のけ者ゲーマーとサメパーカーゆかりちゃん

一矢射的

そのトンネルにはオタクが潜む



「オレの人生」とかいうクソゲーが始まって、はや十年。


 振り返ればその間に思い出となるような記憶データは全てゲーム機からもたらされている。イチからジュウまで全部ね。言っとくが誇張じゃないよ?


 レベルを上げ、強ボスを倒し、仲間との絆を深め、感動のエンディング、最高だ。


 現実ぅ? あんなクソゲーの話はしないで欲しいな。

 人並みに学校へは行ってるし、来年にはもう小学六年生だけど。

 ぶっちゃけ、ゲーム以上の感動なんて日常のどこにもねーじゃん。

 勉強なんて何が役に立つのかも判らないし、親や先生は説教ばかり。


 この間なんてさ、居間でソファに寝そべって携帯ゲームしていたら母親が帰宅するなりブチ切れちゃってもう大変。

 そうだな、今日はちょっとその話をしてみようか ――。






「そんなことをさせる為に、私はお前を産んだわけじゃない!」



 マジすか、飯沼富子さん。オレは貴方の息子なんですけど。

 思ってもそれ口に出すか、フツー。言っちゃうの?

 親しき中にも礼儀ありって、知らない?


 そんならさ、コッチだって思うじゃん。


 ―― じゃあ何をさせたくてオレを産んだんだよ!! 言ってみろよ!


 まっ、言えるわけないわな。誰の金でメシ食ってんだって話。

 どうせ言ったらお説教のフルコースだもん。

 オレはゲーム機を片手に家を飛び出したって寸法すんぽうよ。


 こういう時は、お互い頭を冷やさないと話にならないもんな。

 ほとんど独り親の家庭で育った身だ。なんだかんだでカーチャンと上手くやるコツみたいなモンはつかんでいるさ。


 行き先は近所のトンネル。

 坂になった道路をくぐるように掘られた地下道。

 正式にはアンダーパスとか言うらしい。

 そこは屋根があって、明かりも無料、言うことなしだ。

 ついでに地下道の出口わきには自動販売機もある。

 別にジュースが飲みたいってワケじゃないぜ? 自販機があるってことはコンセントも必ずあるってことさ。大体が目立たないよう本体の後ろに隠されているけどな。

 そこからちょいと差込口を借りてゲーム機のバッテリーに充電できるだろ。

 おっと、真似して訴えられてもオレは何も知らねーぜ。


 つまりはメシが準備されてないのを除けば自宅と変わらないんだ。

 ここなら気が済むまでゲームが出来る、オレにとって天国みたいな場所。

 でも一つだけ気に入らない問題があってさ。


 実は最近、この天国にもお邪魔虫が来やがるんだよなぁ。

 光に誘われる蛾みたいに人のゲーム画面をのぞき込んでくるガキんちょ。



「あっ、また来てるの」

「うっせえ、お前だって来てるじゃねーか」

「ゆかりちゃんは才女なのでゲームオタクと付き合ったりしないのですが、今日はそういう気分なので特別に相手をしてあげましょう」

「それ、毎回言ってんじゃん? 何かの儀式か?」

「そう。ゆかりちゃんと貴方だけのお約束。嬉しいでしょ?」



 変な奴だよ、まったく!

 きっと彼女は自分のことをアイドルか何かだと勘違いしているんだ。


 ゆかりはミディアムショートヘア(で良いのかな? あの髪型)の天然パーマ女子。日本人離れした天パーを気にしているのか、いつも着ているサメのパーカーで隠している。サメの顔をデザインしたフードを被っているくせに、その下からこちらを見ている二重でまん丸の瞳は、どこかオドオドしている感じなんだ。

 ズリ下がりがちな「べっ甲ぶちの眼鏡」は別に陰キャラって感じじゃないし、どうにも掴みどころがない奴だ。


 もしかすると強気な喋りは、単に臆病な自分を誤魔化すための予防線なのかもしれない。


 なんで判るのかって? ピンとくるのさ、オレもそうだから。


 学校にも、家にも、居場所なんかどこにもない。

 だから夜中にこんな場所へ来る。

 こんな所へ集まる奴らが、仲間じゃなくて何なんだ?


 レジャーシートがわりにダンボールを敷いて、トンネルの壁に寄りかかりオレ達はいつも並んで座る。どこか似た者同士だということをお互い感じていたんだろう。遠慮なく息がかかる距離まで詰めてくる。それはどこか猫のじゃれ合いみたいなノリだけど。


 オレはゲームに集中したかったのに、アイツもそうはさせじとからんでくる。

 そう、話しかけてくるのは、いつもゆかりの方からだった。



「またそのゲームやってる。『決闘ダンジョン』だっけ?」

「マッチングシステムがしっかりしているからさ」

「……マッチング?」

「ネットを通じて他のゲーマーと対戦できるの。いつでもランクが同じくらいの奴と勝負できるから退屈しないし、緊張感があるんだよ」



 今ハマっている『決闘ダンジョン』は俯瞰ふかん視点の3D対戦アクションゲーム。

 自分でキャラメイクして強く鍛え上げた冒険者をダンジョンに送り込み、お宝を手にして脱出するか、最後の一人になるまで生き残れば勝利。ダンジョンには危険なモンスターが徘徊はいかいしているし、他の冒険者と遭遇した時は手を組むかバトルをするかすぐに決めないといけない。グズグズしていたら向こうが襲いかかってくる。


 実にスリリングで面白いし、勝率を上げ続ければワールドランキングに名前を載せることも出来る。男なら誰でも熱中する内容なんだけど……。

 オレがどんなに熱く語ってもゆかりの反応は薄い。だいたい「ふーん」って感じ。

 オレはついムキになって口走る。



「興味があるならゲーム機を買おう? 見ているだけより、一緒にやった方が楽しくない? 断然そうだろ!」

「オタク君はこれだからさぁ。女の子はふつう殺し合いに興味なんか持たないの。傷つけあうのなんて現実だけで充分」

「……興味ないのに、見ていて楽しいの?」

「何かに熱中している君を見ているの! ゲームが見たいなら動画を見るもん」



 たぶん同学年。さして変わらない年齢のはず。

 それなのにどうしてこんなに年の差を感じるんだろう?

 きょうび誰もがマスクをしているせいで見えにくいけれど、彼女は薄く化粧をしている……ような気がする。体をくっつけると良い匂いがするのはもしかして香水?


 オレはこんなにも子どもだっていうのに。

 どうしてコイツはそこまで大人なんだろう?

 まるで心を見透かしたようにゆかりはオレの頬をツンツンつついた。



「今日はどうした? いつもより肩に力が入ってるよ。奇声や舌打ちも多いみたい。無理矢理ゲームの世界に没頭しようとしているのかな。何か嫌なことがあったんじゃない?」

「……判るのかよ」

「いつも見ているからね。ゆかりちゃんはデキる女なので判るのです。どうしたの?」

「実は、その、母ちゃんと喧嘩しちゃって」



 まさかコイツに家族のことを話す日がくるとは。

 でも想像とはまったく違って、馬鹿にされたりしなかった。

 ゆかりはどこまでも真剣な表情のまま、最後まで笑い飛ばさなかった。


 明滅するトンネルの蛍光灯に二匹の蛾がたかってバタバタと音を立てていた。


「そっかー、ゲームのやり過ぎをとがめられたかー」

「下手に謝ったら、もう二度とゲームをやるなって言われそうでさぁ」

「逆に開き直ったら? 俺はプロゲーマーになるから、これで良いんだって」

「ぷ、プロか~。甘くないよな~」

「もしくは動画配信者とか? もしかするとそっちの方が向いているかもね、好きでしょ魅せプ」



 「魅せプ」というのは見る人を魅了する派手なプレイのこと。別に好きなわけじゃなくって、お前が喜ぶかと思って影で猛練習していたわけだが。



「それならやれそうだけど、オレ自分のパソコン持ってないよ」

「機材を揃えないとね、それにはまず高校生になってバイトしなきゃ」

「何をするのにも金がいるし、金が欲しければゲームばかりしていちゃダメか」

「目的をもって動かないと、遊んでいるだけじゃ何も変わらないわ」



 不思議だ。ゆかりと話しているだけで心が癒されていく感じがする。

 何でもやれそうな気がしてくる。

 母ちゃんに言われたら猛反発していただろうに。

 落ち着いてくると、段々と申し訳なさが湧いてきた。



「母ちゃんと喧嘩なんて話、面白くないだろ? 悪かったな、つまらない話をして」

「別に。ウチも父親と仲悪いし」

「そうなのか」

「ウチの場合はゆかりちゃんの方が仲良くしたがっているのに、拒絶されちゃう感じね。忙しすぎて私と話している時間が惜しいみたい」

「オレならその状況を喜んでいるな……」

「オタク君、本当エチケット違反! それダメな奴だから! そういうところ直そう? まずはそこから!」



 確かに。今のは少し酷かったかも。

 そうか成程、親と喧嘩になるのはオレにも色々と原因があるらしい。

 これは勉強になった。



「なんか頭が冷えたら……仲直りできそうな気がしてきたよ。母ちゃんは毎日朝早く起きて、メシの支度をして、会社に出勤して遅くまで働いている。それなのにようやく家へ帰れたら息子が寝そべりながら遊んでいるなんて……腹立つよな」

「おおっ! よくできましたー! そうだよ、大人だって大変なんだから手伝ってあげようよ。そうすればきっと喜んでくれるよ」

「でも、オレ料理なんて出来ないよ。カレーライスと、カップ麺しかつくれない」

「うふふー、ゆかりちゃんは毎日やっているもんね。大丈夫、今日の所は帰って謝りなよ。どうせここで好きなだけやれるんだから『もう家ではゲームしない』って言えるでしょ」

「う、うーん」

「そしたら明日、お母さんが喜びそうな料理を教えてあげるから」



 何だか丸め込まれているような気がするけど。

 ここでしか「ゲームが出来ない状況」って、まさかと思うけど君がそうなって欲しいだけじゃないよな? そんなに見るの好きなの?

 


「ほらほら、帰って仲直りしないと何も進まないでしょ?」



 それはおっしゃる通り。

 まっ、仕方ないよな。親に隠れてするのがゲームのだいご味ってモンさ。











 翌日、オレ達は待ち合わせて学校の裏山を訪れていた。

 ゆかりが言うことには「母ちゃんの喜びそうな料理」の食材がそこで採れるというのだ。


 山菜だろうか。

 料理の初心者に山菜の天ぷらとか、ハードルが高すぎるように思えるけど。


 しかしオレの予想と反して案内されたのは、木々が途切れた先にひろがった野原。日当たりも良くタンポポやハルジオンが風に揺れている。気持ちの良い場所だが、背の高そうな植物はいっさい生えていない。

 ゆかりはダダダと中心まで駆け、両腕を広げて何もない原っぱを誇るように示した。



「すごいでしょ? 誰にも知られてないから荒らされてないの」

「昼寝でもしたら気持ちがよさそうだね。でも、どこに食べ物があるのさ」

「えー、わからない? あるじゃん、オタク君の足下に」



 そう言われても、あるのは一面に生えているクローバーぐらいだ。



「ええっと、地面の下にイモでも埋まっているとか?」

「はずれ、そのクローバーが見えないの?」

「ええっ!? クローバーって食べられるの!?」

「マメ科の植物だもの。四つ葉のクローバーなんて、食べたら良いことありそうじゃない? でも生で食べるのは絶対ダメ。クローバーは牧草にも使われているそうなんだけど、牧場の牛さんですら食べ過ぎると胃腸の具合を崩してしまうんだって。何でもそれをクローバー病とか言うらしいわ。モーモー」



 へー。マメ科だけに豆知識? ならこちらもひとつ。

 四つ葉のクローバーはもともと黒魔術の触媒であり、これを相手に渡すことは「貴方を不幸にして私は幸福になります」という意味合いがあるとか。

 そんな話をネットで読んだような……でも、ここで口にしたらまた「オタク君は!」と怒られそうなのでやめておいた。


 とはいえ四つ葉のクローバーなんて女性が好きそうなキーワードだ。

 母ちゃんも喜んでくれそう。

 でもさ、マズかったら全部台無しなんだよなぁ。



「オレでも美味しくできるかな?」

「大丈夫だって簡単だから。最初は一緒につくろうよ。すぐおぼえられるよ」



 あれ、もしかしてウチまで来る気ですか?

 別にいいか、手取り足取り教えてもらわないとわからないだろうし。(足は使わないだろうけど。下手すぎて蹴られるとか、ないよね?)


 オレ達は一時間ほどかけてその野原で四つ葉のクローバーを探し回ったんだ。

 実際は、あまりにも見つからなくて挫折ざせつしたんだけどね。

 結局はさぁ、四つ葉だろうが、三つ葉だろうが、味は一緒だと思うんだよ。


 コンビニのビニール袋にギッシリ詰まった所で収穫作業は終了。

 その後はウチの台所にて調理することになった。



「え? オタク君の家ここなの? 立派すぎない」

「そうかな……ただのマンションだけど」

「建物ホテルみたいだし、入口にセキュリティついてるじゃん! 高級なトコじゃん」

「駅近くのマンションはだいたい入口についてるよ……鍵開けたから行こう」



 ウチは金持ちかもしれないが、それは親が稼いだ金であって別にオレが好きな物を買えるわけではないんだよな。課金できないよう、小遣いも制限されているし。ゆかりは玄関がキレイだとか台所が広いとかイチイチ騒いでいたが、オレにはどう反応すべきなのかよく判らない。


 どれほど台所がオシャレで造りがリビングとひと続きになっていようと、オレの得意料理がカップ麺である事実になんら変わりはない。



「それでクローバーをどうしたら良いんだ? 先生さんよ」

「おっ、そうでした。ゆかりちゃんに任せなさい」



 君、いまキャラを忘れて素の女の子に戻っていたでしょ?


 ボールにはった水で採ってきたクローバーを綺麗に洗い、鍋で一度さっとゆでる。

 ゆであがった物を包丁でみじん切りにして、といだお米と混ぜ合わせる。

 そこに、料理酒、しょうゆ、塩をちょっと加えてから炊飯器にセットしてスイッチオン。


 なんとコレだけである。


「クローバーの山菜ご飯、できあがり~」

「なんだ、意外に簡単だな、料理って奴は」

「オタク君に合わせて簡単にしてあげたんだよ。本当はオカズも作るんだからね」

「言われてみればオカズないじゃん。どうするんだよ」

「ちゃんと準備してあります」



 ゆかりは自分のリュックから大きめのタッパーを出してきた。



「ゆかりちゃんが今朝つくってきた肉ジャガです。多めに作り過ぎちゃったからオタク君もどうかな……と思って」

「それはさ、しっかり準備しておいた時に言う台詞じゃないと思うの。でも、わざわざありがとうな」

「あれれ、ちゃんとお礼も言えるんだ。見直しちゃった」

「どんだけコミュ障なんだ、君の中のオレは」



 そうこうしているうちに玄関の方でガチャガチャと鍵を開ける音がした。

 ゲッ!? 母ちゃん? 普段は夜中まで残業しているのに、今日は早いな。



「ただいま~。珍しく仕事がスムーズにいったから定時で帰ってきちゃった。あら、お客さん? ウチになんて珍しいこと~」

「お邪魔しています。お疲れの所、すいません。あの、すぐに帰りますからお構いなく」


「えぇ!??? お、女の子!? はわわ、ウチのユウ君が私の留守中に女性を連れ込んでいるというの!?」



 いや、ヤメロってそういう言い方。

 アンタと仲直りする為に料理を教わっているんだから。

 小学生の人間関係はちょっと周りにからかわれただけで崩壊するんだよ、知らないのかよ。


 母ちゃんはオレの腕をつかんでリビングから廊下に引っ張り出すと、両肩をつかんで全身を揺らしながら訊いてくる。



「ユウ君! アンタが誘ったの!? 答えなさい」

「え? いや、成り行きでそうなったっていうか……」

「ユウ君、アナタ……」

「……(いや、何をプルプル震えているんだよ、アンタ)」



「でかした!!」

「へ?」

「お手柄よ。友達を通り越して最初に連れてくるのが彼女とはね!」

「う、うん」

「流石はパパの息子。血は逆らえないものね。そうよ、コレ。私はこんな日がくるのを待ち望んでいたの!」

「いや、アンタの妄想は後でいいから。あの子に教わりながら、二人で夕飯を作ったんだぜ。まず食べてくれよ」

「へぇ? 晩飯はオレが作るって本気だったの? ユウ君が何もできず困っているだろうと思って早めに帰ってきたのに」



 少しは本音を隠してくれよ、傷つくなぁ。

 いつまでもお客さんを待たせてはいけないので、オレ達はひとまず居間に戻った。


 すると何時の間にかテーブルに肉ジャガと炊き込みご飯が並んでいるじゃないか。



「食べればきっと幸福になれる四つ葉のクローバーご飯です。私達で四つ葉のクローバーを集めて作りました」



 ゆかりの奴しれっと笑顔で嘘をついてないか?

 四つ葉のクローバーなんて二~三枚しか入ってないけど。

 常識的に考えれば嘘だとわかるだろうに、それでも母ちゃんは嬉しそうだ。



「へぇ、私に食べさせようと頑張ってくれたんだ。じゃあ皆でいただきましょうか」

「いえ、どうぞ家族水入らずで……私はもう帰りますので」

「なに言ってんの、作った張本人が。さぁ、リュックなんて下ろして。みんなで食べた方が美味しいでしょ」



 流石のゆかりも母ちゃんの強引さには逆らいようがない。

 オレ達は三人でテーブルを囲むと手を合わせて「いただきます」をした。

 いつ以来だろう、こんなにまともに始まる食卓は。



「うん、クローバーもイケるじゃない」

「大葉でも、シソでも、三つ葉でもない。独特な香りと食感だな」

「最初はみんな『その辺に生えている草なんて』と思うんです。でも、食べてみるとこの風味はクセになるみたいで。太陽をたっぷり浴びた自然の恵み、誰の心にもある原っぱの味なんです」

「そうね、お父さんと一緒に追いかけっこをしたあの野原を思い出すわ」

「……お父さん、なにしてんの」



 肉ジャガも、イモはほっこりして味がよく染みており、糸こんにゃくが入っているせいか幾らでも食べられる。下品に甘すぎたりしょっぱすぎたりすることもなく、炊き込みご飯によく合う味付けだ。



「はぁー、ゆかりちゃん凄いわね。まだ小学生なのに料理がお上手。ウチの子も見習わせたいものだわー」



 悔しいのを通り越してまったくその通りだと思う。

 ゆかりは照れ隠しに視線をそらしながら、首を横に振る。



「毎日やっていますから。やっただけ上手くなるのはゲームも料理も一緒なんです。私はただ、それを判って欲しかっただけで」

「ですってよ……ホラ、アンタもやりなさい。彼女から色々と教わりなさいよ~。絶対に逃すんじゃないわよ」

「うぐ……」



 母ちゃんの顔は笑っているが、目は大マジだ。

 はい、オレに料理をさせて自分が楽をしたいわけではなく。

 彼女とオレをもっと仲良くさせたいんですね、わかります。


 ゆかりは微笑んでうなずいた。

 気のせいか少し涙ぐんでいるように見えた。



「よかった、仲直りできて……」



 この子はお茶目なサメフードを脱いでいると可愛いかもしれない。

 オレはその時はじめてそう思った。











 その日の夜「今日はありがとう。母ちゃんも喜んでいたよ」と携帯でメッセージを送ると、すぐに返信がきた。


『しばらくはお母さまの前でゲームしちゃダメだよ。どうしてもやりたくなったら、あのトンネルでこっそりやりましょう』

『今度は夜遊びをとがめられそうだけどね』

『私の家で料理を教わっていたと言えばいいわ』

『悪くないアイディアだね。でも、また何か教えてくれよな。ゲーム以外にも世の中には楽しいことがあるって、ほんのちょっと判りかけてきた気がする』

『これだから、オタク君は……いいよ、私達トンネル仲間だもんね』

『なんじゃそりゃ、でもなんか響きが良いな』

『そうでしょう? ゆかりちゃんは才女なのでセンスもあるのです。それじゃまた、例のトンネルで会いましょう』

『おう、またね』


 自分の好きなことだけを、ずっとやっていたいと思っていた。

 そんなことも出来ない世の中なんてクソゲーだと感じていた。


 でも、もしかすると現実はクソゲーじゃないのかもしれない。


 ゲーム以外にも色んな道があって、みんながそこを進んでいる。

 信じる道を行けば、多くの人と出会いが待っているのだ。

 挑戦すれば、それだけ未来は広がりをみせる。


 それって、ひょっとしたら、とっても面白いことなんじゃないかな?

 教えてくれたのはサメパーカーを着た才女。

 僕は、とても深く彼女との出会いを感謝した。



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