第一話 名前


 いい匂いがする。記憶にはないがとてもいい匂いだ。


「……ん」


 その匂いにつられて私は意識を取り戻す。


「? ここは……」


 気がつけば私はふわふわした何かの上にいた。


「これは?……まさかベッドか!?」


 周りを見渡せば椅子や机、飲み物などが周囲に置いてある。


 こんな光景は遠い、本当に遠い過去にあった日常の光景だった。私の最初の記憶の中の……。


 体は……よし、もう動く。お腹ももう痛くはない。


 私はベッドから起き上がり建物から出る。


「なんだここは?」


 外はふさふさと草原が広がっていた。


 キラキラと流れる小川にふさふさと生い茂る草、そしてその小川で私を倒したあの女が釣りをしていた。


 私が近づいて行くと、女もこちらの気配を感じ取ったのか後ろを振り向き。


「気ぃ付いたんやね」


「ああ」


 私を倒した女を見ても殴り倒す……とはなぜか思えなかった。不思議と破壊衝動がなくなっている。


 女は真っ赤な髪にキラキラとした鎧にも見える服を纏っていた。よく顔をみると幼くその雰囲気よりも若く見える。


「ここはどこだ? なぜ私をここに連れてきた」


「ここはうちのプライベートな星や。そのまま君をある組織へ連れて行こうと思ったけど、そこで暴れられたら面倒やと思ったからなぁ。それじゃあ破壊衝動を無くしてあげよう。そう思ってここへ連れてきたんや」


 そう話すと私の目をじーーっと見つめ。ニコリ笑うと。


「うちの名は『ウルカ』や。君の名前は?」


「名前? そんなもの忘れた。私はかつて悪魔だの破壊神だのそういうふうに呼ばれていたからな」


「そうなんか。名前がないといろいろ不便やなぁ……ほなうちが考えたるわ」


「……好きにしろ」


 女、ウルカは少し考え込み。


「かっこええのがええな……悪魔か……ディアボロ?は可愛いくないディアボ…ディア…ディーア……」


 どうやら私の名前を決めているようだ。可愛いの意味がわからなかったが。


「見た目だと黒髪に黒目だからクロ? ブラック……クロノ……ディーアに……クロノ……これや!」


 ウルカはどこから出したのか大きな紙と筆を出してその紙に『ディーア・クロノ』と書き出した。


「君の名前はクロノ。『ディーア・クロノ』や」


「ディーア・クロノ。それが私の名前」


「そうや。改めてよろしゅうなクロノ」


 ウルカは笑顔で右手を差し出してきた。


「それはなんだ?」


「なんや知らんのか。これは握手っていって、まあ友好の証のようなもんや。ほな、クロノも右手を出して」


「こうか」


「せやせや」


 ウルカが私の右手を握る。


 タイミングを見計らっていたかのように、五匹の白い鳥がバサバサと私たちの頭上を羽ばたいている。それはまるで天からの祝福のようだった。


 こうして私は今日『ディーア・クロノ』となった。

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