23 桜井諸実

「警察は本当に頼りになるんだろうな!」

都内にそびえ立つビルの最上階で一人の男の怒号が響く。

誰もこの男が普段は穏やかだと言われても信じないであろう剣幕だ。

「ずっと進展が無いと言っていますね……」

部下らしき男が気の毒そうに話す。

「社長、今日は早退されても……」

「帰ってどうするっていうんだ。結局警察の連絡を待つだけだろ」

イライラしたような声で社長と呼ばれた男が答える。

機嫌が悪いのも当然だ。一人娘が誘拐され、救出の目処が立っていないのだから。

「詩音が戻ってきたら迎えに行きやすいここにいる方が良い。すまないが今は一人にしておいてくれ」

なんとか気持ちを抑えた様子で部下に声を絞り出す様子はなんとも痛々しい。

部下が心配そうにしながらも出ていくのを見送ると、男はデスクに拳を叩きつけた。

「詩音が何をしたっていうんだ。なぜあの子が不幸な目に遭っているというのに、いつも何もしてやれない!」

父親としての役目を果たせないことへの苛立ちが募るほど、哀愁をその身に漂わせていく。

この男なら任せられると思っていた娘の婚約者が突然倒れたかと思うと、今度は娘が誘拐されたのだ。

どちらも自分にできることなど何もなく、無力感を覚えても仕方のないことだろう。

「警察の様子を見る限り、誘拐犯を抑えられる場所がまだ特定できてないようだが……」

警察から詩音がどこかの港で引き渡されて国外に拉致されようとしているという話は聞かされている。しかし、引き渡しの予定まであと1時間を既に切っているが、その場所を絞り込めている様子は無い。

詩音の父である桜井もろざねは焦っていた。

「何かできることはないのか。発見まではいかずとも何か手がかりをつかめるような手立てが──」

ブー、ブー、という音でその言葉が遮られる。机に置かれたスマホの着信音だ。

渋々と取ったスマホの着信表示に、諸実は顔を顰めた。

「レイフ・フェイク=リベリオン……? 誰だ?」

フェイク=リベリオンなんて偽名にしてもなんとも馬鹿げた名前だ。諸実は訝し気にしながらも通話に出る。見覚えのない怪しい名前の人物からの着信は今の状況に関係してそうだからだ。

「はい、桜井です。どちら様でしょうか」

「諸実さん突然すいません。なんといっていいか分かりませんが、とりあえず星月怜輔だと思っていただければと。お久しぶりです」

 顰められた顔がさらに険しいものとなる。

「は? 星月怜輔……? いたずらのつもりか? いやでも声は確かに怜輔君のものだが……」

「困惑されるのは承知の上でかけさせていただきました。僕の事情は後で話しますので、今は詩音さんのことを優先させてください」

「詩音を取り戻せるのか!?」

諸実の声に力が入る。警察が頼りになりそうにない今、藁にも縋る思いなのだ。

「はい。ただ僕一人ではどうしようもないので、諸実さんに力を貸していただきたいのです」

「もちろんだ。詩音が助かるために私ができることは何でも言ってくれ」

どんな無理難題が来てもやってのけると言わんばかりの気合いの入った声に、スマホの中のレイフが答える。

「では、僕が突き止めた詩音の引き渡し場所を情報の出所を隠して警察に伝えてもらえますか?」

「……は? それだけか?」

「今、星月怜輔名義で警察に情報提供してしまうと色々とまずいので……。諸実さんの企業の力だとか何とか言って誤魔化していただいた方が都合が良いのです。他にも頼みたいことはありますが、後回しでもなんとかなるのでまずはこれを最優先でやっていただきたいんです」

そこまで聞いて諸実はどうするべきか冷静になって考える。

さっきは勢いで協力すると言ってしまったが、この喋っている相手が星月怜輔だという確証が無いのだ。

声は確かに娘の婚約者のものだが、ボイスチェンジャー技術が発達した現在、そういった偽装が不可能ではなくなっているのだ。

それになにより彼は回復不能な状態で、いきなり話せるようになるはずがない。

詩音の誘拐に付け込んだ詐欺電話だと言われても不思議では無いのだ。

諸実は手元のPCを開き、興奮に震える手で必死にタイピングを行う。

しばらくして諸実は大きく息を吐き、レイフに対し口を開いた。

「分かった。情報提供する内容を教えてくれ。それを警察に伝えてから君の話をじっくり聞くことにしよう」

この通話相手が誰にせよ、頼るしか今は方法がない。

それに本当に星月怜輔ならば、きっと深刻なことが起こっているはずだ。

開かれたPCには、レイフ・フェイク=リベリオン2020年7月20日デビューの文字が浮かんでいた。

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