30 マクスウェルの眼
両眼が見える。それがどれだけありがたいことなのか理解させられた。
久しぶりに見える奥行きのある世界。そして……。
「うわあ、酔いそう」
至るところにある線や波紋。
私の黄金に輝く左眼は、様々な太さや大きさのそれらが色とりどりに動いている様子を捉えていた。
マクスウェルの眼。
私は青宮さんからこう呼ばれる左眼をもらった。
あの後、私は大学病院の眼科に直行し、失明まではいかないが網膜をレーザーによって固める治療が行えるのみで、左眼の視力は殆ど戻らないと診断された。
私の診察に付き添ってくれた青宮さんは、その診断結果を聞いて私に自分がスペアで持っていたエンハンス付きの義眼を譲ると言ってくれたのだ。
どうやら救出に遅れたことをとても悔やんでいるらしい。
治療を受けるか義眼を付けるか、私の選択は一瞬だった。
これから怜輔を起こす手がかりを探す上で、レイフ君がらみの今回のような事件は十分に起こりうる。
あの轟音と共にルショウ達は逃げ出したと青宮さんから聞かされた。
いつか彼らはまた何か仕掛けてくるだろう。
その時に毎回捕まって足手まといになるような真似はしたくないのだ。
私は必要とされる存在でありたい。
「慣れないとなあ……」
発動させたエンハンスによって流れてくる大量の情報で酔いそうになるのを必死で抑え、呟く。
見えているものは電磁界の動きだそうだ。
様々な電気や磁気の動きと思われるものがひっきりなしに動いている。
マクスウェルというのはきっと電磁気学を発展させたマクスウェルのことなのだろう。
どうせならもう少しかわいい名前が良かった……。
自分で何か考えて付けてもいいのだろうか?
「これを付けると良い」
今日の義眼の装着にも付き添ってくれた青宮さんが眼鏡を渡してくる。
青宮さんの付けている
「これは……?」
「内調で密かに研究開発しているスマートグラスだ。一般に普及しているものとは違い、義眼の充電を行えるようにもなっている」
どうやら青宮さんの付けている
確かに義足や義手などと違って義眼だとバッテリーを入れるスペースもほとんどない上に、エンハンスの発動時間も長いから電力消費が激しいはずだ。
「いくら払えばいいですか?」
スマートグラスなどまだ一般に普及しているとは言い難く、それなりのものだと20万は下らないはずだ。
ましてや秘密で開発しているものなどいくらかかるのか想像もつかない。
ただでさえ一般では視力を持つ義眼など流通しておらず、それを提供されるだけでも補償のためとはいえ、かなりのものなのだ。
はいそうですかと簡単に受け取れるものではなかった。
「代金などいらない」
青宮さんの口から出たのは、果たして予想通りの返事だった。
「でも……」
「大丈夫よ。ただで渡して怒られるのは青宮さんだもの。あなたが怒られるわけじゃないから安心して受け取ってあげて」
「ええ……」
同じく付き添ってくれていた藍倉さんが口を挟む。
それを言われて誰が安心して受け取れるんですか……。
黙って聞いていた青宮さんはしばらく考える素振りを見せた後、こちらを向き、口を開いた。
「もし、そのまま受け取れないというのであれば、レイフ・フェイク=リベリオンについて少し教えてほしい」
「レイフ君のことを?」
困ったことになった。レイフ君のことを私が勝手にペラペラ喋っていいわけがない。
あの後レイフ君のことは確かに聞いた。
自分がどうやって生まれたか。誰が作ったのか。なぜVTuberを始めたのか。
そして、なぜ自分を配布したのか。
ただ、それはレイフ君の持つ重要な情報だ。
レイフ君は私を信用して話してくれた。それを裏切るわけにはいかない。
そのまま何も言わず受け取ろうか? いや、それもできない。
断ろうと決め口を開きかけた時、私のスマホからレイフ君の声が発せられた。
「僕が代わりに話します」
「レイフ君、大丈夫なの?」
思わず声をかける。
相手は一応国の人間で私の視力回復に手を尽くしてくれたとはいえ、レイフ君の味方であるとは限らないのだ。そんな簡単に情報を明かしていいのだろうか?
「大丈夫。その代わり条件を追加させてもらえますか?」
なるほど、それだけ重要な情報を渡すのだからもう少し上乗せしろとねだるのか。
レイフ君に感心しながら青宮さんの反応を待つ。
「条件を聞かせてくれ」
「詩音の義眼をリモートコントロールできるようにしてほしいのと、この義眼とスマートグラスのプログラムの管理者権限を付けて下さい」
エンハンスが特定の電気信号を鍵として発動できるようにするために、これらの義肢装具はプログラムで制御されていると青宮さんから事前に説明をされていた。
レイフ君はそのプログラムを自由に書き換える権限が欲しいということなのだろう。
そしてリモートコントロールできるようにするということは。
「なるほど、君が補助するということか」
レイフ君が義眼の制御を手伝ってくれる。
なんと心強いことだろう。
「AIIの補助を受けた拡張人間。実に面白い。良いだろう。ただし、こちらも条件を追加させてもらう」
条件の上乗せ合戦。終わりのなさそうな応酬が続くようだ。
青宮さんはこちらを向く。
「我々の任務をたまに手伝ってほしい。もちろん契約などする必要もないし口約束で構わない。その代わり、必要なメンテナンスはこちらで用意しよう」
そんなもの返事は決まっている。
「やります」
彼らの任務は大抵がレイフ君絡みに始まっていることらしい。
だったら怜輔を起こす手がかりもあるだろうし、何より私は現実では動けないレイフ君の手足となり、レイフ君に襲い掛かる悪だくみを振り払うことができる。
断る理由がなかった。
「交渉成立だな」
青宮さんの不愛想な顔にある口の端が少しだけ上がる。
私は自分にできる方法で進んでいく。
もう一人で突っ走ることはしないと決めたのだ。
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