7 シオン
「はじめまして~! シオンです。本日はデビュー配信にお集まりいただき、誠にありがとうございます」
詩音の穏やかな声による挨拶で配信が始まった。
煌びやかな背景に、お淑やかなシオンのキャラクターが良く映えている。
そう──VTuberとしての名前はシオンとすることにした。
そんな安直な名前で大丈夫なのかと思うだろうが、シオンなんて名前のVTuberは大量にいる。わざわざ本名だと思う人もそういないだろう。
それに詩音自身は身バレにつながるような配信活動を今まで行ってきていない。
いきなりVTuberとしてデビューした以上、過去の詮索も難しいのだ。
「簡単にですが自己紹介を……ちょっとお待ちくださいね」
シオンが喋り出したかと思うとすぐに会話を切った。
すぐさま画面を切り替え、「少々お待ちください」というテロップを流す。
しかし、切り替えた画面に映っていたのは──
銃を構え、数人の男たちに発砲するシオンの笑顔だった。
チャット欄が「は?」という言葉で埋まる。
当たり前だ。視聴者にしてみれば唐突すぎて付いていけないだろう。
自己紹介の前にいきなりなんの映像を見せられているんだという困惑がその場を支配していた。
しかし、そんな空気を他所にシオンは男たちにナイフを突き刺し、全員を倒しきる。
シオンが血を拭ったのを合図に画面を戻した。
「すいません、虫が入ってきて処理に手間取っちゃいました」
何もなかったかのような微笑みでシオンが口を開く。
シオンの顔には返り血が付いており、「ひえっ」「清楚そうな子だと信じてたのに……」「ママこわい」「口元にトマトジュースついてますよ。お茶目ですね……」といったチャットが次々と流れてくる。
こんな始まり方にしたのは詩音の案だ。一万人を超えると言われるVTuberの中で注目されることは中々難しい。初っ端から衝撃的なイメージを植え付けないといけないという話をしていたところ、詩音から銃を乱射したいという要望があったのだ。
キャラ崩壊。
これは見た目や当初の振る舞いからは全く想像もつかないようなことを行って視聴者に衝撃を与える手法であり、VTuberの世界で極めて注目されやすい有効な手法だ。
この場合は、清楚で上品そうな女の子がいきなり発砲してサイコパス感を出すというギャップで注目を集めようというものだが、VTuber界隈では過去様々なキャラ崩壊が行われてきた。
例えば、ものすごくお淑やかそうな声でデビューしたその半年後に「ゴミカスー!! 死ねぇー!!」と地声で叫びまくったり、事務所から模範的なアイドルと褒め称えられていたのにいつの間にかおぞましい料理動画でバズったりするといったものだ。
大抵の場合、キャラ崩壊は大人しい、上品といったキャラクターが実は下品であったり騒がしかったりするという方向で行われる。
これは高嶺の花にみせかけておいて実は庶民的だったという暴露が、視聴者に親近感を抱かせるからだろう。
もちろん意図的にキャラ崩壊を狙う場合と、取り繕っていた化けの皮が剝がれるという場合の2パターンがある。
前者で当たりを出せるVTuberは、きちんと分析しているからこそできる芸当だが、後者で当たりを出せるのは、運や才能に任せるしかない。
つまり、後者で実績を出せるのは天才にのみ許された道だということだ。
もちろんシオンの場合は前者であるわけで、きちんと戦略を立ててやっている。
サイコパス暴露というキャラ崩壊の仕方は既にある手法で、被りと見られないかという心配もあるが、そこはちゃんと違いを出していけば視聴者も分かってくれることだと思う。
実際ウケは良いようで、「やばい子が来たー」「サイコパス系でクオリティ高いしこれは推せる!」といったコメントがされていた。
「なんで皆さん怖いって言ってるんですか? あ、もしかして私が席外して寂しくなっちゃいました?」
詩音がにやけながら言う。全部裏事情を知っているこっちからすると、とんだ茶番もあったものだと思うのみだが……。
詩音の目論見通りというべきかチャット欄は「ハイ、ソウデス。サビシカッタ」「ゆるして」「かわいい」といったものばかりで、ちゃんとウケていた。茶番ぽさもあざとかわいいという部類に入れられるらしい。なんでもアリじゃないか……。
僕の呆れを他所にシオンの自己紹介が進んでいく。
設定はちゃんとしたお嬢様のものを用意しておいた。ありきたりなように思えるが、お嬢様系VTuberのほとんどがとてもお嬢様とは思えない振る舞いをしているので、かえってちゃんとしたお嬢様キャラは目立つだろうという目論見だ。
サイコパス感はあってもちゃんとしたお嬢様であることと両立できるだろうという計算も含まれている。
だからシオンになんちゃってお嬢様を期待するのはやめてほしい。ほらそこ、「あと何ヶ月お嬢様キャラでいられるか賭けようぜ!」とか言わない。
賭け事は禁止です。
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