。だからいいだろそれで」

「……」


 俺の説得虚しく、彼女はそのまま教室に入ってきた。

 その可憐な姿に、教室にいる誰もが見蕩れた。


 そしてそのまま俺のところまでくると、彼女はなぜか沈黙した。


「……な、なんだよ。言いたいことがあるんなら言えよ」

「……食べよ」

「は?」

「一緒に、お弁当食べよって言ったの!」


 蚊の鳴くような声から一転。学校中に響き渡るような音声で彼女が叫んだ。


「はあ? な、なに言ってんだお前」

「絶対残す。あんた、絶対残すもん!」

「だ、だからそんなことはしないって」

「嘘! 今朝だって嫌そうに」

「あー、待て待て!」


 俺は慌てて彼女の口を塞いだ。

 ただでさえこの状況に周りの連中がざわついているってのに、朝飯まで一緒に食ってたなんて話まで大声で言いふらされたんじゃ、俺は無事に学校から出られるか心配になってくる。


「な、なによやめてよ」

「わかったわかった。一緒に食べるから、それでいいだろ」

「うん、わかった。じゃあ、行こ?」

「お、おう」


 どういうわけか知らないが、俺は貴重な昼休みを元カノと過ごすことに。

 それに、一緒に教室を出る時に感じた殺気は、きっと気のせいじゃない。

 クラスの連中の嫉妬心まで煽ってしまった。


 もう胃が痛くなってきた……。


 食べる前からお腹いっぱいな俺はリアラに連れられて非常階段の踊り場に。


「お前、どういうつもりだ。別に弁当なんて食おうがどうしようが俺の」

「勝手じゃない。ちゃんと食べてくれないと、作った私がばかみたいだから」

「じゃあ作んなよ……」

「言ったでしょ? 一日三食、きちんと、その、婚約者に料理をつきゅっ」


 リアラが燃えた。

 婚約者というワードが恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして言葉を噛んだ。


 恥ずかしいならいうなよな。


「と、とにかく私もちゃんとしてるんだからあんたもちゃんとして!  じゃないと嘘がバレるでしょ」

「そんなに徹底しなくても誰も見てないって」

「いいえ、お父様はきっと私たちのことを疑ってるわ。それに目的の為には手段を選ばない人なの、父は。だから油断はできないの」

「めんどくせえ……まあ、わかったよ食べるから。座っていいか?」

「う、うん」


 やれやれと、腰を下ろしてようやく弁当にありついた。

 可愛いパンダの包みを広げると、見たことがある弁当箱が。


「これ、中学の時使ってたやつか」

「うん。雅臣のお母さんからもらったやつ。これが使いやすいなって」

「そっか。うん、じゃあ早速……んー」


 蓋をあけるとそこには。

 白い飯と真っ黒な物体が。


「これは、なんだ?」

「か、唐揚げよ。ちょっと揚げすぎたかな」

「これが、唐揚げ?」


 ご飯の横に添えてあるものは、どうやら唐揚げらしいが俺にはどう見ても真っ黒な煤にしか見えない。


 どうやったらこれを唐揚げと呼べるのだ?


「た、食べてみてよ」

「ええ……」

「ほら、やっぱり食べれないじゃん」

「わかったよ食べるよ……」


 渋々。というより泣く泣くだ。

 泣きたいのは俺の方だ。


 しかし恐る恐るその黒いものを箸でつかみ、口に運ぶと。


 ……まずい。


「苦いし、何の味かわからん」

「で、でもまずくはないでしょ?」

「いや、これは……」


 これはまずい。そう言おうとして、やめた。

 何かを期待するように、求めるように俺を見る彼女の顔を見て、それを飲み込んだ。


「ま、まずくはないかな」

「そっかあ、よかった。ね、いっぱいあるから食べてよ」

「あ、ああ」


 この後、俺は彼女の作った弁当を全部食べて腹を壊して午後の授業を欠席して保健室にいたのは言うまでもなく。

 まあ、殺気立つ教室に戻りたいとは思っていなかったのでちょうどよかったと言えばそれまでの話。


 でも、俺が完食した時にリアラが、


「明日も唐揚げにしようかな」


 と、嬉しそうに呟くのを見て。


 少しだけ昔を思い出してしまったのは仕方がないことなのだろうか。

 

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