愛すべき愚か達達

百合川リルカ

それは静かに、そっと。

 それは現代のゴールドラッシュともいえたのだろうか。それまで苦労に苦労を重ねた宝石採取が、いとも簡単に行われるようになったのだ。

 半貴石と呼ばれる比較的安価な宝石は、それはもう全ての岩がそうなったかのように溢れた。ダイヤモンドやルビーのような五大宝石も、他のものにくらんべれば少ないものの、少なくとも市場価値はまるでおもちゃのような値段に下がり、宝石と言うものの価値はほぼ普段の日用品や食料品と同じ程度に下がったのだ。


 投資で宝石を買っていたもの、それを売買していたもの、財産として保持していたもの、それらの人達は職を失い、財産を失った。

 が、変化はそれだけではなかった。

 突然、地球上の植物が死にたえ始めたのだ。

 それが顕著に現れたのは、食料品だった。穀物、果物、根菜に葉野菜、それをえさとする家畜、それらは静かに、けれども確実に取れる量が減り、高級品の扱いとなった。

 飢えた人々は、なんとかそれに変わる代用品を発明しようとした。けれどもそれですら材料すらなくなり、元々貧しかった人々から始まり、普通程度の収入の人間も食べるものを手に入れるのが困難となり、街には次第にやせ細った、今にも倒れそうな人々がフラリフラリと歩くようになった。


 勿論国や国連も手を尽くした。土壌がだめなのならば水耕栽培を、これまた少なくなった木材から何かの栄養素を、そして各国が備蓄していた食糧をスぶて開放し。

 それでも、人が飢えてばたばたと死んでいくのを止める事は出来ず、どうして植物が育たなくなったかの原因も分からず。地上は阿鼻叫喚の地獄絵図へとさしかかっていた。


 そして地球の人口が約三分の一となった頃、ある日突然また植物が地上を覆い始めた。

 人々はそれを……受け入れられなかった。

 なぜならば、実るもの全て、生えるもの全て、それは海草にいたるまで、全て宝石で出来ていたのである。

 宝石、それは地球でかつては大変な価値のあったもの。だがいまではその辺りの石ころとなんら変わらない価値のもの。

 その風景はとてつもなく美しかった。

 キラキラと全てが煌き、何も生えなくなった地上は色とりどりに輝く土壌となった。

 けれどもをれを喜ぶものは、一人たりともいない。当然だ、食べられるものではないのだから。

 だが、その実った宝石は美しかった。カットもされていないにも関わらず、すばらしい光を放っていた。

 そう、まるでそれは瑞々しい果物のように。

 

 ここ一ヶ月ほど、水だけで生きていた男が、その宝石の草原に倒れこんでいた。もはやかつての宝石並みに値段が上がった代用食も食べられず、皮をはいで食べていた木は枯れ果てた。

 その男の目に映るのは、色とりどりの、遥か昔に食べたようなドロップのような宝石。

 男は、それをちぎった。それは、完熟した果物のようにポロリと手に落ちた。そしてそれを、どうみても食べ物ではないそれを、男は口に入れた。


 「……!うまい!」

 幻覚か?そう思っていくつもちぎっては口に入れる。それはえもいえぬ芳しさと芳醇さ、固そうな見た目は脆く、口の中で溶けて言った。

 男は夢中であれもこれもと口に入れた。

 それはどれも旨く、味も違い、遥か昔に味わったものだった。例えば真っ赤なスピネルはトマトの味、淡いグリーンのペリドットは、滴るような果汁のマスカット。


 周りの人々は、彼が狂ったのだと思った。そうでなければ誰が石など食べるものか。だが、腹を減らし、素直な心だった子供は男に倣ってその辺りの宝石を口に入れた。

 「だめよ!そんなもの食べちゃ!」

 「だって、だってとっても美味しいんだよ、お母さん!」

 その様子を見て、周りの人々も恐々と宝石をちぎり、口に運んだ。当然その味は、かつては当たり前のように食べていたものたちの、最高の味だった。


 宝石が食べられる、そんなうわさが流れ、飢えていた人々はみなこぞって宝石を口にしだした。なんせどれだけ捥いでも次々と実るのだ。

 おまけにそれは味だけではなかった。体中に栄養が行きたわり、みなみるみるうちに健康体へとなっていった。

 当然あらゆる研究機関が調べつくしたが、それは完全な宝石にも関わらず、豊富な栄養素が含まれており、毒性もなかった。そして研究者達、国の代表達はこう決めた。

 「食べて死なず、滋養もあるのであれば、これを主食とする」


 どうせ飢えて死ぬのならば、よく分からないものとしても栄養素を摂取できるほうがどれほどマシか、そう結論を出した。


 宝石は、じつに多彩なものだった。

 果物のように皮を剥くと柔らかな果肉が入っているもの。ぽりぽりとナッツのように食べられるもの、真珠や産後など元々が動物性もしくは鉱石ではなかったものは、まるで肉を食うかのような味。


 宝石食が始まり、いろいろなことが分かってきた。まるで茎のようなヒスイは、柔らかく煮付けて食べられる。豆のように水にふやかして煮て食べるものもある。


 しかし、ダイヤモンド等の元々価値が高かったものは他の宝石より実る数が少なく、それは時には煮出してかぐわかしい茶のように飲んだり、かつてのトリュフなどのように風味を添えたりした。

 

そして、宝石食が当たり前になった頃、かつてのスーパ^-などは随分ときらびやかになった。なんせ売り物は全て宝石である。

 と、一つ疑問になるものもあった。かつて土から採掘され、磨かれてて多大な価値を誇っていた宝石は、食べられないのである。

 だが、それを気にする人間は殆どいなかった。飢えを知っている世代はただひたすらその食べられる宝石に感謝し、飢えを知らない世代はそれが当たり前のものだと思っているのだから。


 放っておいても増え、いつでも実りがある。農家はそれを摘んで、それぞれの調理法に合ったものに区別し、出荷する。

 道端で生えているものは、子供のよいおやつになった。

 かつては家畜などを飼い、こまめに畑の手入れを行い、収穫をしていたことなどをしっているのはごく僅かになってしまった。


 それでもお構い無しに、人々は宝石を食べる。美しい欠片皿に盛り、それを朝昼晩と食べるのだ。

 なんせ数多き宝石の種類と同じ種類があるのだから、食べ飽きることも無い。調理の手間もぐっと減った。農家が区別して出荷するため、どんな味なのか、どんな風に調理すればいいのかは皆分かるのだから。


 そうして、かつて飢餓者がで溢れた地球は美しい宝石に囲まれた星となった。その星を、人々は当たり前の恩恵として身に受けた。

 食べ飽きればその辺に放置し、殆ど無料で手に入るものだから、かつて人々が食べ物に頂いていたありがたみなどは忘れ去られた。


 だが一つ。人々は大切なことを忘れていたのだ。宝石は、元は地中で生成されるものだということを。そしてその生成には、長年かかると言うことを。

 ある研究者は必死に訴えた。

 石油の埋蔵量が減るのと同じく、地中で生成された宝石もいずれはつきるのではないかと。

 けれどもそんな言葉を真に受ける人間はほとんどいなかった。だって、あまりにも豊富に宝石が実るのだ。備蓄などの必要すら感じさせないほどに。


 今日もレストランで、家庭で、食べきれない宝石は捨てられる。


 

ない宝石は捨てられる。



 ……それを、おろかでも愛しいと人間を愛した地球の、最後の力とも知らず。



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愛すべき愚か達達 百合川リルカ @riruka3524

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