虚言癖の罪

一色 サラ

偽り

「お姉さんって、綺麗ですよね」

「ありがとう」

「どうやったら、そんなに綺麗になれるんですか?」

 女は待合室のソファーから立ち上がって、どこかへ立ち去った。小綺麗な格好して、そんなに本当は綺麗ではない。精神科の待合室で、訳もなく目の前にいた人に言葉をかける。

「白井くん、こちらにどうぞ」

 新橋という男性の看護師が声をかけかれ、診察室に案内された。

入ると、いつものように女性だけど冷たくて怖い医師の菅野が椅子に座っていた。

「また、無意味に女性に話しかけたんですか?」

「だって、黙って座っていると怖くて、誰かと話しくなるんだもん」

「そうですか。」

 菅野がため息をついた。白衣を着て、ダボっとしたズボンの下にハイヒールが見る。

「最近は、どうですか?」

「どう…島の海が綺麗でした」

「ああ、どこかに旅行されたんですか?」

「行ってません。」

「島の海はどこで見たんですか?」

「はい、テレビで見ました。」

「そうですか。」

机のカルテらしきものに、何かを書いていく。何を書いているのかは分からなかった。

「海はどうでしたか?」

「とても綺麗でした」

「どこの島でしたか?」

「さあ、どこでしょう。知りません」

単調な言葉が続いて、楽しくない。

「学校は、昨日は行きましたか?」

「セレブっていいですよね。僕は将来、サラリーマンになって、セレブの人を騙したいです」

菅野と目が合った。今にも怒鳴りそうな顔をしている。

「わかりました。今日は、ここまでにしておきましょう。待合室でお待ちください。」

「話は終わりですか?」

「はい」

「分からりました。失礼します」

 そのまま、診察室と出ると、そこにはお母さんがいた。

「ちょっと待合室で待って、菅野先生と話してくから」

 お母さんはそう言って、僕と入れ替わるように診察室に入ってた。僕以外の人はそこには居なかった。ソファに横たわった。

「白井くん、そこ寝る所じゃないから」

また、新橋に文句を言ってくる。


菅野郁美は、白井の母親の疲労した様子を見て、どうしようかと思った。

「すみません。どうでしたか?」

少し乾いてかすれた声で母親は言った。

「辰也くんは、昨日、島の海をテレビで見ていましたか?」

「いいえ…あの子は1日中、シューティングゲームしていました。」

困惑した顔で母親はこちらを見る。

「そうですか」

「やっぱり、また嘘を言ったんですか?」

「白井さん、落ち着いてください。そういう、訳ではありません。辰也くんはちょっと…」

「すみません」

申し訳なそうに母親は謝ってくる。何も悪くないのに。こういう時、親とはとても難しい生き物に感じてしまう。虚言癖のある子どもの対応は難しいものだ。白井辰也本人は嘘をついてるつもりがないので悪意はないのだ。

「もう一度、入院を検討してくれませんか?」

「えっ、はい」

母親の態度が、少し怖さを感じる。



「お待たせ。辰也。お願いだから、そんなところで横にならないで」

お母さんは菅野と話が終わったようだ。

「いいじゃん。」

 僕に背を向けるて、お母さんが深いため息をついた。

 そう言って、お母さんはスタスタと歩いていく。病院の駐車場に止めてある車に乗った。お母さんは前を向いて、僕のことなどみることもなく運転している。



「お父さん、起きて」

体を揺らされて、目を開けると、そこに小学3年生になる息子の慎之介がいた。

「ごめん、今何時?」

「もうすぐ、7時半だよ」

「えっ!!ごめん」

 時計を確認すると、本当に朝の7時半だった。慎之介はすでに、学校に行く準備ができていた。急いで、台所に行った。

 去年、亡くなった妻と息子の2つの写真が棚に置かれている。あの日、妻は、当時中学1年生になった辰也を道ずれに、車のまま海に飛び込んで、心中した。

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