第57話

***



 大きな音がした。

 目が覚めたレイチェルは寝台に身を起こした。


「……何?」


 何かが壊れたような音だった。

 レイチェルは寝台を降り、そっと暗い廊下に出た。今の音が聞こえてきたのは、ヴェンディグの部屋がある方角だと気づき、駆け出した。


「レイチェル様?」


 階段を上がってきたライリーと行き合う。彼も音に気づいたらしい。


「何があったのでしょう?」

「わかりません。レイチェル様はお戻りください。私が様子を見てお知らせしますから」

「いいえ! 閣下に何かあったのなら大変ですもの!」


 部屋でじりじりと待っているなど御免だ。レイチェルはライリーを追いかけてヴェンディグの部屋へ飛び込んだ。


 二人が目にしたのは、開け放たれた窓から体半分を部屋に入れ、力尽きたように床に首を落としているナドガと、その背でぐったりと俯いて気絶寸前のヴェンディグの姿だった。


「ヴェンディグ様!?」

「閣下!」


 慌てて駆け寄ったライリーがヴェンディグをナドガの背から下ろす。レイチェルはヴェンディグを案じながら、床に伏したナドガの顔の前に屈み込んだ。


「ナドガ、ナドガ……何があったの?」


 ナドガはしゅうう、と空気の漏れる音を発しただけだった。喋る力がないらしいと気づき、レイチェルはナドガの肌に触れて冷たい鱗をさすった。

 ライリーはヴェンディグを寝台にうつ伏せに寝かせて、背中の火傷の具合を確かめている。


「ライリー様、私、水を持ってきます!」

「お願いしますっ!」


 ヴェンディグもナドガも酷い火傷を負っていた。


(いったい何が……)


 レイチェルは不安に駆られた。例の子爵令嬢に会いに行ったはずだ。やはり、彼女がシャリージャーラに取り憑かれていたのか。戦いになったのだろうか。

 戦って、倒せたのだろうか。それとも。


 ヴェンディグもナドガもひどい火傷を負っていて、それはどう見ても戦いに破れた者たちの姿に見えた。


 レイチェルは震えそうになる足を懸命に動かして廊下を駆けた。



***



 一度わずかな時間だけ意識が戻ったヴェンディグは、ライリーに医者を呼ばないように命じた。他に人のいない離宮でヴェンディグが大火傷をしたなどと言ったら、離宮に住む他の二人、ライリーとレイチェルが疑われかねない。


 だが、背中の火傷は酷く、治療しないわけにはいかなかった。レイチェルは蝋燭をつけようとして火傷したと誤魔化して侍女から薬をもらったが、到底足りる量ではない。


「私が薬屋に行ってくるので、ヴェンディグ様をお願いします」


 ライリーがそう言って出て行き、レイチェルは眠り続けるヴェンディグを見守った。


 昨夜、レイチェルが水を持って戻ってきた時には、ナドガはヴェンディグの中に戻ってしまっていた。しかし、ナドガも酷い火傷を負っていたはずだが、治療しなくても大丈夫なのだろうか。


 レイチェルもライリーも一睡もせずにヴェンディグを世話したが、離宮の主人は苦しげな呼吸を繰り返して昏々と眠り続けていた。




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