31 マイ・フェイヴァリット・アイ

届いた荷物を開ける。中にはスマートグラスとUSBが入っていた。

起動していたPCにスマートグラスを接続し、USBも差し込む。

すぐさま待機していたレイフ君が読み込みを開始した。

「よし、こんなもんだろう。スマートグラスをかけてくれ」

しばらくして作業を終えたレイフ君が声をかけてくる。

私はスマートグラスをPCから外し、掛けた。

途端にエンハンスが発動し、世界が鮮やかになる。

「うわ、すごい」

前とは違った情報が整理された世界が映っていた。

自然界で発生している電磁波は映っておらず、人工物のもののみが映り、主張も控えめなものになっていた。

「まずスマートグラスをかけた瞬間にエンハンスを起動できるようにしておいた。ここら辺の主導権は僕が握っているから、僕に言ってくれればスマートグラスをかけるかけない関係なしにオンオフにできるぞ」

ありがたい機能だ。前のときは目線をあっちこっちやらないといけなかったので端から見ると変質者に見えてこのままだと嫌だなあと思っていたところだったのだ。

「見えるものについてはもう大体わかっていると思うけど、自然由来のものは省き、人工物、特に機械類などのものだけをピックアップして見えるようにしておいた。こちらも適宜見えないようにしている部分をオンオフ切り替えることができる。さすがに量子は見えないし、絶縁体に阻まれてるともちろん見えないからそこは理解しておいてくれ」

まあそのへんは大体理解していたところだ。

それでなくてもただでさえ情報量が多いのだから、よほどのことが無い限り機械類以外に由来する電磁波は見えなくていいだろう。

「あとは眼の色を好きに変えれるのと、微量だけど電磁波を放射できる。放射できる電磁波の波長はある程度であれば指定可能だ。改めてみるとかなりすごい能力のものをくれたんだな……」

確かにすごいと思う。見るだけでなく自分でも放射できるのならできることが色々と増えるはずだ。

さらに放射できる電磁波の波長を変えられるのはかなり汎用性が高いだろう。

だがそれよりも気になるのは……。

「好きな眼の色に変えれるの!?」

これはかなり嬉しい機能だ。

金色は恰好良いかもしれないが、自分には正直合ってないように感じるのだ。

「あ、ああ。好きに変えれるぞ。何色が良いとか希望があるのか?」

「碧眼! レイフ君と同じ色がいい!」

推しと同じ眼の色にできるとはなんと幸せなことだろう。

「分かった。普段は右眼と同じ藤色でいいか?」

「うん。エンハンスを発動しているときだけレイフ君と同じ色が良い」

そして文字通り、私はレイフ君の眼になれるのだ。

レイフ君が情報処理を行って私の視覚を助け、私はレイフ君に特殊な視界を提供する。

だからこそ私は自分の眼がレイフ君の眼でもあると伝えたい。

マクスウェルの左眼なんかじゃない。この眼の名前は──

推しの眼マイ・フェイヴァリット・アイ

推しと一体になれる私のお気に入りの眼マイ・フェイヴァリット・アイ

私がレイフ君を助けられる一番の武器となる眼だ。


レイフ君に色を要望通りにしてもらって満足しながら、オッドアイになった自分の顔を鏡で眺めていると、突然スマホの着信がなった。

怜輔のお母さんからだ。

「はい、詩音です」

どうしたんですかと聞こうとした声はすぐさま遮られた。

「詩音ちゃん、怜輔の容体が急変したって病院から連絡が! 車で迎えに行くから今すぐ準備して!」

そのまま言われると、通話が一方的に切られる。

私は茫然とする他なかった。

「……え?」

容体が急変ってなんだ?

脳に損傷があって危篤に陥るって──

脳死。

そんな単語が脳裏をよぎる。

レイフ君を見ると、目を見開いて茫然とした表情をしていた。

すぐ正気を取り戻したレイフ君が叫ぶ。

「詩音、考えるのは後だ! とりあえずすぐ支度を!」

そうだ。一刻も争う事態ならば、ぼうっとなんかしてられない。

上の空になりながらも無理矢理身体を動かす。

そして頭が真っ白のまま、迎えにきたタクシーに乗り込んだ。

怜輔の家族は私以上にショックに決まっている。

まともに運転できないと考えたのだろう。

どうやらそれは正解だったようで、タクシーの中では、怜輔のお母さんはひたすらに泣き続け、お父さんはずっと黙りっ放しだった。

そのまま病院につき、全員おぼつかない足で全力を振り絞りながら走る。

息も絶え絶えにたどり着いた病室では、物々しい雰囲気で医師や看護師が真剣に怜輔や画面を見つめていた。

医師の一人が振り返り、数秒逡巡する様子を見せた後、神妙な面持ちで口を開く。

「怜輔さんですが、脳波が平坦になってきており、大変危険な状態です。このまま呼吸もままならなくなるなどのことが起こってきますと脳死に極めて近くなる、今が山場とも言えるでしょう」

正直当たってほしくなかったが、やはり私の勘は間違っていなかったようだ……。

怜輔の両親もある程度予想していたのか、驚きはなく、表情を一層固めるのみだった。

医師の続けた話によると、いつ脳死に至ってもおかしくない状況だという。

私たちを呼んだからにはそういうことだろうとは思っていたが、改めて聞かされるとショックがでかい。

何かできることはないのか?

このまま怜輔を失うのを眺めるだけなんて絶対に嫌だ。必死に考える。

自分の左眼は何のためにある? 怜輔を起こすためにもらった左眼だ。

だが、自分は医者ではない。医療知識が無いのに勝手なことはできないのだ。

いや、待てよ。医療知識……?

怜輔の身体の仕組みを一番理解しているのは誰だろうかと考え直す。

医者ではない。彼の身体の電気の情報をすべてコピーされて作られた存在がいるのだ。

「レイフ君……」

縋るように声を漏らす。

途端、待っていたかのように私の眼は碧く輝きだした。

「先生、脳波が……!」

モニターを必死に見つめていた医師が振り返り、指揮を執っていた医師に声をかける。

駆け寄った医師や看護師たちが一斉に表情を変えた。

「こんな奇跡が、ありえるのか……?」

薄っすらと怜輔の眼が開き、表情筋が弱っていたせいか、なにやらよくわからない表情をする。

そしてぎこちない動きで身体を起こした。

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