第3話 有住愛花と、合否発表



 合格発表はネットじゃなくて現地がいい、だなんて言ったのは歩の方だった。


 それを聞いた洋ちゃんは、「えーでも、ふたりで見に行ってどちらか落ちてたら帰り道地獄じゃん」と、言葉は素っ気ないが、珍しく気遣うような顔で忠告してくれた。

 隣に座って参考書を開いているさっちゃんも、複雑な顔でこちらを見ている。


「大丈夫! どんな結果でも受け入れる! あときっと受かっている!」

 そう答える歩は、傍目からみても緊張していて、空元気だった。

 そんな歩に、私は「うん、一緒にいこっか。じゃあ明日の朝、駅前集合ね」と答えたのだった。



 街全体が起き、動き出す時間帯。

 私は底冷えする寒さのなか、歩を待っていた。

 マフラーの隙間から吐く息が、白くなっては消えていく。

「あ、歩、こっちこっち!」

「おはよー」


 人混みの間から現れた歩が手を振ってこちらにたどり着く。

 こんな寒さの中でも、歩に会うだけで私の体温は1、2度上昇する気がした。

 思わず頬が緩んでしまうが、今日は合格発表の掲示時間に合わせてふたりで見に行くのだ。

 気を引き締めていかないといけない。

 遊びに行くわけじゃない。

 ちいさくぺしぺしと自分の頬を叩いた。


 ふたりで電車を乗り継ぎ、目的地の大学に向かう。

 電車の中では他愛もない話をしながら、それでもいつもよりふたりとも口数が少なかった。

 どうやら歩も緊張しているらしい。

「……いこっか」

 うん、と歩が頷き、私の手を取る。

 それだけで勇気が注入される気がした。

 私達はそうしてふたり手を繋いで大学の門をくぐった。



 合格発表の掲示板の前で、今か今かと結果が貼り出されるのを待つ。

 周りには沢山の学生と保護者の方がいて、人混みに押しつぶされそうだった。

 聴こえてくる声色から、不安の声や興奮が伝わってくる。

 定刻になると、大学の職員らしき人達が大きな紙の束を持ってやってきた。


 ゆっくり貼り出されるそれが広げられるやいなや、歓声と落胆の声が入り混じる。

 隣で歩が繋いだままの私の手をぎゅっと握り、大丈夫だよと目で勇気づけてくれた。

 お互いに見つめ合い、頷き、そして自分が持つ受験票の番号と一致する掲示板の番号を探す。


「「あ」」

 私達はふたり同時に声を発した。





「有住、おめでとー!」

 翌日の卒業式前、登校するなり私は洋ちゃんに抱き着かれていた。

「ありがとう。洋ちゃんも、おめでとう」と返す。

 さっちゃんと洋ちゃんは他県の大学への進学が決まったらしい。


 少し離れるけど、長期休みは帰ってくるから、と少し気が早い気もするけれどそんな話をした。

「おめでとー」

 私の隣に立つ歩もにこにこしながらふたりを見ている。

 かと思いきや、いきなりテンション高めの洋ちゃんに羽交い絞めにされて苦しんでいた。

 そんなふたりを横目に見ていたら、「先生来るから席つこっか」とあくまでも冷静なさっちゃんに促され、先に席に戻った。


 卒業式は体育館で行われる。

 入場行進の音楽が鳴るなか、私は緊張しながら入場した。

 参列する両親の姿も横目で確認する。

 お父さんはビデオカメラを構えて目をギラギラさせていて、お母さんはハンカチを手に、既に目が潤んでいる。


 卒業生全員が席に着席すると、式が始まった。

 不思議なもので、楽しかった思い出ばかりが頭に浮かび、この時間が終わってしまうということを感じて胸が詰まった。


 高校一年生になると同時にVtuber配信を始めた。

 分からない事ばかりで、新しい事ばかりで、配信者の仲間は増えて充実していたけれど、学校の方は正直どうでも良かった。

 そこまで気が回らなかった。

 元々、友達なんてこれまでにもいなかったし。教室にひとりでいる事には慣れていた。

 その孤独感を埋めるために配信を始めたところも、少なからずあった。


 高校二年生になってから、歩に出会った。

『有住さんの声、すごく良い声だね、私その声好きだな』

 最初のロングホームルームでの自己紹介が終わった直後、無邪気な笑顔でそんな風に声を掛けられた。

 何て答えたのかは覚えていない。私のことだから、多分、ろくな返事をしていないと思う。

 久しぶりのリアルのクラスメイトとの会話だった。


 距離を詰めてきてくれたのは歩だった。

 でないと私から他人との距離を詰めるなんてことはしないから。

 そのうち、歩と話すさっちゃんが加わり、さっちゃんと仲の良かった洋ちゃんも混じって、なんとなく4人で行動するようになった。

 この4人でいるのは、凄く居心地が良かった。


 これまでの私なら、配信だけで良かった。自分が夢中になれるものだけで良かった。

 でも私の目を見て話して、心配して、叱ってくれるこの子達といると、一度覚えたこの心地良さは手放しがたくなった。

 配信外でも、もうひとりでいるのは嫌だった。

 誰かとの繋がりがあることが、こんなにも自分の力になることを知ってしまった。


 ぽたぽたと、落ちた雫で手元が濡れる。

 周りの子達の鼻を啜る音を聞きながら、中学の卒業式はこんなに寂しく感じなかったなと、そんなことも思い出していた。


 卒業式が終わり、私達はまた教室に戻って来ていた。

 最後のホームルームでは、ひとりひとりが最後の言葉として席を立ち、クラスメイト達への感謝の言葉を告げた。

 歩は、泣き顔で顔をぐしゃぐしゃにしながら何を言っているのか分からないくらいに泣いていたので、「何言ってるか分かんないから、吉谷は後でクラスのチャットで別れの言葉を書き込みな」と洋ちゃんに揶揄われていた。

 それを聞いて、泣いていたはずのクラスが笑いに包まれる。

 私も思わず吹き出してしまった。


 ぐすんと泣きながら席に着くその後ろ姿を見ながら、愛おしいなぁ、と思った。


 吉谷との関係は、将来、「そういう恋をしてたこともあったよね」で終わらせたくない。

 この時間を思い出す時にも、その隣にはやっぱり一緒に居て欲しいと思う。

 その為にも、私達は色んな事を乗り越えないといけない。

 目の前にある、数々の事を。


 ホームルームが終わっても、遠目から、みんなとの別れをおしむ吉谷を見つめる。

 まだ少し鼻が赤く、目も赤かった。

 帰り道もまだまだ泣きそうだし鼻も啜っているから、後でティッシュを渡そうと思う。


「有住、この後どうする? 洋とファミレスかカラオケいこって話してるけど。吉谷とどっか行ったりする?」

「ううん、帰る約束してるだけだから、私もいこっかな。歩も行くはずだから連れて行くよ」

 さっちゃんに誘われ、そう返す。

 一緒にいた洋ちゃんは私の脇腹を肘でつつき、「ねぇ、どうすんの」と聞いて来た。


「どうって」

「どうすんの」

「……どうにかするよ」

 そう答えながら、まだクラスメイトにつかまっている歩を見る。


 合格発表のあの日。

 一緒に行ったあの日、受験番号があったのは私だけだった。


 ――どうにかするよ。どうにかしなきゃ。でないと秘密を打ち上げるどころじゃない。


 何を、どうやって、とはまだ明確に考えられないけれど。

 とにかく明日からは後期試験の勉強に付き合うか、と拳を握った。

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