第42話

***



 領地へ戻る途中、ダニエルはふと思い立って馬車の行く先を変えさせた。

 向かうのは、クレメラ子爵の住む家。

 パメラには近づくなと言われたが、王都で出会ったパメラの様子がどうにもおかしいように思えて、ダニエルの胸は不安でざわめいていた。


 パメラは若い令嬢らしく着飾り華やかなパーティーを楽しんでいた。それだけなら、おかしいとはいえない。パメラはこの家にいる時より幸せそうだった。


 なのに、ダニエルには不吉な予感がしてたまらないのだ。

 何かがパメラを変えてしまったような、パメラの中に別人がいるような、そんな気がするのだ。


 馬鹿げた想像だと自分を笑いながらも、それでもダニエルはクレメラ子爵家を訪ねずにはいられなかった。


 扉を叩くが、中から反応は帰ってこない。人の気配もない。誰もいないようだ。

 いないのなら仕方がないと諦めかけたが、何故かダニエルはその場から立ち去り難かった。

 パメラは売られそうになって逃げ出したと言っていた。しかし、パメラが王都で華やかに暮らしていてい、あの義母と義姉が黙っているはずがない。


 ダニエルは思い切って扉に手をかけた。

 すると、扉は軋んだ音を立てて開いた。

 室内は暗い。だが、テーブルが倒れ、テーブルクロスがぐしゃぐしゃになって床に落ちているのが見える。

 ダニエルは息を飲んで室内に足を踏み入れた。

 何があったのだろう。ただならぬ雰囲気に背筋を震わせたその時、足下で何か音がした。

 床の軋んだ音とは違う。何か重いものを引きずったような音が、足の下から聞こえてきた。


(……地下?)


 ダニエルが恐る恐る地下に向かうと、扉には閂がかけられていた。

 少しの間逡巡したが、ダニエルは閂に手をかけた。

 扉を開くと、むわっと嫌な臭いが漏れ出てくる。思わず顔をしかめたダニエルは、真っ暗な地下室で何かが蠢いているのに気づいた。


「……っ、子爵!?」


 床に倒れて力なく動いている男を見て、ダニエルは驚愕した。


「子爵っ」


 駆け寄って様子を見ると、子爵は苦しそうに呻いていた。


「一体何が……」


 閂がかかっていたことを思うと、彼はここに閉じ込められていたに違いない。


(誰の仕業だ? あの義母と義姉か?)


 だとしたら、パメラの身も危ないのではないか。ダニエルは青ざめた。

 とにかく子爵から何があったかを聞かねばならないと、ダニエルは人を呼ぶために地下室から駆け出した。



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