第43話
***
「面会希望?」
起床するなり言われた内容に、ヴェンディグは欠伸をしながら聞き返した。
「誰がだ?」
「マリッカ・ラクトリン伯爵令嬢です」
ヴェンディグは眉をひそめた。
「誰だ?」
「レイチェル様のご友人ですよ」
心底呆れたといった様子でライリーが答える。そう言われれば、先日レイチェルが会いに行った友人がそんな名前だったと思い出して、ヴェンディグは頭を掻いた。
「レイチェルに会いにきたのか?」
「いえ、レイチェル様には内緒でヴェンディグ様に申し上げたきことがあると」
ヴェンディグは硬直した。
「……最近の令嬢は「蛇に呪われた生贄公爵」が怖くないのか?」
「レイチェル様のご友人ですから」
レイチェルの元気な姿を見ているので、「呪いが移る」だとかの噂は噂だと知って会いにきたのかもしれないとライリーが推察する。
しかし、レイチェルの友人がヴェンディグに何の用があるのかはわからない。まあ、おそらくレイチェルに関することだろうと思い、ヴェンディグは希望を叶えることにした。
「よろしいのですか?」
「かまわん。俺の姿を見るなり逃げ出すかもしれないしな」
ヴェンディグはニヤリと笑って頰のを痣を撫でた。
「しかし、レイチェル様はどうしましょう」
レイチェルに内緒でという条件にライリーが首を捻る。
部屋から出ないように言いつけておけばいいのかもしれないが、それなら何か理由を考えなければならない。
「そうだな……」
ヴェンディグは少し考えてから呟いた。
「おつかいに行ってもらうか」
***
その日の午後、早速やってきたマリッカを迎えるため、ヴェンディグは正装で応接室に入った。
ソファの横に立っていた令嬢が顔を上げた。マリッカはヴェンディグの姿を目にすると一瞬顔を強張らせたが、すぐに目を伏せて礼をした。
「お初にお目にかかります。ラクトリン伯爵家のマリッカと申します。突然の申し入れにも関わらずこうしてお時間をいただけましたこと、まことにありがとうございます」
声も震えていない。及第点だ。レイチェルの友人だけあって気丈な令嬢だとヴェンディグは思った。
「楽にしてくれ」
ヴェンディグが座るように促すと、マリッカは一礼してソファに腰を下ろした。
ヴェンディグはソファから離した椅子に腰掛ける。向かい合わせにならないように配置してあるため、マリッカが前を向いて座ればヴェンディグからは横顔しか見えない。
マリッカは扇で口元を隠して、心持ち体の向きをヴェンディグの方へと動かした。横向きで会話するという無礼を避けつつ、真正面で向き合わずにすむようにというヴェンディグ側の配慮を無駄にしない行動だ。
「ラクトリン伯爵の領地では、ラベンダー栽培が盛んだとレイチェルに聞いた。妙な条件をつけて申し訳ないな」
「いえ。ラベンダーの香りがお好きではない方もいらっしゃって当然ですわ」
ラベンダーの匂いのするものを持ってこないように、という妙な条件にも素直に従ったマリッカは、目を伏せて話の切り出し方を探しているようだ。
「ところで、内緒の話だと言うことだが、私の側近は聞いても構わないのだろうか」
ヴェンディグは椅子の後ろに立つライリーを示して尋ねた。
「もちろんでございます」
マリッカはすぐに答えた。
未婚の男女が室内で二人きりになる訳にはいかないので、これは当然のことだ。マリッカの連れてきた侍女は次の間に控えている。
ちなみに、レイチェルには王妃宛ての急ぎの手紙を持たせて王宮へ行かせた。「ネックレスを贈りたいのでレイチェルに似合う宝石を教えてください」と書いておいたので、盛り上がった王妃に捕まってしばらく帰ってこないだろう。
「して、ラクトリン伯爵令嬢。私に何か言いたいことがあるとか」
「はい。我が友人レイチェルのことにございます」
マリッカはすうっと息を吸い込んだ。
「公爵閣下におかれましては、さぞかし我が友人に困らされておいでかと」
ヴェンディグとライリーは顔を合わせて目を見合わせた。マリッカは続ける。
「あの子は今、公爵閣下のために何かしなければならないと空回っておりませんか?」
そう言って、マリッカがふっと口角を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます